「自分と向き合う」は修行じゃなくワクワクな自分との作戦会議にしていい
私、一人で自分と向き合う時間が大好きなんです。
だからよくここでも、「自分と向き合う」ことの大切さについて話すんですが…
自分で書いていて、「これ、読んでる人にとっては、キツい言葉だったりするんじゃないか?」とわからなくなることが時々あります。
私にとって「自分と向き合う」というのは、
「最上級に自分を大切にする時間」。
大人になってから、初めて自分に許すことができた、
「こんなこと、していいの!?」と思うような、めっちゃワクワクな作業なんです。
だけど、「自分と向き合いましょう」って言葉で言うとなんか、
「自分と向き合わねば…!」という、自分に厳しい人たちの”心の番人”みたいな存在を余計にパワーアップをさせてしまうような、
そんな気分がすることがあって、迷うことがあります。
たぶん、そっちの「自分と向き合う」って、
私の想像するものと、ちょっと違う。
「自分の弱い部分をきちんと知ろう」とか、
「ぐさっとくるものこそ受け入れよう」とか。
ある意味、”刺激のあるアトラクション化”しているような部分が、
「自分と向き合う」には、あるのかなって。
でも私は、少し違う捉え方をしています。
「自分と向き合う」ことの目的って、自分を大切にすること。
自分を大切にするって、人を、この世界を、大切にすることでもある。

私にとって「自分と向き合う」とは、
子どもみたいに、秘密基地にこもって
誰にも邪魔されずにワクワクしながら進める、”作戦会議”。
「それって一体どんなもの?」
「…のぞいてみたくなった!」
と思った方にだけ、
ここから、秘密基地で行われている内容をちょっとだけ公開します。
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秘密基地でできること
想像してみてください。
ここは、自分だけの秘密基地。
そこにいるのは、完全に味方のもう一人の自分。
秘密基地では、こんなことができます。
①自分たちだけの秘密の話ができる
②自分たちのやりかたで作戦を練れる
③今までしてみたかったことができる
④いくらでも時間をかけられる
①自分たちだけの秘密の話ができる
好きな人の話、先生の愚痴、テストでやらかしちゃった話…
秘密基地では仲間うちでいろんな内緒話をしますよね。

自分と向き合うときも、同じ。
「本当は、こんな思いがあるの」
「あの出来事を、全部話したい」
まずは、そう「おしゃべり」しているうちに、
自分の中から言葉が、自然に溢れてきます。
もちろん、誰も見てません。
だから時には、言葉を選ばず思いっきり言い放っても、構いません。
『バ⚪︎×♨︎△〜〜〜!!!!』
そうすることで、今までは現れもしなかった本音が出てきて、
”自分”というものに初めて出会えます。
私は、ぬいぐるみにお話ししたり、紙のノートに書き殴ったり、
鍵付きのXに書き溜めたりもします。
ChatGPTに話してみるのもいいと思います。
(話すこと自体が大事)
”自分と向き合う”のスタートって、「誰かの言葉を受け入れる」ことじゃない。
まずは「自分の言葉を受け入れる」ことからだと思うのです。
②自分のやりかたで作戦を練れる
子どもたちが秘密基地で、なにか楽しい企画を生み出す時。
「どうやってやろう?」と、仲間内だけでじっくり考えますよね。
「これをやったら次にこれをやって…」って、どんどん計画が立っていく。

自分と向き合うときも、同じでいい。
よく言われている、「こうではなく、こう考えましょう」「これは認知の歪みだ!」とかって、
なるべくたくさんの人に刺さるように言われている言葉だったりします。
だけど「わかってはいるのに、いつまでも変われていない」という場合……
本当は、もっと自分に合う方法があるのかもしれません。
ゴールは見えていても、
どうやってそこに辿り着くかは、実はとっても自由。
だから、”自分だけの作戦”を立ててみる。
私の場合…
「いつもこう感じてしまうんだよな」という、思考の歪みに気づいたことがあったのですが、
「やめよう」と何度も考えたところで、修正できませんでした。
そこで、ゴールの手前に、自分にとって”楽”な、いろいろな道を用意してみたんです。
例えば…
「なぜそう考えるようになったのか?」を思い出し、一旦誰かのせいにしちゃう
理不尽な思いをした過去の自分に、しっかり労りの声をかける
自分に「こっち(別のもっと良いもの)を感じてもいいんだよ〜」と許す
そして、「本当にこんなこと考えても良いの…??」と思いながらも、それら一つ一つを、味わいました。
味わうとは、自分の感情に気づくこと。
「悲しかった」「辛かった」「許せない」「本当はこうしたかった!」……などなど。
はじめは自分でもびっくりするかもしれませんが、
決して否定せず、受け止めてあげてください。
そうしているうちに、自然と思考の歪みは薄れていました。
また、自分が実際に置かれていた状況(事実)に気がつくと、
本当に対処すべき相手(実際のではなく、自分の心の中に住んでいる)も見えてくるので、
「認知の歪みが取れてる人、取れてない人」という誰かが決めた基準で自分をはかるのではなく、
自分の中で、ただひたすらに柔軟さを獲得していく感覚を得ることができます。
…それって、めっちゃ楽しかったりします。
というか、そもそも、自分を枠にはめないこと自体が、
”自分と向き合う”基本だったりするんですよね。
③今までしてみたかったことができる
自分たちだけの秘密の場所で子どもたちは、
ときどき周りの想像もつかない謎の遊びをしたりして、
「楽しかったなぁ〜」って後にすごく思い出に残ってたりします。

それって「大人の目がない」からでもあって。
自分と向き合うときも、
本当の感情や「こうしたい」に気がつくと、
今までは考えもしなかったことがやりたくなってきたりします。
(なんか、「降りてくる」ときもあります。)
でも、だいたいが「そんなこと人に言えない」「誰々に否定されそう」という思いで、潰されてしまいます。
頭の中で考えるだけで、何もせずまた日常に戻っていくんですよね。
……それってめちゃくちゃもったいない!!
秘密基地では、誰も見ていません。
はい、やれます。
人に言わずに、水面下で物事を進める。
私は一人でかれこれ数年もそんなことをやっていますが、
最高に自分を大切にできている時間だと思います。
④いくらでも時間をかけられる
子どものころ、遊んでいるとあっという間に時間が過ぎませんでしたか。
秘密基地のような外が見えない環境なら、なおさら。
違う世界に来た感じで、まるで永遠に続いているかのような…。

”自分と向き合う”ことにも、時間制限はありません。
もちろん、大人になれば誰だって忙しいとは思います。
でもそんな中、あえて「自分と向き合うことだけのために時間を取る」って、
私はしても良いことだと思っています。
というか、私はめっちゃしています。笑
仕事と同じくらい(もしくはそれ以上に)、大事なことだと思ってやっている。
自分と向き合うことに、なにをいつまでという期日などない。
やって、進めば進むほど、自分の人生がひらけていく。
自分がわかって、自分を大切にできるようになっていく。
ずーっと、永遠に素敵にしていける作品を作ってるみたいなものです。
…ただ、そう聞くと、「ここで言ってる”自分と向き合う”って、ただ自分を甘やかしたり、子供に戻ることじゃないか??」と”心の番人”がうずく人もいるかもしれませんね。
でも、そうではないんです。
自己成長って、①〜③をじっくり、自分のペースでやることで、
勝手にやってくることが多いです。
まずは自分を受け入れ許す。
(大大大前提。完全にこっちが先。)
それをやることでいつのまにか、ちょっとぐさっとくる言葉も自分なりに消化できていたり、自分にはなかった意見も取り入れて、もっと自分を素敵にしていけるような、
”心の無敵状態”に、自然となっていたりするんですよね。
どうして秘密基地なのか
ここまで、”自分と向き合う”を秘密基地に例えてお話ししてきました。
私がなぜ、自分と向きうことをこんなふうに捉えるかと考えたとき、
ここまでして「こもる」必要が自分にはあったからなのかなとも思いました。
私は長らく、人に影響されやすい自分の性格に悩んできました。
誰かといると、一人の時の自分が消えてしまう。
誰かの言葉が、そのまま自分の心に刺さって、後までずっとぬけない。
そんな自分を守る自分すら、育っていない。
だからそもそも”自分と向き合う”必要が人より大きかったと思うし、
その”自分と向き合う”行為すら、外側の干渉を受けやすかった。
どうしたら自分を守れるか?を考えた時、
この秘密基地で子供が作戦を立てるみたいなイメージが、ぴったりだと思いました。
全ての人に共感されるアイデアではないかもしれませんが、
もしかしたら、「自分もそんなイメージでやってた!」とか「そんなイメージでやってみたい!」と言う人もいるかもしれません。
もしそんな方がいたら、コメントくださったら嬉しいです。
そして、そこまで丁寧に”自分と向き合う”をやった人なら、
きっと人の心の複雑さが理解できる、優しい人になれるはず。
そんな人たちでこの世界が溢れたら、すごく素敵だなと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました☕️🌷
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