グラミー賞のトレバー・ノア
今年のグラミー賞授賞式で、司会のトレバー・ノアの発言にトランプ大統領が噛み付いていましたね。
トレバーの発言はこちら。
“a Grammy that every artist wants – almost as much as Trump wants Greenland, which makes sense because Epstein’s island is gone, he needs a new one to hang out with Bill Clinton”.
「すべてのアーティストが欲しがるグラミー賞。トランプがグリーンランドを欲しがっているのと同じくらいに。
エプスタインの島がもう使えなくなったから、ビル・クリントンと一緒に過ごすための新しい島が必要なのは納得だ」という感じでしょうか。
私はトレバー・ノアが大好きで、彼ほど辛口で、ユーモアがあって、人情にあふれるコメディアンは他にいないと思っています。2022年に、ニューヨークでトレバーのトークショーに行きました。スタンドアップ・ショーで2時間、マディソンスクエアガーデンを満員にできるコメディアンが他にいるでしょうか。

トレバー・ノアのショー

スタンドアップ・ショー
トレバーは、民主主義社会におけるユーモアの理想形の一つだと思うのです。彼の笑いは、誰かを単純に嘲笑するものではありません。彼の自伝『Born a Crime』に描かれているように、彼はアパルトヘイト下の南アフリカで黒人の母親とスイス人の父親の間に生まれました。異人種間の婚姻が違法だった時代に生まれた彼は、生まれながらにして犯罪者でした。
本の中で、自分が隠れて移動しなければならなかった子ども時代や、母親の破天荒さや、暴力や貧困を、どこか軽やかに語ります。彼は制度的人種差別の只中で生きてきた経験から、権力は怖いものだけれど同時に滑稽だということを身をもって知っています。だからこそ、トレバーは決して怒鳴らないし、断罪しないし、代わりに、的確に茶化すのです。
民主主義が機能するためには、権力を疑い、相対化し、言葉にする文化が必要です。そして、その文化を最も端的に体現するのが、ユーモアではないでしょうか。ユーモアは、権力に対して暴力を使いません。でも同時に、沈黙もしません。怒りでも服従でもなく、笑いというかたちで距離を取る行為です。
これは民主主義理論的に見ると、とても重要です。権威主義が最も嫌うのは批判そのものではなく、笑われることだからです。トレバー・ノアがトランプを茶化したのは政治的攻撃というより、民主主義的健全さです。
世界が分断へと傾いていくなかで、トレバー・ノアのような移民がグラミー賞の司会を務め、移民先の大統領をユーモアで茶化すことができている。そうである限り、アメリカはまだ踏みとどまっている気がします。
もし仮に、トランプ大統領がトレバーの米国籍を剥奪するような事態になれば、それは一人のコメディアンの問題ではなく、その瞬間、アメリカの民主主義の終焉ではないかと思います。
