魔法少女エターナルリンク34話 追跡者 前編
🌙 第二百二十九章
白翼の追跡者、そして——救いの影
赤い警告灯が回り続ける。
足音が、迫ってくる。
コツ、コツ、コツ――
規則正しく、迷いがない。
(追ってくる……!)
サクラは息を殺し、通路を曲がる。
しかし——
「発見」
背中へ、冷たい声。
振り向くと、
そこで立っていたのは——
白い翼を持つ天使兵。
瞳は感情のない水晶のよう。
「侵入者、拘束対象。抵抗は無意味」
銀の槍が、音もなく構えられる。
(やばい……!)
サクラは身構えた。
けれど。
天使兵は迷いなく、槍を投げ放つ。
一直線。
逃げ場は――ない。
(来る……!)
サクラは目を閉じた。
◆
——その瞬間だった。
ガァンッ!
何かが割り込む。
火花と衝撃。
槍は弾き飛ばされ、
金属音を鳴らし床を跳ねた。
(……え?)
サクラは目を開く。
自分の目の前。
黒い外套を羽織った人物が、
静かに立っていた。
フードで顔は見えない。
だが――どこか懐かしい気配。
天使兵が目を細める。
「識別不能……非登録個体。排除対象」
次の瞬間、
白翼が翻り天使兵が突っ込んだ。
速い。
しかし——
黒い影はさらに速かった。
「——邪魔」
低い声。
指先がわずかに振るわれる。
空気が裂けた。
ドンッ!!
天使兵の身体が壁へ叩きつけられ、
床に崩れ落ちる。
サクラは息を呑んだ。
ただの一撃。
圧倒的だった。
(強い……!)
フードの人物は、
そのままサクラの方へ振り返る。
サクラは無意識に身を引く。
だが——
差し出された手は、
意外なほど優しかった。
「立って。ここは危ない」
静かな声。
サクラは戸惑いながらも、その手を取る。
温もりがある。
(……知ってる、この感覚……)
胸の奥で何かがざわめく。
問いかけようとした時――
天使兵が再び立ち上がった。
「……抵抗……無意味……拘束……!」
だが。
フードの人物は冷たく言い放つ。
「眠っていなさい」
指先が空をなぞる。
淡い黒い霧が舞い――
次の瞬間。
天使兵は音もなく倒れ、眠りについた。
完全に無力化。
サクラは呆然とする。
「……ありが、とう……ございます……」
震えながら頭を下げる。
フードの人物は、
少しだけ目線を落とした。
「あなたは——まだ、ここで死んじゃダメ」
(……え?)
「仲間が待ってる。あなた自身も、まだ決めてない」
サクラは唇を噛む。
(仲間……)
ユノカ。
カレン。
エリナ。
セナ。
リズ。
そして——
(……みんな……)
胸の奥に灯が戻る。
サクラが顔を上げたとき。
フードの人物はもう背を向けていた。
「この通路をまっすぐ。監視は切っておく」
「あなたは……誰、なんですか?」
思わず呼び止める。
一瞬。
足が止まる。
沈黙。
そして、小さく。
「——“ヴァルティア”に、少し借りがある人間」
そう言って、
影は闇の向こうへ消えていった。
サクラは小さく息を吐き、胸を押さえた。
(助けてくれた……)
(でも、あの人……)
心の奥で、
ひとつの予感が静かに芽生える。
(また、会う気がする——)
第二百三十章《影の借り人》
フードの人物は、
警報の鳴る廊下を静かに歩いていた。
足音を消し、
気配すら残さない。
(……間に合ってよかった)
胸の奥で、
ほんの少しだけ安堵が広がる。
角を曲がると、
監視水晶がいくつも並んでいる部屋へ入る。
天使兵は――眠っていた。
まるで“意思”ごと切り落とされたように。
フードの人物は、
端末の前に膝をつき、指先を滑らせる。
モニターに映るのは――
サクラが走る姿。
迷いはもうない。
(あの子は、まだ折れない)
(だから——)
画面をひとつ閉じる。
そして、
自身の胸元へ視線を落とした。
服の下で、
黒銀のペンダントが微かに光る。
「……ヴァルティア」
小さく、囁く。
「貸しは、少し返したよ」
◆
そのとき。
扉の前に、
白い気配が立った。
「非登録個体。
ここは立入禁止区域だ」
フードの人物は振り返らない。
ただ、指を鳴らす。
パチン
空気が、静かに歪む。
天使兵の意識が、
深い深い眠りへ落ちていく。
崩れ落ちる音が響く。
フードの人物は
かすかに眉をひそめた。
(……やっぱり、“完全体”じゃない)
指先に、鈍い痛み。
それをごまかすように
外套の袖へ隠す。
(長くは動けない)
(でも——いまはまだ、必要)
◆
通路に出る。
月光が差し込む中庭へ。
白い花が、風に揺れている。
フードの影の中で、
瞳が静かに細められる。
(あの子たちが、ここへ辿り着く日)
(そのとき、私は——)
風が吹く。
フードがわずかにめくれ、
その下の輪郭が覗く。
白銀の髪——
ではない。
黒に近い深い色。
けれど――
光の当たり方で、どこか似ている。
(“同じ場所”で生まれた者だから)
フードの人物は
空を一度見上げる。
満月は、遠く。
声が静かに落ちる。
「——ユノカ」
「君の“選択”、信じてる」
影が揺れ、消えた。
◆
その頃。
遠く、地上。
眠るユノカの胸で、鈴がかすかに鳴る。
チリン
そして。
ほんの一瞬だけ、
知らない声がかすめた。
——また、会うよ。
ユノカは寝顔のまま、
眉を寄せる。
(……誰……?)
夢は、まだ静かだった。
第二百三十一章 《胸騒ぎ》
目を覚ましたとき、
天幕の布越しに差し込む朝の光が、ゆらゆら揺れていた。
ユノカはゆっくり身を起こす。
胸の奥で――
ざわ…
小さな波が立つ。
理由は、わからない。
でも、嫌な感じでもなく。
ただ、何かが「変わる前」の静けさ。
(……胸が、重い)
手を当てると、
鈴が微かに鳴った。
チリン…
その音が、少しだけ心を締めつける。
(ミルカ……?)
返事はない。
ただ、遠くから呼ばれている気がした。
◆
テントの外では、
焚き火の煙がゆるやかに上がっている。
ユノカが外に出ると――
子どもたちが、
眠りから目を覚ましていた。
誰かが差し出すスープを
ぎこちなく受け取りながら、
きょろきょろと
不安そうに周囲を見る。
(……よかった)
一人の小さな女の子が、
ユノカに気づいた。
じっと見つめて――
ぎゅっと服の裾を掴む。
震える声で。
「……ここ、こわくない……?」
ユノカはしゃがみ込み、
視線を合わせて微笑む。
「大丈夫。
もう天使は来ないよ。
ここは――守る場所だから」
女の子の瞳が潤み、
こくんと頷く。
その様子を見て、
胸の奥が少しだけ温かくなる。
(救えた……)
けれど。
その温かさの奥に、
別の感覚が広がった。
――ざわ……
はっきりとした“違和感”。
(……まだ、終わってない)
◆
リズが駆け寄ってきた。
「ユノカさん、おはようございます!
あの子たち、皆無事です! 命に別状なしです!」
「よかった……」
微笑みながらも、
ユノカは遠くを見る。
「でも、何か……変だ」
リズが瞬きをする。
「変、ですか?」
ユノカは胸に手を当てた。
(サクラ……?
それとも、セナ……?
違う——もっと大きい)
「あの子たち……
“記憶”、どう?」
リズは少し顔を曇らせた。
「それが……」
子どもたちは笑っている。
けれど――
誰も、家族の名前を
言えなかった。
「自分の名前だけ残ってて、
あとの記憶が――抜けてるんです」
ユノカの背筋に冷たいものが走る。
(記憶の…選別?)
(天使は——
ただ連れていくだけじゃない)
(造り替えてる)
鈴が揺れた。
チリン
風が止む。
ユノカはそっと目を伏せる。
(時間がない)
(早く、サクラのところへ……)
胸の奥で、
誰かが囁いた気がした。
——来るよ。
誰の声か分からない。
ただ。
この胸騒ぎだけは、
決して無視しちゃいけない。
ユノカは立ち上がり、
空を見上げた。
灰色の雲が、ゆっくりと流れていく。
(始まる)
(——次の波が)
第二百三十二章 《帰還》
夕暮れが落ちるころ――
ユノカたちは、廃ビル群の影を縫うように歩いていた。
その奥、
錆びた鉄扉の前でリズが小さく合図を送る。
コン・コン……コン
しばらくして、
内側から錠が外れる音。
「おかえり!」
顔を出したのは、偵察班の青年だった。
疲れているはずなのに、
その声は少し弾んでいる。
「救出成功って聞いて……! 本当によかった!」
子どもたちを見て、
周りの大人たちも息をつく。
「こっちだ、治療室は空いてる!」
「スープ温め直したから、ゆっくりでいい!」
人の温もりがある。
少し雑で、不器用で、それでも優しい。
地下への階段を降りる。
錆びた段差を踏みしめるたび――
冷たい空気と、灯りの匂いが近くなる。
狭い通路、
並ぶベッド、
壁に貼られた古い地図。
ここが、
レジスタンスの拠点。
ユノカは静かに息をつく。
(……帰ってきた)
◆
子どもたちが治療班に預けられたあと。
セナが近づき、
壁にもたれて座り込むユノカの隣に腰を下ろした。
「今日は……よく頑張ったね」
声は淡々としているのに、
どこか柔らかい。
ユノカは、少し笑う。
「頑張ったのは、みんなだよ。
私は、導いただけ」
「導ける人間は、少ないよ」
セナがそう言うと、
しばらく静けさが降りた。
人々の話し声。
鍋が鳴る音。
遠くで走る足音。
日常と、戦場の中間みたいな場所。
――そのとき。
胸が、再びざわついた。
(……また)
鈴が指先で揺れる。
セナが横目で見る。
「胸騒ぎ?」
「うん……
今度は、少し“はっきり”してきた」
ユノカは目を閉じる。
(誰かの――呼ぶ声)
(だけど、どこから?)
掴めない。
でも確かに、近づいている。
◆
リズが走ってきた。
「ユノカさん!」
「どうしたの?」
「救出した子どもたち……
数人、同じ“悪夢”を見てたみたいで!」
ユノカは立ち上がる。
「悪夢?」
リズは息を整えながら続ける。
「“白い部屋”と、
“落ちる光”……」
ユノカの喉が乾いた。
(サクラ……?
それとも――)
リズはさらに小さく声を潜めた。
「それから……
誰かが、こう言ったって」
ユノカは耳を傾ける。
リズは震える声で――
「“——次は、地上を浄化する”」
空気が、重くなる。
誰も言葉を失う。
セナが、静かに眼を細める。
「やっぱり……来る」
ユノカは拳を握った。
胸のざわめきは、
もう止まらない。
(時間が……ない)
(サクラ……大丈夫?)
鈴が低く鳴った。
チリン……
ユノカは顔を上げる。
「作戦会議、開こう」
その声は迷いがなかった。
「ここから――
本気で、取り返しに行く」
