魔法少女エターナルリンクre:Link第16話 『夜を知る者』
「……なんで」
ぽつりと零れたヴァルティアの声は、あまりにも小さかった。
けれど。
その場にいた全員が、空気の変化を感じ取っていた。
夕暮れの弓道場。
差し込む赤い光。
木造の空間へ落ちる長い影。
その中で。
ヴァルティア=ノクスだけが、まるで時間から切り離されたみたいに固まっていた。
赤い瞳。
その視線は、ユノカの指先から離れない。
たった一滴。
滲んだだけの血。
普通なら、気にするほどでもない。
だが。
その匂いが、“普通”じゃなかった。
(……あり得ない)
胸の奥がざわつく。
吸血鬼としての本能。
そして。
もっと深い、“魂の記憶”。
その両方が、同時に反応していた。
——夜の匂い。
——懐かしい血。
——失ったはずの光景。
脳裏に、断片が流れ込む。
崩壊した都市。
赤黒い空。
無数の白い羽根。
そして。
血塗れになりながら、それでも笑おうとしていた白髪の少女。
『ヴァルティア、生きろ』
「……っ」
ヴァルティアの指先が、僅かに震えた。
(……誰)
(今のは……誰の記憶……?)
知らない。
そんなはずなのに。
胸が痛い。
喉の奥が焼けるように熱い。
その時。
「先生?」
ユノカの声。
その瞬間。
ヴァルティアの意識が現実へ引き戻された。
「……あぁ」
小さく息を吐く。
表情を戻す。
大人の余裕。
保健医としての顔。
それを無理やり被り直す。
「怪我、見せて」
低く落ち着いた声。
だが。
その奥にある動揺を、ルナは見逃していなかった。
蒼い瞳が静かに細められる。
(……ヴァルティア先生まで)
空気が、前の世界へ近づいている。
想定より早く。
明らかに。
◇
保健室。
夕陽が差し込む静かな部屋。
薬品の匂い。
白いカーテン。
整然と並ぶ医療器具。
どこか安心する空間のはずなのに。
ユノカは、妙に落ち着かなかった。
「指、こっち」
ヴァルティアが静かに言う。
ユノカは椅子へ座りながら、おずおずと手を差し出した。
ほんの小さな切り傷。
本来なら絆創膏で済む程度。
けれど。
ヴァルティアはその指先を見た瞬間、再び呼吸を止めかけた。
(……やっぱり)
近い。
血の匂いが。
“あの夜”に。
「……先生?」
ユノカが不思議そうに首を傾げる。
その声で、ヴァルティアは我に返った。
「……ごめんなさいね」
小さく笑う。
「少し疲れてるみたい」
その笑顔は綺麗だった。
大人っぽくて。
優しくて。
でも。
どこか無理をしているみたいにも見える。
ヴァルティアは傷口へ消毒液を当てる。
その瞬間。
ユノカの血の香りが、さらに濃くなる。
——ドクン。
吸血鬼の本能が脈打つ。
喉が熱い。
牙が疼く。
だが。
ヴァルティアは静かに息を整えた。
抑え込む。
長い時間をかけて身につけた理性で。
人は襲わない。
それが、自分で決めたルールだった。
この学校でも、生徒たちから定期的に献血を受けている。
共存。
管理。
理性。
それが今の自分。
——なのに。
ユノカの血だけは、違った。
甘い。
深い。
夜そのものみたいな匂い。
そして。
どうしようもなく、“懐かしい”。
「……あなた」
ヴァルティアが、小さく呟く。
「え?」
赤い瞳が、真っ直ぐユノカを見る。
その瞬間。
頭の奥で、ミルカの声が静かに響いた。
『……ヴァルティア』
『やっぱり、生きてた』
ユノカの胸がざわつく。
(……ミルカ)
(この人、知ってるの?)
だが。
問いかけるより先に。
ヴァルティアの瞳が微かに揺れた。
まるで。
“別の誰か”を見ているみたいに。
「……あなたの血」
「すごく、不思議な匂いがする」
その言葉に。
保健室の空気が静かに止まる。
セナの目が細くなる。
リズはきょとんとしている。
ミレイナだけが、静かにヴァルティアを見ていた。
「……匂い?」
ユノカが聞き返す。
ヴァルティアは、一瞬だけ迷った。
言うべきじゃない。
本能でわかる。
でも。
口が勝手に動いた。
「まるで——」
その瞬間。
ヴァルティアの脳裏に、黒髪ショートの少女が浮かぶ。
赤い瞳。
夜の気配。
そして。
ユノカを抱き締めていた姿。
『絶対、返して』
『この子だけは』
「……っ」
頭痛。
ヴァルティアは思わず額を押さえた。
(……誰)
(今の、誰……!?)
その瞬間。
ユノカの胸元の鈴が鳴る。
――チリン。
保健室の空気が、微かに震えた。
そして。
誰にも見えない場所で。
ミルカが、静かに目を細めていた。
『……もう、繋がり始めてる』
『前よりずっと早く』
夕陽が、保健室を赤く染める。
その光の中で。
忘れられたはずの“運命”が、再びゆっくりと動き始めていた。
🌙
つづく
