魔法少女エターナルリンクre:Link第3話 『夢の奥で、君は笑った』
夜は、静かだった。
昼間の喧騒が嘘みたいに、世界は穏やかな闇へ沈んでいる。
山の上に建つ小さな神社。
街の灯りから少し離れたその場所は、昔から時間の流れが緩やかだった。
風が鳴る。
石段の隙間を抜け、木々を揺らし、古びた社の屋根を優しく撫でていく。
ユノカ=シオンは、自室の窓を少しだけ開けていた。
夜風が、白髪を揺らす。
制服から巫女服へ着替えたあと、そのまま畳へ寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。
「……変な日だったな」
ぽつりと呟く。
今日は、色々ありすぎた。
転校生。
サクラ=ミラージュ。
初めて会ったはずなのに、胸が痛くなる少女。
目が合った瞬間、なぜか泣きそうになった。
そして。
自分の中にいる、“誰か”。
「……誰なんだろ」
胸元の鈴を、指先で軽く揺らす。
――チリン。
静かな音。
それを聞いた瞬間だけ、不思議と心が落ち着く。
まるで。
“帰る場所”を思い出すみたいに。
「……」
昼間に見た、あの夢のような光景。
白い空間。
黒髪の少女。
『ずっと一緒だったのに』
思い出そうとすると、頭が痛くなる。
でも。
怖くはなかった。
むしろ——懐かしかった。
「……ほんと、変」
苦笑する。
自分がおかしくなったみたいだ。
けれど。
今日、サクラと出会ってから。
何かが、確実に変わり始めている。
胸の奥。
ずっと閉じていた扉の向こうで、“誰か”が目を覚まそうとしている。
そんな感覚。
窓の外を見る。
満月が浮かんでいた。
白く、静かな月。
それを見ていると、なぜか涙が出そうになる。
理由なんて、わからない。
「……寝よ」
考えすぎると駄目だ。
今日はもう疲れた。
ユノカは灯りを消し、布団へ潜り込む。
神社特有の、木と畳の匂い。
昔から嗅ぎ慣れた安心する香り。
小さい頃から、ここで眠ると不思議と悪夢を見なかった。
でも今日は。
瞼を閉じた瞬間から、意識がゆっくり“深く”沈んでいく感覚があった。
まるで。
誰かに呼ばれているみたいに。
――チリン。
鈴の音。
その瞬間。
世界が、反転した。
◇
目を開ける。
そこは、夜の世界だった。
星が近い。
空が、やけに広い。
静かな湖。
水面には満月が映っている。
風が吹くたび、波紋が広がり、銀色の光が揺れた。
「……ここ」
知っている。
初めて来たはずなのに。
ここを知っている。
ユノカは裸足のまま、水面の上を歩き出す。
沈まない。
まるで夢そのものが、ユノカを受け入れているみたいだった。
その時。
「……来るの遅い」
声。
湖の中央。
小さな鳥居の上に、一人の少女が座っていた。
黒髪ショート。
赤い瞳。
夜みたいな色をした少女。
昼間に見た、あの少女だった。
「……君」
ユノカが呟く。
少女は、少し眠そうに目を細めた。
「やっと会えた」
その声音には、どこか安心したような響きがあった。
「……誰なの」
真っ直ぐ問いかける。
すると少女は、少しだけ困ったように笑う。
「それ、すぐ答えるのズルいんだよね」
「……は?」
「今のユノカ、まだ“思い出してない”から」
意味がわからない。
だが。
不思議と警戒心は湧かなかった。
むしろ。
この少女の前だと、妙に安心する。
「……ここ、夢?」
「うん。精神世界って言った方が近いかも」
少女は鳥居から飛び降り、水面へ着地する。
波紋が広がる。
夜風が、黒髪を揺らした。
「久しぶり、ユノカ」
そう言って、少女は笑った。
その笑顔を見た瞬間。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
泣きそうになる。
「……なんで」
思わず声が漏れる。
「なんで、君見ると……苦しいんだろ」
少女は、一瞬だけ目を伏せた。
「……そっか」
小さく呟く。
「やっぱり、“全部”は残ってないんだ」
その言葉の意味はわからない。
でも。
少女の表情だけは、痛いほど伝わった。
寂しそうだった。
「……名前」
ユノカが言う。
「教えて」
少女は少し黙ってから、静かに答えた。
「ミルカ」
その名前。
聞いた瞬間。
世界が、微かに震えた。
湖が揺れる。
鈴が鳴る。
――チリン。
ユノカの胸の奥で、何かが熱を持った。
「……ミルカ」
その名前を口にすると。
なぜか、涙が零れそうになる。
ミルカは、そんなユノカを見つめながら、小さく笑った。
「……うん」
「ちゃんと、残ってた」
そして。
夜風が、静かに吹いた。
満月の光の下。
二人の影が、水面に並んで映っていた。
まるで。
ずっと昔から、そうだったみたいに。
🌙
つづく
