魔法少女エターナルリンクre:Link第29話 『木陰の通信』
「——恋?」
アリア=ルクスリアが、小さくその単語を繰り返す。
屋上へ、春風が吹き抜けた。
金色の長髪が揺れる。
透き通る碧眼。
だが。
その瞳の奥には、本当に“意味が分からない”という色が浮かんでいた。
まるで。
存在しない概念を初めて教えられたみたいに。
「はい! 恋です!」
エリナが元気よく断言する。
「胸が苦しくなって!」
「相手気になって!」
「見てると落ち着かなくなるやつ!」
「……」
アリアは静かに聞いていた。
そして。
ほんの少しだけ視線を下げる。
「……該当します」
屋上が、一瞬静まり返る。
次の瞬間。
「えぇぇぇぇ!?」
エリナが盛大に叫んだ。
「認めた!?」
「認識しました」
「早い早い早い!!」
セナが小さくため息を吐く。
「エリナ、声大きい」
「だって転校初日で恋認識はイベント強すぎるって!」
「ゲーム脳」
「否定できない!」
騒がしい。
いつもの空気。
そのはずだった。
でも。
ユノカは笑えなかった。
アリアの碧眼。
その奥に、“観察”が残っている。
感情を知り始めている。
けれど同時に。
“何か別の目的”がある。
ミルカが低く呟いた。
(……あの子、まだ壊れ切ってない)
『壊れ切ってない?』
(うん。“天使側”なのに、感情が混ざってる)
ミルカの声は少し警戒していた。
(だから逆に危ない)
ユノカの胸がざわつく。
その時だった。
サクラが、小さく屋上の下を見た。
「……あれ?」
「ん?」
ユノカも視線を向ける。
校庭。
昼休みで賑わうグラウンド。
その端。
大きな桜の木の影。
そこへ、一人の少女が立っていた。
黒髪。
赤い瞳。
制服を少し着崩した姿。
カレンだった。
「……カレン?」
ユノカが小さく呟く。
だが。
様子がおかしい。
カレンは周囲を警戒するように視線を巡らせながら、耳へ小型通信機を当てていた。
そして。
低い声で、誰かと話している。
屋上からでは内容までは聞こえない。
でも。
その表情は、明らかに真剣だった。
ミルカの気配が揺れる。
(……通信?)
『誰と?』
その瞬間。
アリアの碧眼も、静かに下を見ていた。
視線が鋭い。
まるで。
“同じもの”を察知したみたいに。
◇
校庭の木陰。
春風が桜を揺らしている。
だが。
カレン=ノクティアスの表情は険しかった。
「……確認した」
低い声。
赤い瞳が、静かに揺れる。
耳元の通信機から、ノイズ混じりの声が返ってくる。
『こちらクロウ=アークライト』
男の声。
落ち着いた低音。
だが。
その奥には、張り詰めた警戒があった。
『……本当にいたのか』
「いた」
カレンは短く答える。
視線は、屋上。
正確には——ユノカ。
「しかも最悪な形で」
通信の向こう側で、沈黙が落ちる。
やがて。
クロウが低く呟いた。
『……白か?』
「うん」
カレンの表情が歪む。
「しかも、“普通の白”じゃない」
『……』
「アレ、多分——」
その瞬間。
カレンの脳裏へ、金色の髪が浮かぶ。
碧眼。
感情の薄い微笑み。
そして。
“観測する目”。
「……上位側」
風が吹く。
桜が舞う。
通信の向こうで、クロウが小さく舌打ちした。
『予想より早すぎる』
「私もそう思う」
カレンは、静かに拳を握る。
最近、夢が増えていた。
断片的な記憶。
崩壊した街。
血塗れの仲間。
そして。
最後まで立っていた、白髪の少女。
『……またな』
あの声だけが、頭から離れない。
「……クロウ」
カレンが小さく呟く。
『なんだ』
「今回、失敗したくない」
その言葉は、静かだった。
でも。
確かな感情が宿っていた。
通信の向こうで、クロウが少し黙る。
やがて。
低い声で返した。
『……珍しいな』
「うるさい」
『前回のお前なら、“面倒”で終わってた』
カレンは舌打ちした。
だが。
否定はしなかった。
変わった。
自分でも分かるくらいに。
ユノカを見ると、胸がざわつく。
サクラを見ると、不安になる。
失いたくないと思ってしまう。
理由なんて分からない。
でも。
魂だけが覚えている。
“あの終わり”を。
『とにかく』
クロウの声が低くなる。
『アリア=ルクスリアには近づくな』
その瞬間。
カレンの瞳が細くなった。
「……知ってるの?」
『断定はできない』
ノイズ。
通信が少し乱れる。
そして。
クロウは、静かに続けた。
『だが、“天使長直轄個体”の可能性がある』
空気が、凍る。
カレンの背筋へ冷たいものが走った。
天使長直轄。
それは。
前の世界でも、“最悪クラス”を意味する言葉だった。
そして。
その瞬間。
屋上のアリアが、ゆっくりこちらを見た。
碧眼。
まるで。
全部聞こえていたみたいな視線。
カレンの呼吸が、一瞬止まる。
アリアは静かに微笑んだ。
その笑みは、美しい。
けれど。
どうしようもなく、“白”だった。
🌸
つづく
