魔法少女エターナルリンク32話 姉妹 前編
第二百十九章《廃棄区画へ》
「私とセナで行く」
ユノカが、はっきりと言った。
クロウが眉を上げる。
「二人で? 危険よ」
ユノカは頷く。
「だからこそ、少人数で。
気配を立てずに入ったほうがいい」
セナが一歩前に出る。
「私、姉さんの“影”する。
見張り、全部かわす」
カレンは唇を噛んだ。
「もし戦闘になったら?」
ユノカは、鈴にそっと触れる。
チリン、と静かに鳴る。
「逃げる。
助けられない時は、必ず戻るよ」
クロウはしばらく見つめ――
やがて息を吐いた。
「……わかった。
私たちは後方で待つ。支援は任せて」
ユノカは微笑む。
「ありがとう」
リズが声をかける。
「気をつけて……!」
エリナは胸の前で手を合わせた。
「あなたたちに、加護があらんことを」
◆
廊下の先。
古い鉄扉。
“廃棄区画”
錆びた看板が、
半分だけ残っている。
セナが囁く。
「音、ダメ」
ユノカは頷き、
指で結界を描く。
《沈黙の符》
扉の軋む音が、
空気に吸い込まれるように消えた。
静かに、扉を押す。
……ひやり。
中の空気は、
冬のように冷たかった。
(……嫌な感じ)
◆
廃棄区画は、
“使われなくなった施設”の寄せ集めだった。
外れたベッド
割れたカプセル
ちぎれた配線
そのすべてが、
“役目を終えた命”を物語っている。
セナが、足を止めた。
「ここ――匂い、する」
ユノカは静かに手を握る。
「怖かったら言って」
「……平気」
強がりじゃなかった。
セナの瞳は、前だけを見ていた。
(守りたい、って顔)
ユノカは
胸の奥が少しあたたかくなる。
◆
奥へ進むにつれ――
低い機械音が聞こえてきた。
ブゥゥゥン……
ユノカは壁の影へ身を寄せる。
(稼働中……?)
角を曲がる。
そこには――
細長い通路と、
その両側に並ぶ“鉄の扉”。
番号が振られている。
《廃棄39》
《廃棄42》
《廃棄46》
セナが、耳を近づける。
そして――息を呑んだ。
「……いる」
ユノカの喉が、ぎゅっと締まる。
「どこ?」
セナはゆっくり指す。
「いちばん奥」
二人は、走らない。
ただ、速歩きで進む。
扉の前。
《廃棄50》
握り拳ほどの小さな窓。
ユノカは、そっと覗いた。
暗闇。
そして――
(……あ)
小さな影。
ぐったり倒れた、
ボロボロの人影。
細い腕。
まだ幼い。
「開ける」
◆
錠は――かかっている。
魔力ロック。
(壊したら警報)
ユノカは符を取り出し、
扉に貼る。
「静かに、ほどけ」
魔力が解け、
錠が小さく光って――
カチ。
開いた。
セナが素早く周囲を確認。
「誰もいない。今のうち」
ユノカは中へ駆け込む。
床に倒れたその子に膝をつき、
そっと抱き上げる。
軽い。
軽すぎる。
「……よかった、まだ息がある」
額に手を当てる。
冷たい。
(間に合った)
セナがブランケットを差し出す。
「包む」
二人で包み、
ユノカは抱きしめるように抱きかかえた。
その瞬間。
――かすかな声。
「……さむ……い……」
ユノカは微笑んだ。
「もう大丈夫。
ここから、連れて帰る」
扉の外から、
かすかな金属音。
セナの目が鋭くなる。
「来る」
ユノカは息を整え、立ち上がる。
(天使の処理兵……)
(ここで戦えば、子どもを危険に晒す)
セナが先に出る。
「私、道つくる。
姉さん、守る」
ユノカは頷いた。
「無茶はしないで」
鈴が、静かに鳴る。
チリン――。
二人は影の中へ溶けるように走る。
◆
角を曲がった瞬間。
白い光が通路を照らした。
「廃棄区画、巡回。
不審反応、検知」
仮面の天使兵が二体。
セナが息を吸う。
(速い)
足音を殺し――
一瞬で背後へ回り込む。
小さく、短い魔法。
「《影縫》」
影と床が縫い止められ、
天使兵の足が動かなくなる。
「行け!」
ユノカは抱えた子を守りながら、
その横を駆け抜ける。
天使兵の仮面が向き直る。
「排除対象――確保」
光が収束する。
撃つ気だ。
ユノカは振り返り、
短く詠じる。
「《虚間の鈴》」
鈴が鳴り、
空間が一瞬だけ“揺らぐ”。
放たれた光線は、
横へ逸れ――壁を焼いただけで終わった。
(今のが限界)
(急がないと)
セナが続く。
「階段、こっち!」
二人は息を合わせ、
薄暗い上り階段を駆け上がる。
背後で、影縫いが破られる音。
「追跡――開始」
冷たい機械音。
ユノカは、子を抱く腕に力を込める。
(絶対、渡さない)
(“いらない”なんて、言わせない)
◆
地上近く。
遠くに、仲間の気配。
クロウの魔力、
エリナの治癒の光、
リズの祈り。
(もう少し)
セナが振り返りながら笑う。
「姉さん、ここまできたら勝ち」
ユノカも笑い返した。
「うん」
だが――
天井が突然、
白い光で満たされた。
「――捕捉完了」
さらに上位の天使兵が、
通路の先に立っていた。
翼は、黒に近い白。
冷たい視線。
「“廃棄対象”の回収を確認」
ユノカは一歩、前に出た。
子どもを胸に抱いたまま。
「この子は廃棄じゃない」
静かに、
しかし決して引かない声で。
セナが構える。
(逃げ道、一本だけ)
(でも、時間稼ぎがいる)
天使は無表情に答える。
「不適格なものは不要です。
世界を澄ませるために――」
ユノカは遮った。
「世界は、“澄ませる”ものじゃない」
オッドアイが、まっすぐ見据える。
「生きて、迷って、泣く。
それも全部、命」
鈴が鳴る。
チリン――。
空気が変わる。
セナも笑う。
「行こう。
私たちが、連れて帰る」
天使の翼が広がった。
衝突は――
避けられない。
第二百二十章《揺らぐ鈴音》
白い光が、通路を裂いた。
上位天使兵——
その一振りは、ただの攻撃ではなく、
“処理”。
ユノカは子どもを抱いたまま、身をひねる。
「セナ、右!」
「わかってる!」
セナが影を踏む。
床が歪み、天使の足元が一瞬沈む。
その隙に——
ユノカは低く滑り込んで距離を詰めた。
鈴が鳴る。
チリン
「《封符・一閃》!」
符が弾け、拘束陣が展開する。
一瞬、天使の動きが止まる——
だが。
「解析完了」
拘束陣が、ひび割れた。
(早い……!)
次の瞬間、
白光が逆流するように広がった。
セナが叫ぶ。
「姉さん!」
ユノカは咄嗟に子どもを背へ回し、
自分の身体を盾にする。
衝撃。
胸が焼けるような痛み。
視界が、一瞬白く飛んだ。
(でも——まだ)
踏みとどまり、符を構え直す。
「行かせない!」
天使兵は静かに腕を掲げる。
「安全確保のため、個体を無力化します」
セナが駆ける。
速い。
影を踏み、背後。
「——《影裂》!」
黒い線が、天使の背を裂く。
さすがに体勢が崩れる。
しかし、天使の羽が一度震えただけで
すぐ回復した。
「学習完了」
(学習型……!)
ユノカが息を整え、再度詠唱に入ろうとした——
その瞬間。
背後。
ほんの、小さな音。
「……え?」
通路上部、破れた配管。
そこから落ちた金属片。
天使の視線が、一瞬だけ動く。
そして——
光が跳ねた。
ユノカの首元に、衝撃。
(——あ)
鈴が、乱れた音を立てる。
チ、リン——
身体から力が抜け、
手が緩み、
世界が倒れた。
遠くで、セナの声。
「ユノカ!!」
◆
暗闇。
音が遠のく。
(だめ)
(まだ——戦って)
手を伸ばしても、空を掴むだけ。
胸の奥が、冷たく沈んでいく。
そのとき。
——指先を取る誰かがいた。
「……甘いなあ。ほんと」
聞き慣れた声。
くすくす笑う、少し意地悪で
でもあたたかい声。
ミルカ。
闇の中に、黒い瞳が開いた。
「ここで倒れるつもり? ユノカ」
ユノカは、かすかに首を振る。
(……でも)
(身体が、動かない)
ミルカは静かに微笑んだ。
「じゃあ、少しだけ——貸して」
闇に、白い指が伸びる。
ユノカの胸へ。
心臓の奥で、鈴が鳴る。
カチリ
世界が切り替わった。
◆
現実。
ユノカが、ゆっくり目を開ける。
だが——
その瞳の色が違った。
同じオッドアイ。
けれど、
光の奥に、別の“温度”。
口元が、微笑う。
「……やれやれ」
声はユノカの声なのに、
響きは——ミルカ。
セナが振り向き、息を呑む。
「……ミルカ?」
ミルカは指先で鈴をつまむ。
チリン、と短く鳴らす。
「借りるよ。
大切な子、連れて帰るために」
天使兵が視線を向ける。
「異常意識層の顕在化。
危険度、上昇」
ミルカは、くつくつ笑った。
「危険? そうだね」
足元の影が、自然と長く伸びる。
「でも、私は——」
柔らかい声で言った。
「“守る側”なんだよ。今は」
瞬間。
影と光が交差する。
鈴が鳴り——
世界が揺れた。
