魔法少女エターナルリンク32話 姉妹 後編


二百二十一章《狐と影の舞》

空気が、変わった。

同じ巫女服。
同じ身体。
同じ鈴。

それなのに——

“気配”が違う。

ミルカはゆっくりと指を組み、
天使兵をまっすぐ見つめた。

「ねえ。質問」

天使は構えを崩さない。

「応答要件:不要。排除を優先」

ミルカは、肩をすくめた。

「ほらね。
 聞く耳、持たない」

鈴が軽く振られる。

チリン

床に、柔らかな波紋が走った。

それは水ではなく——
“空間の揺らぎ”。

天使が即座に判断する。

「干渉魔法、遮断」

光の防壁が展開される。

——だが。

ミルカの影が、
ふっと“薄く”なった。

次の瞬間には——
もう天使の背中側に立っていた。

「後ろ、甘い」

天使が振り返るより速く、
符が指先から滑り込む。

「《封・遅滞》」

動きが一瞬、
“遅くなる”。

(止まったわけじゃない。
 でも——遅い)

ミルカは口元に笑みを浮かべた。

「セナ」

名前を呼ぶ声に、
セナの身体が自然に反応する。

「——はい」

影が走る。

足音はひとつも鳴らない。

セナの影が、
天使の足元を“縫い付ける”。

「《影縫・二式》!」

カチン。

天使の体幹が微妙に崩れる。

「姿勢、乱れ——」

分析が終わる前に、
ミルカの指が鈴を弾く。

チリン

空間が、細く切り裂かれる。

「《虚鈴の爪》」

見えない爪が、
天使の防壁だけを削いでいく。

ガリ——ン。

白光が散る。

セナが、その隙へ滑り込む。

瞳は静か。
無駄がない。

「——っ!」

側頭部へ、影の拳。

天使の頭がわずかに揺れる。

(効く)

しかし——
上位天使は、やはり上位。

すぐに反撃が走る。

「排除行動」

光の刃が、横薙ぎに走った。

(セナに当たる!)

ミルカの身体が、
反射的に前へ出る。

「——っと」

爪が光を受け流し、
壁へ逸らす。

ドン、と石壁が焼ける。

セナが息を呑む。

「助かった……!」

ミルカは笑う。

「いいよ。焦らないで」

そして、一歩だけ前へ踏み出した。

天使が冷たく告げる。

「危険人格。排除優先度——上方修正」

ミルカの笑みが、
一瞬だけ鋭くなる。

「人格って、簡単にラベル貼るんだね」

鈴が低く鳴る。

もう一度——
チリン

通路の影が伸びる。
天井の影が落ちる。

すべての影が——

“ミルカの影と繋がる”。

セナがはっとする。

(この感じ……)

(ミルカは、舞台を“自分の側”に引き込む)

天使が光を加速させる。

「環境制御——解除」

光が影を焼く。

しかし——
焼ききれない。

ミルカが静かに呟く。

「影は、消えないよ。
 “心”と同じだから」

天使が一瞬、止まる。

分析不能。

ミルカは、その一瞬を逃さない。

「セナ、行こう」

セナが呼吸を合わせる。

二人の足音が、
同時に地を蹴った。

影と鈴。

黒と白。

高速の交錯。

ミルカが天使の刃を誘い——
セナが blind spot へ滑り込み。

天使が防御を張る——
ミルカがそれをずらす。

ずらされた瞬間、
セナの一撃が芯を打つ。

「——ッ!」

天使の身体が後退し、
壁へ叩きつけられる。

光が散る。
羽が軋む。

セナが肩で息をしながら、
ミルカを見た。

「……すごい」

ミルカは、軽く笑った。

「ユノカの身体、
 よく鍛えてある」

しかし——

指先が、僅かに震えた。

(長くは、持たない)

(私は、あくまで“借り物”)

天使が、ゆっくり立ち上がる。

損傷あり。
しかしまだ戦える。

「排除継続。
 危険個体、優先処理」

ミルカは、瞳を細めた。

「——そろそろ、退く」

セナが頷く。

「撤退ルート、確保」

二人は同時に身を翻す。

子どもを抱え、
仲間のもとへ戻るために。

最後に——

ミルカは天使へ、
静かに言葉を落とした。

「また会うなら」

鈴が静かに鳴る。

チリン

「そのときは、話そう。
 戦うんじゃなくて」

天使は、理解できないというように
わずかに首を傾げた。

二人の姿は、
影の向こうへ消える。

白い通路に残ったのは——

切り裂かれた光と、
乱れた空気。

そして記録だけ。

「危険個体——
 《ユノカ=シオン》、ならびに影の同伴者」

「脅威度、再評価」

第二百二十二章《退路に灯る鈴の音》

夜の廃都。

風が、砕けたビルの間を鳴り抜ける。

遠くで、天使の偵察灯が
青白く瞬いていた。

ミルカは息を整えながら、
セナと並んで走る。

その腕には——
小さな子ども。

温度。
鼓動。
生命。

セナが周囲を見渡す。

「追跡、三。
 遠距離型二、近接一。——来る」

ミルカは、口角をわずかに上げた。

「了解」

鈴が、指先で軽く揺れる。

チリン

背後の路地が、
一瞬だけ“深く”沈んだ。

(視界操作。追跡遅延)

セナが低く呟く。

「便利」

「でしょ?」

冗談めかして言うが——
その声の奥に、
何か“無理”が滲む。

(……長く、持たない)

胸の奥で、
何かが“ずれる”感覚。

それでも走る。

息が白くほどける。

瓦礫の角を曲がった先——

そこに、
リズとエリナがいた。

「——来た!」

リズが駆け寄る。

エリナは即座に障壁を張り、
周囲の気配を読む。

「後衛支援、入る!」

ミルカは、子どもを
リズへ慎重に渡す。

「お願い」

リズは頷き、
そっと抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫だよ……」

その横顔を見て——

ほんの少しだけ、
ミルカの瞳が和らぐ。

だが次の瞬間。

光の矢が降る。

「上!」

セナが叫び、
影で弾き飛ばす。

エリナの詠唱が走る。

「《結界・三重》!」

ぱん、と透明な壁が展開し、
光を散らした。

ミルカは振り返り——
鈴を握る。

「時間、作る」

セナが横に並ぶ。

「援護、する」

二人は一歩、前へ出た。

天使が三体、
廃ビルの影から舞い降りる。

「対象確保を確認。
 排除へ移行」

ミルカは、少しだけ笑う。

「ごめん。今日は、帰る」

鈴が鳴る。

チ——リン

壁という壁。
瓦礫という瓦礫。

すべての影が
“道”へと変わる。

セナが迷いなく言う。

「撤退ルート、完成。
 リズ、エリナ——後ろへ」

リズが子どもを抱え直し、
走り出す。

エリナも続き、
その背を守る。

天使が突撃を仕掛ける。

光が地面を裂こうとした瞬間——

ミルカが踏み出す。

爪が、静かに軌跡を描き、
光の線そのものを“外す”。

(削るんじゃない。
 “ずらす”。)

天使がわずかに体勢を崩す。

そこへ、
セナの影が絡み——

足元を奪う。

「——ッ」

転倒。

ミルカが、鈴を軽く弾く。

「《遮断》」

一瞬の空白。

その隙に——
全員が影の道へと滑り込む。

世界が、
少し暗く、静かになる。

(……終わった)

影の通路を抜けた先は、
廃ビルの地下。

ひんやりとして、静か。

リズが、ようやく息をついた。

「はぁ……なんとか、逃げ切れた……!」

エリナが、結界を確認しながら言う。

「追跡、来てない。
 ここなら一晩は安全」

セナは、少し遅れて振り向く。

「——ミルカ?」

ミルカは壁に背を預け、
静かに目を閉じていた。

鈴が、
手の中で小さく揺れる。

(……そろそろ)

(限界)

呼吸が浅くなる。

胸の奥で、
静かに別れの声がする。

——ねえ。

——あとは、返すね。

唇がわずかに動く。

「……ありがとう」

誰に、とは言わない。

エリナが、少し不安げに近づく。

「大丈夫? 顔色が——」

次の瞬間。

すっと

空気が、変わった。

獣じみた鋭さが消え、
代わりに——

弱く、熱を帯びた
“人の気配”が戻ってくる。

まぶたが震え——

ゆっくり、開く。

「……っ……」

視界がぼやける。

鈴が、ころんと落ちた。

リズが駆け寄る。

「ユノカさん!」

ユノカは、しばらく言葉が出ず——
後から、自分の胸に手を当てた。

(……いる)

(ミルカは——静かに、いる)

そして、
小さく息を吐く。

「……ただいま」

声はかすれていたけれど、
確かに“ユノカ”だった。

リズの目が潤む。

「おかえり……!」

エリナも、そっと微笑む。

セナは黙って頷き、
ほんの僅かに目を伏せた。

その夜——

影の地下で、
誰も声を荒げることはなかった。

静かに灯る休息と、
胸の奥の鈴の余韻だけが——

長く、静かに、
響いていた。

第二百二十三章《寄り添う影》

地下のシェルターは、
ひんやりとして、静かだった。

応急灯が淡く灯り、
小さな焚き火のように温度だけを残す。

リズは子どもを抱いて眠り、
エリナは静かに本を閉じて目を休めている。

その少し離れた場所——

ユノカは、壁にもたれて座っていた。

胸の奥に残る痛み。
かすかに響く鈴の余韻。

(……まだ、眠くはならない)

指をぎゅっと握ると、
指先が少し震えた。

そこへ——

す、と影が寄る。

「起きてる」

セナだった。

短く切り揃えた黒紫の髪が、
ランプの灯りで柔らかく揺れる。

ユノカは小さく笑った。

「セナこそ。少しは休んだら?」

「……休めない」

即答。

ユノカは目を瞬かせる。

セナはしばらく黙って——
ゆっくり、ユノカの隣に腰を下ろした。

少しだけ、近い。

(……近い)

肩が触れるか、触れないか。

静かな時間が落ちる。

ユノカが小さく息をつく。

「さっきは……ありがとう。
 あのままだったら、きっと倒れてた」

「違う」

セナは首を横に振る。

「私の方こそ——
 間に合わなかったらって、怖かった」

声が、少しだけ震えていた。

ユノカが目を見開く。

セナは、視線を落としたまま続ける。

「あなたは、平気そうな顔をする。
 傷だらけでも、立ってる。
 でも……」

指先が、
ユノカの手に触れた。

「壊れそうだった」

心臓が、静かに跳ねる。

ユノカは黙って見つめた。

セナの指が、小さく強く重なる。

「だから」

囁くような声。

「いなくならないで」

それは命令じゃなかった。

懇願でもなかった。

ただ――
胸の奥から零れ落ちた言葉。

ユノカは、ふっと笑う。

「……大丈夫」

ゆっくり、指を絡め返す。

「もう一人で抱え込まない。
 セナが、こうしていてくれるなら」

セナの肩が、僅かに震えた。

そして——

そっと、頭が寄りかかる。

ユノカの肩に。

「少しだけ」

「うん」

静かに体重を預ける。

静かな呼吸。
小さな鼓動。

地下の空気は冷たいはずなのに——
そこだけ、とても温かい。

セナが、目を閉じて呟く。

「……甘えるの、下手。
 でも、今は……許して」

ユノカは優しく笑った。

「何度でも、どうぞ」

ふたりを包む沈黙は、
決して重くなかった。

安心と、安堵と——

まだ口にできない気持ちが
そっと寄り添っていた。

その奥で。

胸の中の、鈴の声が
微かに笑うように鳴った気がした。

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