魔法少女エターナルリンク29話 白い世界 前編


🌕 第二百四章《誰も救ってくれなかったから》

崩れた街並みの中央。
灰色の空。

ユノカとヴァルティアは、
向かい合って立っていた。

幼いヴァルティアは
サクラとセナの守る結界の中で、
膝を抱えたまま震えている。

ヴァルティアは視線を落とし、
低く呟いた。

「……理解しようとしないで」

声は冷たいようで、
でも弱く揺れていた。

「同情もいらない。
 私は“間違えた側”。
 だから罰を受ければいい」

ユノカは首を横に振る。

「罰が欲しい人は、
 あんなに苦しまない」

ヴァルティアの指先が、ピクリと震えた。

ユノカは息を静かに吸う。

「あなたは壊したかったんじゃない。
 “壊れる前に壊したかった”だけ」

ヴァルティアの目が上がる。

ユノカの瞳――
蒼と紅が、優しく揺れていた。

「見捨てられる痛みを、
 もう味わいたくなかった」

沈黙。

ヴァルティアは笑う。

だけど、その笑みはひび割れている。

「そんな綺麗な理由じゃないわ。
 私はただ――恨んだだけ」

彼女は胸に触れた。

「助けられる側だった人たちに、
 救いを与える力を持っていたくせに、

 “効率”や“判断”って言葉で
 私の世界を切り捨てた魔術師たちを」

目の奥で、何かが燃える。

「だから殺した。
 多くを巻き込んで。
 こんな言い訳、通らないでしょう?」

ユノカは、

否定もしない。
責めもしない。

ただ、問いかける。

「それでも――
 助けてほしかった?」

ヴァルティアの肩が、震えた。

返事は、しばらく来なかった。

やがて。

小さく、小さく。

「……うん」

声は――子どもだった。

「助けて、って言ったの」

「誰か、見てって」

「でも、誰も振り向かなかったから……」

その瞬間。

精神世界の空から
黒い雨が降り始める。

サクラが息を飲む。

(涙……)

セナは幼いヴァルティアの肩に手を置いた。

ユノカは一歩、近づく。

「私も似てる」

ヴァルティアは目を見開いた。

ユノカは静かに語る。

「私も、力を理由に怖がられて……
 “道具”みたいに扱われたことがあった」

記憶が疼く。

吸血鬼の血。
巫女の責務。

居場所の無さ。

「生きてるのに、
 生きてないみたいで」

小さく笑った。

「そのとき思ったんだ。
 “壊しちゃえば、楽かな”って」

ヴァルティアは、息を呑む。

(同じだ……)

ユノカは、近づく。

伸ばした手は――
戦うためではない。

「でも、怖くなった」

ユノカの声は温かい。

「壊した先に、
 本当に“誰か”はいなかったから」

静かに言葉を重ねる。

「あなたは間違った。
 でも――

 間違えた人が
 “戻っちゃいけない”なんて
 誰が決めたの?」

ヴァルティアは唇を噛む。

「私は……許されない」

「許されなくても、生きてていい」

即答。

ヴァルティアの喉が詰まる。

ユノカは一歩さらに踏み込む。

「生きた先で、
 償えばいい。

 誰かを守る形で」

沈黙。

長い沈黙。

やがて――

幼いヴァルティアが、
結界の中で手を伸ばした。

震える声。

「――助けて」

大人のヴァルティアの瞳が揺れる。

その小さな手に触れた瞬間――

精神世界が、光で満たされた。

黒い雨が止み、
崩れた街が少しずつ修復される。

ヴァルティアは、
やっと泣いた。

押し殺していた涙が、
静かに、溢れ落ちる。

ユノカはそっと抱きしめた。

責めず。
裁かず。

ただ――抱く。

「よく、生きてきたね」

ヴァルティアは声をあげて泣いた。

長い、長い孤独の果てで。

🌒 第二百五章《贖いの名のもとに》

涙が止んだあと。

精神世界は、
静かな灰色から――
やわらかな薄明へと変わっていった。

崩れていた街は
ほんの少しだけ、原型を取り戻す。

ヴァルティアは、
幼い自分の手を離し、

ユノカへ向き直った。

「……ありがとう」

その声は、
初めて本当の意味で“人”の声だった。

けれど――
彼女は微笑まない。

代わりに、
静かに息を吐く。

「でも、私はここで終わらない」

ユノカは、目を細める。

「終わらなくていい」

ヴァルティアは首を振った。

「違うの。
 “逃げない”って意味」

そして――

胸へ手を当てる。

「私は、償う」

サクラが息を呑む。

セナは、拳を握りしめる。

ヴァルティアは続ける。

「奪った命は戻らない。
 傷つけた心も、簡単には癒えない。

 だから私は、
 この力を“守るためだけ”に使う」

その言葉は、宣言ではなく、
誓いだった。

ユノカはゆっくり頷く。

「……いい選択だよ」

ヴァルティアは、小さく笑う。

「あなたが言うと、少し救われるわ」

次の瞬間――

精神世界が、光に包まれ――
現実へと戻り始める。

視界が戻る。

瓦礫。
砕けた大地。
裂けた空。

そして中央に――

ヴァルティアが立っていた。

もう巨躯ではない。
ただの人。

彼女は両手を広げ、
背後で暴走を続ける巨大魔法陣へと向き直る。

「止める」

魔方陣が唸る。

そこに封じられた怨念と魔力は――
本来なら、ひとつの都市を消し飛ばすほど。

サクラが叫ぶ。

「ひとりじゃ危険だよ!」

ヴァルティアは振り返らない。

「これは、私の罪」

ユノカが一歩前へ出る。

「でも――」

言いかけた、その瞬間。

空が裂けた。

冷たい、
金属のような魔力。

サクラとユノカの背筋に、
同時に寒気が走る。

(……違う気配)

(これは――)

裂け目から現れたのは――

白い軍服。

仮面。

そして、
冷酷な瞳。

「観測完了」

無機質な声。

サクラは目を見開く。

「誰……?」

仮面の人物はヴァルティアを見下ろし、
淡々と告げた。

「規定第十三条――
“世界秩序を乱す存在”の削除を実行する」

魔法陣が一瞬で書き換えられる。

ヴァルティアが驚愕する。

「……待って、何を――」

仮面は微動だにしない。

「あなたの意思は不要です。
これは“処理”です」

暴走魔法が、
急激に暴走方向へ切り替わる。

サクラが叫ぶ。

「やめて! ヴァルティアは――!」

ユノカが即座に構え、
札を展開する。

(最悪だ)

(“誰かを罰するためのシステム”――)

仮面は、ゆっくり視線をユノカへ。

わずかに、興味。

「天之矛坂の巫女。
想定よりも長く生存していますね」

セナが一歩前に出て、歯を食いしばる。

「誰……? 魔術師じゃない……」

仮面は名乗った。

「監察機構《アーク・アーカイブ》」

空が低く鳴った。

ヴァルティアの顔から血の気が引く。

「……まだ、残っていたのね」

仮面は淡々と告げる。

「あなたの“償い”は、
この世界に不要です」

「消えてください」

魔法陣が、深紅に染まる。

光線が奔る。

狙いは――

ヴァルティアの心臓。

時間が、引き延ばされたように遅くなる。

(間に合わない――)

サクラが走る。

セナも走る。

けれど。

もっと早く、
もっと迷いなく。

ユノカが飛び込んだ。

鈴が鳴る。

札が弾ける。

光と闇の盾が――
ヴァルティアの前に展開された。

「ユノカ――!」

ヴァルティアが叫ぶ。

ユノカは微笑む。

「償いたい人は――
 生きてなきゃ、駄目でしょ」

光線が直撃する。

世界が、白く弾けた。

🌘 第二百六章《離さない、この手を》

白い閃光が消えたとき――

空は、静寂を取り戻した。

……しかし。

地面に崩れ落ちる影が、ひとつ。

「ユノカ!!」

サクラの叫びが響く。

ユノカは、ヴァルティアの前で倒れていた。

胸元の巫女装束は焼け、
血が広がり――
呼吸は浅く、かすか。

鈴が、転がって音を鳴らした。

カラン……

ヴァルティアの瞳が震える。

「どうして……」

震える手で、ユノカの肩に触れる。

「私のために……ここまで……」

ユノカは、ゆっくり、まぶたを開いた。

弱々しい笑み。

「……償うんでしょう?」

声は掠れている。

「なら……
 “まずは生きる”って約束……」

息が荒くなる。

「守って、もらわなきゃ……困る」

ぽろりと――
ヴァルティアの涙が落ちた。

「馬鹿ね……」

サクラはすぐに駆け寄り、
ユノカの身体を抱き支える。

「エリナ呼んで!
 治療班!魔力安定結界!!」

カレンは即座に結界を展開。

「周囲、無力化確認!
 もう一撃来たら、私が受ける!」

セナは震える手で、
ユノカの手を握りしめる。

「姉さん……!
 やだ、やだよ……!」

ユノカは、少しだけ指を動かし、
セナの手を握り返した。

「……泣かないで」

息が白く震える。

「大丈夫。
 まだ……帰る場所、あるから」

セナの涙が止まらない。

そのとき――

治癒の光。

駆け込んでくる足音。

「どいて!」

エリナが膝をつき、
蒼い魔力を両手へ集中させた。

顔色は真っ青――
でも迷わない。

「心臓波形、不安定。
 魔力逆流発生……!」

震え声。

しかし、手は止まらない。

「落ち着け……大丈夫、大丈夫だから……」

サクラは横で支えながら、
そっと額に触れる。

「ユノカ……戻ってきて」

ヴァルティアは
その光景をただ見つめていた。

胸を押さえ、
震える。

(私は……守られている)

(こんなにも――必死に)

彼女はそっと、
ユノカの胸へ手を添えた。

そして、小さく呟く。

「……分けるわ」

エリナがはっと顔を上げる。

「何を――」

「魔力。
 私の、全部じゃない。

 でも――
 この人に守られた命の分だけ」

術式が重なる。

光と闇が混じり、
ユノカの体内で、少しずつ安定していく。

サクラは胸を撫でおろす。

「……戻ってきて……」

ユノカの指先が、わずかに動いた。

唇が、かすかに開く。

「……ありがとう」

誰に向けた言葉だったのか――
それは、誰にも分からない。

ただ。

その瞬間――

ユノカの呼吸は、
確かに――つながった。

しかし。

監察機構《アーク・アーカイブ》の仮面は、
まだ空に浮かび、彼女たちを見下ろしていた。

「予想外の介入。
しかし――対象は依然“排除対象”」

冷酷な声。

戦いは、まだ終わらない。

けれど。

この瞬間だけは――
誰も、ユノカを離さなかった。

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