魔法少女エターナルリンク35話 潜入 後編
第二百四十二章《敵を運ぶ、その手で》
地下アジト・医療区画。
ヴァルティアは担架に乗せられ、
淡い魔力灯の下に横たえられた。
包帯。
魔術式。
輸血管。
治療班の女性が息を呑む。
「吸血鬼!?
ちょ、ちょっと待って、ユノカさん!」
ざわっ……
周囲の兵や魔法士が
一斉に声を上げる。
「連れてきたのかよ、敵を!?」
「こいつ、前線で何人殺したと思ってるんだ!」
「危険すぎる、拘束しろ!」
怒りと恐怖が広がる。
セナが前へ出て、短く言う。
「落ち着いて」
だが、声は届かない。
「落ち着けるかよ!」
「味方裏切るつもりか!?」
その瞬間。
――カン。
鈴の音が、
静かに鳴った。
ユノカが一歩、前に出る。
瞳は静かで、
でも揺らがない。
「彼女は“いま”戦っていない」
声は低いけれど、
よく通る。
「助けを求める命を、
見捨てるレジスタンスなら——」
一拍。
「私、ここにいる意味ない」
空気が、止まった。
誰も、すぐには言い返せなかった。
医療班長が、
大きく息を吐く。
「……責任は?」
「私が負う」
間髪入れず。
躊躇がない。
班長は、少しだけ微笑んだ。
「なら、やるわ。
“患者”としてね」
治療が始まる。
浄化魔法。
抗魔術薬。
縫合術式。
吸血鬼の血が反応し、
何度も暴走しかける。
ヴァルティアの眉間が苦しげに寄る。
「……っ、が……!」
ユノカは、その手を握った。
指先が冷たい。
(大丈夫)
(戻っておいで)
声に出さず、
ただ祈る。
治療班長が呟く。
「変ね……
心臓付近、何度も裂けた痕……
でも全部“自分を守らず”、外へ向いてる」
セナが眉をひそめる。
「どういう意味」
「多分——
誰かを庇い続けた傷跡」
沈黙。
誰かが小さく呟く。
「……守って、た?」
怒りの空気が、
少しだけ静まる。
やがて治療は終わり、
魔力固定の印が光る。
班長が汗を拭った。
「命は、繋がった。
でも、目覚めるのは時間がかかる」
ユノカは、深く頭を下げる。
「ありがとう」
彼女が顔を上げたとき——
怒っていた人たちも、
まだ警戒しつつも、
もう、最初ほど敵意はなかった。
誰かがぼそりと言う。
「……責任、本当に背負うんだな、あの人」
別の者が小さく笑った。
「前みたいに“ただの被害者”じゃないんだ」
ユノカは医療ベッドを見つめる。
眠るヴァルティアの横顔。
(また、借りが増えたね)
(いいよ。
返してくれれば)
◆
その夜。
医療室を出ようとしたとき。
背中に声が飛ぶ。
「ユノカさん」
振り返ると、
リズが立っていた。
少し不安そうな顔。
「私……まだ怖い。
でも……」
胸に手を当てる。
「助けたい気持ちも、なくならない」
ユノカは微笑んだ。
「それでいい」
リズは目を丸くする。
「答えは“どっちか”じゃない。
両方抱えたまま、選ぶんだよ」
リズはゆっくり頷き、
小さく笑った。
「……がんばります」
静かな夜だった。
でも、その静けさの裏で——
物語は、大きく動き始めていた。
第二百四十三章《静かな家に、灯る声》
地上の、荒れた街はずれ。
道はひび割れ、
雑草が揺れている。
だが――
少し歩くと、
そこだけ違う空気があった。
白木の柵。
手作りの看板。
【こどもたちの家】
(……久しぶり)
ユノカは、立ち止まって
静かに門へ触れた。
指先に、懐かしい温度。
(ここは——私が、“逃げ場”として作った場所)
戦争で親を失った子、
行き場のない子。
せめて《守れる場所》をと
何度も資材を運び、夜通し修理した。
――カラン
鈴の音を聞きつけたように、
扉が開いた。
小さな影が、ぱっと顔を出す。
「……あ!」
金色の髪を肩で結んだ少女。
セリカ。
驚いたあと、
花のように笑った。
「ユノカお姉ちゃん!!」
胸に飛び込んできた。
ユノカは、そっと抱きとめる。
「ただいま、セリカ」
「ほんとに……生きてた……!」
その声は、震えていた。
(……噂、届いてたんだ)
胸が少し痛む。
でも――
温かかった。
◆
孤児院の中。
木の床。
少し古い台所。
壁には子どもたちの絵。
焦げ跡や傷は増えたけれど、
まだ“生きている家”。
セリカは台所に走り、
パンとスープをテーブルに置いた。
「お姉ちゃん、きっとお腹すいてるよ!」
「ありがとう。半分こしよ」
ふたりで笑う。
そのとき――
ふわり、と白い影。
テーブルに、
静かに飛び乗ってきた白猫。
凛とした青い瞳。
フブキ。
式神の姿は、
少し人間味のある少女の気配。
しっぽを揺らしながら言う。
「……帰還、確認。
体調、やや不良。睡眠不足推奨」
ユノカは苦笑した。
「ただいま、フブキ」
続いて。
窓枠に黒い影。
翼を畳み、少女の姿に変わった
黒い羽のカラス式神。
もみじ。
くい、と首をかしげる。
「遅い。
ずっと見張ってたのに」
少しすねた声。
「でも……帰ってきたから、許す」
もみじは
羽のように軽い抱擁をしてきた。
(この子たちが――守ってくれてた)
ユノカは
二匹の頭を、そっと撫でる。
「子どもたちは?」
セリカが笑顔で答えた。
「ねえ、ちゃんとみんな守ってくれたんだよ。
天使が来ても、近づけなかったの!」
もみじが胸を張る。
「当然。
ここは“結界の外側”に偽装してる」
フブキが淡々と補足。
「もし突破されても、転送経路三つ用意済み」
(……本当に、頼もしくなった)
◆
スープを飲みながら。
セリカが俯いた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「みんな、また連れていかれちゃうの……?」
その瞳は、
どこかで見た――サクラの不安とよく似ていた。
ユノカはしばらく黙り、
それから穏やかに微笑んだ。
「連れていかせないために、
私は戦ってる」
小さな手に、自分の手を重ねる。
「ここは、絶対に守る。
約束」
セリカは、強く頷いた。
「わたしも、手伝えるようになる。
強くなる」
「……無理はしないで」
「でも、“逃げない”」
その言葉に――
ユノカは、少し驚き、
そして、微笑った。
(強い子になったね)
◆
夕暮れ。
孤児院の庭に立ちながら、
ユノカは空を見上げた。
白い神殿。
七十二日。
囚われたサクラ。
(ここに戻ってきたのは……
自分の“理由”を、忘れないため)
フブキが、そっと言う。
「ユノカ。休息は任務の一部」
もみじが肩に乗る。
「でも、夜明けには出るんでしょ?」
「うん。
もう少ししたら」
セリカが扉から顔を出す。
「お姉ちゃん!」
「なに?」
セリカは胸に抱えていた
小さな布袋を差し出した。
「お守り。
ずっと作ってたの。
帰ってくるって信じてたから」
鈴が、わずかに鳴る。
――チリン。
(……ああ)
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「ありがとう。
絶対、落とさない」
静かに抱きしめる。
それは――
戦うためじゃなく、
帰る場所を思い出すための鈴。
第二百四十四章《夜風と三つの影》
夜。
孤児院の灯りが落ち、
子どもたちの寝息だけが静かに響く。
庭には月の光。
ユノカは、門の前で
荷物を締め直していた。
(……行かなきゃ)
その時。
背後の木陰から、
白と黒の影が現れる。
フブキ。
もみじ。
ふたりとも、人型の姿。
フブキが、腕を組んだ。
「出発、予定より早い」
ユノカは小さく笑う。
「眠れなかった。
考えると、落ち着かなくて」
「予想通り」
もみじが唇を尖らせる。
「ずるい。
何も言わずに行こうとした」
ユノカは肩をすくめた。
「バレた?」
「当たり前」
もみじは少しだけ近づいて、
じっとユノカの顔を見る。
「今回は……
戻らないかもしれない顔」
胸の奥が、ひやりとする。
(やっぱり……見抜くよね)
フブキが静かに口を開く。
「質問。
“死ぬつもり”?」
ユノカは即答しなかった。
夜風が吹き、
草が揺れる。
そして――
ゆっくり、首を横に振る。
「死ぬつもりじゃない。
でも……“覚悟”はしてる」
もみじが眉を寄せる。
「やだ」
その言葉は、
子どもみたいで、でも本気だった。
「やだよ。
だって——」
声が少し震える。
「帰ってこなかったら、
セリカ、泣く」
ユノカの胸が締めつけられる。
(……そうだよね)
フブキが静かに補足する。
「この場所は、帰還点(ホーム)。
あなたの存在は、
子どもたちの“安心の証拠”」
一拍。
「だから——
“必ず戻る”ことを、命令する」
ユノカは、驚いて目を見開いた。
「……命令?」
フブキは真顔で頷く。
「式神主従契約:
“守護対象の長期継続維持を最優先”。
あなたの死亡——違反」
(……そう来る?)
もみじが袖を掴む。
「約束して。
無理しすぎないって」
沈黙。
ユノカは、ほんの少し笑って、
二人の頭に手を置いた。
「約束する」
もみじの目が丸くなる。
「ほんと?」
「嘘つかない。
だから信じて。
――帰る」
フブキが、安堵したように目を細める。
「了解。
帰還時、温かい食事を用意」
「私はハグする」
もみじが即答。
「長いやつ」
ユノカは苦笑した。
「それ、ちょっと楽しみ」
◆
門を出る前。
フブキが、ふと真顔に戻る。
「最後に——警告」
「うん?」
「あなたは“ひとりで背負う”癖がある。
それが最大の弱点」
胸に刺さる。
もみじも、そっと言葉を重ねる。
「頼って。
私たちも、戦えないけど……
“待つこと”くらいはできるから」
(……待ってくれる場所がある)
それは、
どんな武器より強かった。
ユノカは息を吸い、
夜空へ視線を上げる。
(行くよ)
(必ず戻るために)
月が、静かに照らしていた。
