魔法少女エターナルリンクre:Link第1話 『鈴の音の残る朝』
春の風は、どこか懐かしい。
まだ少し冷たさを残した空気が、桜並木をゆっくりと揺らしていた。
花びらが舞う。
まるで、“何かの始まり”を祝福するように。
――けれど。
ユノカ=シオンは、その景色を見ながら、胸の奥に小さな違和感を抱いていた。
「……なんだろ」
朝。
見慣れたはずの通学路。
見慣れたはずの空。
でも。
時々、ほんの一瞬だけ。
“この景色を知っている気がする”。
既視感。
夢の残り香みたいな、曖昧な感覚。
「……疲れてるのかな」
小さく息を吐く。
白髪のショートウルフが、春風に揺れた。
制服の胸元。
そこには、小さな銀色の鈴がついている。
いつから持っていたのか、思い出せない。
気づいたら、ずっと持っていた。
捨てようと思ったこともある。
でも。
なぜか、それだけはできなかった。
――チリン。
風に揺れて、小さく鳴る。
その音を聞くたび、胸が少しだけ痛くなる。
「……変なの」
誰かを忘れているような。
何か大切なものを、置いてきてしまったような。
そんな感覚。
でも、思い出せない。
思い出そうとすると、胸の奥に靄がかかる。
だからユノカは、最近あまり深く考えないようにしていた。
「おーい、ユノカー!」
遠くから声。
振り向くと、クラスメイトのエリナが手を振っている。
「またぼーっとしてる!」
「……してない」
「してたよ絶対」
エリナは呆れたように笑いながら、隣へ並んだ。
「入学式の日からずっとそんな感じだし」
「……そうだっけ」
「そうそう。なんか、“何か探してる人”みたい」
その言葉に。
ユノカの胸が、ほんの少しだけざわついた。
探している。
――誰を?
「……さあ」
誤魔化すように前を見る。
桜並木の向こう。
校舎が見えてきた。
新しい学校。
新しい生活。
普通の日常。
そのはずなのに。
「……ねえユノカ」
エリナが、不意に声を落とした。
「今日、転校生来るらしいよ」
「……へえ」
興味なさそうに返す。
だが次の瞬間。
胸元の鈴が――
――チリン。
強く、鳴った。
「……っ」
思わず足を止める。
「ユノカ?」
エリナが不思議そうに振り返る。
鼓動が速い。
理由もなく、息が浅くなる。
(……なに)
(今の……)
胸の奥。
何かが、“近づいてくる”。
そんな感覚。
「……大丈夫?」
「……うん」
だが。
全然、大丈夫じゃなかった。
教室へ向かう階段。
足を進めるたび、鼓動が大きくなる。
頭の奥で、ノイズみたいな音が鳴る。
白い光。
崩れる世界。
涙。
鈴の音。
誰かの声。
『……また、見つけて』
「……っ」
頭痛。
ユノカは思わずこめかみを押さえた。
「ユノカ!?」
「……平気」
息を吐く。
その時。
教室の扉が開いた。
担任が入ってくる。
「はいはい席つけー。今日は転校生を紹介する」
教室がざわつく。
女子たちの声。
男子たちの期待。
けれどユノカだけは、妙な緊張で動けなかった。
胸の鈴が、止まらない。
――チリン。
――チリン。
――チリン。
そして。
「入ってきていいよ」
その言葉の直後。
教室の扉が、ゆっくり開いた。
春風が吹き込む。
舞い上がる桜。
その中で。
一人の少女が、静かに立っていた。
ピンク色の髪。
肩まで伸びた柔らかな髪。
どこか儚げで、それでも優しい瞳。
「……サクラ=ミラージュです」
その瞬間。
世界が、止まった。
ユノカの呼吸が止まる。
サクラもまた、ユノカを見ていた。
目が合う。
その瞬間。
サクラの瞳が、大きく揺れた。
まるで。
ずっと探していたものを見つけたみたいに。
「……え……」
ぽろり。
涙が落ちる。
教室がざわつく。
「え、どうしたの?」
「大丈夫?」
でも。
サクラ自身も、泣いている理由が分からないような顔をしていた。
震える唇。
揺れる瞳。
そして。
小さな声で。
「……やっと……」
呟く。
「……会えた」
その言葉を聞いた瞬間。
ユノカの胸の奥で。
何かが、確かに鳴った。
――チリン。
鈴の音が、教室に響いた気がした。
そして。
誰にも聞こえない場所で。
真っ白な精神世界。
黒髪ショートの少女――ミルカが、小さく笑う。
「……始まったね」
その赤い瞳は。
確かに、“前の世界”を見つめていた。
🌸
つづく
