魔法少女エターナルリンクre:Link第5話 『姉さんの朝』
朝の光は、柔らかかった。
山の上に建つ神社は、街中より少しだけ朝が早い。
木々の隙間から差し込む陽射しが石畳を照らし、昨夜の雨露を受けた葉がきらきらと輝いている。
鳥の鳴き声。
風が木を揺らす音。
遠くから聞こえる電車の走行音。
世界は穏やかで、静かで。
まるで昨日見た夢なんて、最初から存在しなかったみたいだった。
——だが。
ユノカ=シオンは、深い眠りの底でまだ“夜”を見ていた。
満月。
湖。
赤い瞳。
黒髪の少女。
『まだ終わってない』
夢の中で、鈴が鳴る。
――チリン。
その瞬間。
「姉さん、朝」
静かな声が響いた。
「……起きないと学校遅れる」
ふわり、と意識が浮上する。
薄く目を開けると、朝の光が障子越しに滲んでいた。
「……ん……」
まだ眠い。
身体が重い。
昨夜の夢が妙に鮮明で、頭の奥に靄みたいに残っている。
布団の上でぼんやりしていると、視界の端に小さな影が映った。
「……姉さん」
そこにいたのは、一人の少女だった。
淡い水色の髪。
肩まで伸びた柔らかな髪が朝日に透けている。
澄んだ青い瞳。
年齢はユノカより少し下。
整った顔立ちだが、どこか儚げな空気を纏っている。
セナ=シオン。
ユノカの妹だった。
「……あと五分」
ユノカは布団へ顔を埋める。
すると。
「昨日も同じこと言ってた」
セナの冷静な声が返ってきた。
「そのあと二十分寝てた」
「……う」
反論できない。
セナは小さくため息を吐くと、部屋の端に置いてあったカーテンを開けた。
朝日が一気に差し込む。
「まぶし……」
「起きて」
「冷たい……」
「朝ご飯できてる」
その一言で、ユノカの動きがぴたりと止まった。
「……何作ったの」
「卵焼きと味噌汁」
「起きる」
即答だった。
セナは少しだけ呆れた顔をする。
「単純」
「お腹空いたから仕方ない」
布団から起き上がりながら、ユノカは小さく欠伸をした。
白髪のショートウルフが寝癖で少し跳ねている。
セナはそれを見て、静かに近づいた。
「……動かないで」
「ん?」
細い指が、ユノカの髪へ触れる。
寝癖を直しているらしい。
「……子供扱い」
「姉さんがだらしないだけ」
「うぐ」
今日も容赦がない。
だが。
そのやり取りが、不思議と心地いい。
両親がいなくなってから、二人で暮らすようになって数年。
この神社は広い。
静かすぎるくらいに。
だからこそ、こういう小さな会話が妙に温かかった。
「……姉さん」
髪を整えながら、セナがぽつりと言う。
「昨日、変だった」
「……え?」
「帰ってきてから、ずっとぼーっとしてた」
図星だった。
ユノカは視線を逸らす。
「……別に」
「学校で何かあった?」
セナの声は穏やかだ。
問い詰める感じではない。
純粋に、心配している声。
ユノカは少し迷ったあと、小さく息を吐いた。
「……転校生来た」
「ふーん」
「それで、なんか……変だった」
「変?」
うまく説明できない。
けれど。
「……初めて会った気がしなかった」
その言葉を聞いた瞬間。
セナの手が、一瞬だけ止まった。
ほんのわずかな間。
でも、確かに。
「……セナ?」
「……ううん」
すぐにいつもの表情へ戻る。
けれど。
その青い瞳には、一瞬だけ“引っかかり”があった。
「姉さん」
「その人、名前は?」
「……サクラ」
その瞬間。
部屋の空気が、少しだけ静まり返った。
風が吹く。
障子が揺れる。
セナは静かに目を伏せた。
「……そっか」
「?」
「なんでもない」
そう言いながらも。
セナの胸元で、小さなペンダントが淡く揺れていた。
——それは。
前の世界で、ユノカが最後に守った“欠片”だった。
だが。
今のユノカは、まだそれを知らない。
セナもまた、“全部”を覚えているわけじゃない。
ただ。
胸の奥で、確かに感じていた。
——運命が、また動き始めている。
🌸
つづく
