魔法少女エターナルリンクre:Link第18話 『夜を重ねる』
満月が、湖面へ映っていた。
銀色の光。
静かな波紋。
風が吹くたび、水面の月がゆっくり揺れる。
夢の世界。
ユノカとミルカだけが存在する、夜の精神世界。
その中心で。
ミルカは少しだけ困ったように笑っていた。
「……少しだけ」
赤い瞳が揺れる。
「また、身体貸してくれない?」
その言葉は、どこか恐る恐るだった。
まるで。
拒絶されるのが怖いみたいに。
ユノカは、そんなミルカをじっと見つめる。
黒髪ショート。
夜色の少女。
最初は、ただの夢の住人だと思っていた。
でも今は違う。
ミルカは、“いる”。
自分の中に。
魂の奥に。
失われた世界の残響として。
「……貸したら、どうなるの」
ユノカが静かに聞く。
ミルカは少しだけ視線を逸らした。
「今の私は不安定だから」
「外側へ出るには、“繋がり”が必要」
「……繋がり?」
「うん」
ミルカは、そっと自分の胸元へ触れる。
「吸血鬼ってね」
「血で、存在を繋ぐの」
その瞬間。
ユノカの胸が、小さく脈打った。
血。
その単語だけで、身体の奥が熱を持つ。
最近、妙に敏感だ。
ヴァルティアの時もそうだった。
“血”へ反応してしまう。
まるで。
身体の一部が、夜へ近づいているみたいに。
「……怖い?」
ミルカが、小さく聞く。
その声音は、少しだけ不安そうだった。
ユノカは、しばらく黙る。
怖くないと言えば嘘になる。
でも。
ミルカへ恐怖を感じるかと聞かれたら——違った。
むしろ。
不思議なくらい安心する。
「……怖くない」
その答えを聞いた瞬間。
ミルカの赤い瞳が、少しだけ揺れた。
嬉しそうに。
でも。
泣きそうにも見えた。
「……そっか」
小さく笑う。
風が吹く。
満月の光が、水面を白く染める。
そして。
ミルカは、ゆっくりユノカへ近づいた。
裸足が水面を踏むたび、銀色の波紋が広がる。
近い。
夜の匂い。
少し冷たい空気。
ユノカの鼓動が速くなる。
だが。
嫌じゃない。
むしろ。
どこか懐かしい。
「……少しだけだからね」
ミルカが、静かに囁く。
その声だけで、胸が熱くなる。
次の瞬間。
ミルカの指先が、そっとユノカの首筋へ触れた。
びくり、と身体が震える。
冷たい指。
でも。
不思議と心地いい。
「……っ」
ユノカの呼吸が浅くなる。
ミルカは、そんなユノカを見上げながら、小さく目を細めた。
「力抜いて」
「……ん」
月明かりの下。
黒髪の少女が、ゆっくり顔を近づける。
その瞬間。
ユノカの脳裏へ、断片的な記憶が流れ込んだ。
夜の戦場。
崩壊した街。
血塗れになりながら、それでも笑うミルカ。
『少しだけ、貸して』
『……うん』
知らないはずの光景。
なのに。
胸が締め付けられるほど懐かしい。
そして。
ミルカの牙が、そっとユノカの首筋へ触れた。
——ちくり。
小さな痛み。
同時に。
身体の奥へ、熱が流れ込む。
「……っ」
ユノカの瞳が揺れる。
血を吸われている。
なのに。
怖くない。
むしろ。
深い場所が、“満たされていく”。
夜。
月。
血。
鈴。
全部が混ざり合う。
ミルカは静かに血を飲みながら、目を閉じていた。
その表情は、どこか切ない。
まるで。
“帰ってきた場所”を確かめているみたいに。
やがて。
ゆっくりと唇が離れる。
赤い瞳が、月明かりの中で淡く光った。
その瞬間。
湖面が、大きく波打つ。
魔力が溢れる。
黒い粒子。
白い光。
夜色の力が、ユノカとミルカを包み込んでいく。
「……っ」
ユノカの背後へ、一瞬だけ黒い翼が浮かぶ。
同時に。
ミルカの身体が、少しずつ“実体”を持ち始めていた。
透けていた輪郭が、ゆっくり色を取り戻していく。
「……成功」
ミルカが、小さく息を吐く。
その声は、前よりずっと“近かった”。
ユノカが驚いたように目を見開く。
「……ミルカ」
「うん」
ミルカは、少し照れたように笑った。
「……ただいま、ユノカ」
その瞬間。
胸の奥で。
忘れていたはずの感情が、静かに熱を持ち始めていた。
🌙
つづく
