見出し画像

加配から見える子どもと、担任から見える子ども

加配として子どもと関わるようになって、感じることがあります。

それは、

同じ子どもを見ていても、
加配と担任では見えている姿が少し違うということです。

もちろん、どちらが正しいという話ではありません。

ただ、立場が違うからこそ、
見える景色も変わるのだと思うのです。

例えば、担任の先生は毎日、その子の名前を呼びながら何度も声を掛けています。

「座ろうね」

「今はお話を聞く時間だよ」

「おもちゃは片付けようね」

その回数は、私が思っている以上に多いかもしれません。

そして子どもも、

頭をかきむしったり、
視線をそらしたり、

「また言われた」

という表情を見せることがあります。

そんな様子を見ていると、

私は時々、

「少し声の掛け方を変えるだけで、この子はもっと動きやすくなるかもしれないのにな」

と思うことがあります。

でも同時に、

担任の先生はクラス全体を見ながら保育を進めています。

一人の子どもだけに関わり続けることは難しく、

その中で毎日試行錯誤していることも知っています。

だから私は、

どちらが正しい、間違っているではなく、

見えている景色が違うのだと思うのです。

担任から見ると、

「何度言っているのにな」

加配から見ると、

「何をしたらいいか分からなくて困っている」

同じ姿でも、
見え方は少し変わります。

そして不思議なことに、

担任が何度も声を掛ける日々の中でも、
その子は少しずつ成長しています。

昨日できなかったことが、
今日はできるようになっている。

だから子どもの育ちは、

一つの関わりだけで決まるものではなく、

たくさんの人との関わりの中で育っていくのだろうなと思うのです。

私自身、

「声かけを変えたらもっと伸びるかもしれない」

と思うことがあります。

でも一方で、

「今の関わりの中でも確かに育っている」

という事実もあります。

加配になって初めて見えたことがあります。

担任時代には見えていなかった子どもの姿。

だからこそ、

担任と加配、

それぞれの視点を持ち寄りながら、

子どもを真ん中に置いて考えていきたいと思うのです。


🐾らっちゃん先生の発達支援ノート

いいなと思ったら応援しよう!