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短編小説『青信号』#シロクマ文芸部「三月に」

三月に君は消えた。僕には確かに、そう思えた。

それは梅の花が散りかけた昼下がりだった。菜月(なつき)と僕は、花弁が溶けたアスファルトを歩いていた。慣れ親しんだ道だ。冬とも春といえない空に白い雲の切れっぱしが、頼りなげに浮かんでいる。菜月は人生最後の学生服に身を包み、茶色のショルダーバックを肩から下げていた。歩くたびに揺れるそのかばんに、僕とおそろいのクマのストラップがついている。

菜月はいつも笑っていた。その笑顔が陽の光みたいで、温かった。
でもその日だけは、曇り空のような顔を見せていた。
僕が話しかけても、菜月は素っ気ない返事をする。壁当てをしているみたいな会話が流れていく。妙な不安に気づかないように話題を問いかける。

大通りに差し掛かり、僕らは変わりたての赤信号で足止めを食らう。いつもみたいに菜月を駅に送り届けるために、僕は隣に並んで待つ。菜月は押しボタンに触れる。二人だけの時間がやってくる。

「田村くんにどうしても話さないといけないことがあるの」と菜月は言う。

「どうしたの、改まって」と僕は言う。

「友達に戻ってほしいの」と菜月が手短い言葉で、ポツリと言う。

僕は息を吞む。それに反比例した脈を打つ。難しい冗談と思い込む。そうではないと理性が伝える。淀んだ川のような思考が流れ始める。無駄な言葉がひっきりなしに浮かぶ。僕はきっと踏み潰されたタバコの吸い殻みたいな顔をしているだろう。

「そっか」と僕は一拍を置く。

「ごめん、これは前々から思ってたの」と菜月は淡々と伝える。「田村くんには悪いけど、もっといい人がいると思うから」

「わかった、いままでありがとう」と僕は取り繕った言葉を絞り出す。
それはとても軽い言葉のように聞こえた。あの白い雲みたいに。

「ここまで、送ってくれてありがとう」と透き通った声で菜月は言う。

「ううん、大丈夫」と僕はあいまいな返事をする。

枯葉の擦れる音が聞こえる。大通りの信号が赤に変わってしまう。
信号機が青を示し、人々が歩き出す束の間に

「またね」って僕は言った。それは僕らが身に着けた習慣だった。

「いつかね」って君は言った。聞きなじみのない言葉だった。

菜月は横断歩道の白線をしっかりと踏みしめて、向こう岸にわたった。
ゆらゆらと揺れるクマのストラップが取れかかっている。
赤に変わり、鼠の大群みたいに有象無象の車が目の前を流れていく。

アスファルトに花冷えの雨が滲んだ。それは止み時を見失った雨だった。
三月の青空は僕を射抜く。

僕は思い出す。青信号に変わるたび訪れる束の間に。
春霞の向こう側に消えた君を。


小牧幸助さまの企画 シロクマ文芸部「三月に」に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
#シロクマ文芸部
#三月に





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