カメを拾った男の子|エッセイ
カメがいた。
道路の真ん中に。
息子と一緒に川沿いを走っていた朝。
前方に黒い帽子が落ちている?と思ったら、カメだった。
急ブレーキで自転車を停めたので、後ろに座っている息子が大きく揺れた。
「ごめんごめん、大丈夫?カメがいてさ。」
「エェッ、カメ?」
息子が見えるように自転車を動かすと、息子はカメを見下ろしながらなぜか唸った。
「う゛ーーー。その通り!カメだねぇ。」
最近の息子は、リアクションがバラエティに富んできて面白い。
見たところ甲羅は割れていないし、動く力もあるようだ。
間違って川から登ってきてしまったのだろう。
車に轢かれてしまったカメは、何度か見たことがある。
私の故郷である島根県松江市では、よく起こる事故なのだ。
「水の都」と言われる松江。市内の至る所に川が流れている。
そこから上がってくるのはカメやヌートリア。たまにアヒル。
子どもの頃は轢かれた動物を見るたびに、運転手さんに憤慨していたものだ。轢かないように運転してよと。
運転していたら気が付きにくいことは、免許を取ってから知った。
そして、そういう怪我をした生き物を放って置けない性分の人がいる。私の弟だ。
ある時は老犬を。ある時は弱っている昆虫や鳥や、ねこを。
どこからか拾って来ては親を困らせていた。
そんな弟が小学校低学年の頃、甲羅がボロボロに割れたカメを持って帰ってきたことがあった。しかも、どデカいやつ。
母曰く、「ランドセルぐらい大きかった」らしい。
そんな大きい子をどうやって?弟はバス通学をしていた。
そう。答えは至ってシンプルである。「バスに一緒に乗って帰って来た」のだ。
バスの運転手さんも、周りの乗客も、さぞかし驚いただろう。ぜひそこで声をかけて欲しかった。「そこの川に放してあげたら?」と。
弟は重たいカメを抱えバスに乗り、膝の上に乗せて座り、30分間バスに揺られた。
そして、両親が働く飲食店に正面から堂々と入店した(帰ってきた)のだ。カメを抱えて。
母はもちろん、ホール係のおばちゃんもアルバイトのお兄ちゃんも絶句したらしい。
当然、お客さんも仰天したことだろう。
そんな中、烈火の如く怒ったのが大叔母(祖父の妹)だった。
「どこでそんなもの拾ってきたの!早く返して来なさい!」
普段は温和な大叔母が声を荒げたことは、後にも先にもこの時くらいなのではないだろうか。
なぜ怒られたのかもわからない弟は、言われるがまま、母と一緒に宍道湖に放しに行った。
そしてその帰り道、弟は静かに泣いていた。
「このカメさん、どうするの?」
息子が言う。
その通りだ。
今日も暑い。このままでは干からびてしまいそうだ。何よりも、車に轢かれてしまう可能性がある。
でも、どうしようか。
自転車を止めて、川まで放しに行く?
30センチはある大きなカメだ。持てるだろうか。
色々考えたが名案は浮かばなかった。
自転車を止めて、息子を下ろして、カメを持って、息子を連れて、川まで運ぶしかない。
50mほど先に川へ降りられる階段がある。そこから降りて、カメを放してから自転車へ戻る。
それだけのこと。なのに、少し躊躇してしまう自分がいた。
でも、仕方がない。やるしかないのだ。
…幼稚園は遅刻しよう。
決心し、よいこらしょと重たい自転車を持ち上げストッパーを下ろす。
息子を自転車から降ろそうとしていると、遠くから声が聞こえた。
「カメですか?」
近くで交通整理をしていた警備員のおじいさんが、気がついて走って来てくれたのだ。
「僕がやりますよ。」
と、にこやかに言って、カメをひょいと持ち上げる。
「おいおい、なんでこんなところに上がってきたんや。危ないやろぉ?」
おじいさんはカメに話しかけながら、ゆっくりと川の方へ運んで行った。
「元気になってくれるかなぁ」
「また会えるといいね」
そんな話を息子としながら、幼稚園へ向かった。
なぜか遅刻だった。
もし、カメを見つけたのが弟だったら。
私のように躊躇はしなかっただろう。
あの日、家に帰ってからも泣いていた弟の顔を思い出す。
弱ったカメと一緒にバスに乗ったこと。
それは、とても勇気がいることだったんだ。
今度弟と会ったら、懐かしい昔話でもしてみよう。
ランドセルくらい大きなカメを抱えて、バスに乗って帰ってきた男の子の話を。
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