4歳、立ちション奮闘記。|子育てエッセイ
「今日もねー、立ってしようとしたんだけど、出なかったんだ。」
帰り道、ポツリと息子がつぶやいた。
年少さんになってすぐ、息子の「立っておしっこをする練習」が始まった。
年年少さんの頃から練習しているお友達もいたが、「絶対に座ってやる」を貫き通した息子。
4歳になったら練習するという約束を守り、4月から頑張っている。
「まぁすぐに立ってできるようになるよ。」
そう思っていたけれど、出ない日がずっと続いていた。
そんなある日、息子はおしっこを漏らしてしまった。立って出なかったから座ってしようと移動している途中、我慢ができなかったのだ。
お漏らしなんて家では日常茶飯事なのだが、幼稚園では初めての失態。動転したのだろう。「ごめんなさい」を繰り返し、号泣してしまったらしい。
「失敗は悪いことではないんだよ。泣かなくてもいいんだよ。」
優しい先生たちにたくさん慰めてもらい、泣き終わるころにはなぜか上機嫌に。お迎えの時には、自分から報告するほどのメンタル回復を果たしていた(しかもなぜか、ドヤ顔で)。
先生方のフォローがとてもありがたく、頼もしいと思った出来事だった。
立ちショントレーニングが始まった時は、
「いや、別に立ってできなくても今のご時世大丈夫では?」と思ったのだが、どうやらそうはいかないらしい。
男の子のお兄さんを持つママ友から、
「立ってできないと小学校になってから困るぜ」と、謎の脅しを受けた。
確かに。小学校でいつも個室に入っていたら、
「こいついつもウン〇してるぜ」みたいなことになるのだろうか。それは息子が不憫である。急ぐ必要はないが、いつかはできるようにならなければ。
そのママ友から、「お風呂でやり方を教えた」と聞き、すぐさまお風呂担当の夫に指示を出した。
——これからはお風呂でやり方を教えるように。
夫はわたしの言われるままに、お風呂で息子を立たせ、おしっこのポーズを教え始めた。
そしてとうとう、その日はやってきた。
嬉しそうに、「できたよ!立ってできた!」と報告してくれたのだ。
わたしも拍手喝采で、やったやったと大喜び。
その日の夜ご飯は息子の大好きなくら寿司へ行った。
夫もとうとうできたか!それは素晴らしいと息子を褒め称える。
「こうやってねー、ちょっとお腹を突き出すの。それでねー、こうやって持ってねー(以下自粛)。」
得意げな顔で、身振り手振りもつけながら声高らかにフォームを語る息子。それをまるで武勇伝を聞くかのようにふんふんと身を乗り出す夫とわたし。
遠目からはなんとも和やかな家族団欒シーンだっただろう。ただ、耳を澄ますと立ちションのフォームの話。
他のお食事中のご家族に、ご迷惑をおかけしなかっただろうかと、今更ながら心配になっている。
さて、実はこの話はこれだけでは終わらない。
そこからまた新たな壁が立ちはだかったのだ。
「幼稚園でしかできない問題」である。
基本的には、幼稚園や小学校でできれば問題がない。だけれども、親としてちゃんとしたフォームでできているか確認する必要があるのではないだろうか。
…いや、正直に言うと、
せっかくなら見たいのだ。
息子が立派に立ちションしている姿を。
だから、「お家でも立ってやってみる?」とか、スーパーにある男児用トイレで「そこで立ってやってみる?」とか声をかけるのだが、「やらない」の一点張り。
その言い方に、「幼稚園でしか立ってするものか。」と言う並々ならぬ息子の決意が伝わってきた。
それでもわたしは諦めきれなかった。
そこで思いついたのが、「おしっこギリギリ大作戦」だ。
ギリギリにトイレに連れて行けばやむをえず立ってするのではないか。という、強行突破型の作戦である。
失敗すればおしっこまみれ。
成功すれば「尊い」。
なかなかにハイリスク・ハイリターンだ。
(注意:ハイリターンかどうかは人による)
それでもわたしは、作戦決行を決意した。
決行のその日。
失敗の可能性も考えて準備は万端に。最寄りのスーパーに行くだけなのにリュックがパンパンになった。
トイレの声かけをひたすら我慢し、ジリジリとその時を待った。
「ちっちー!ちっちー!」
限界に達した息子が、必死の形相で走り始める。
——ききき、来た!来ました!
スキップしそうな気持ちを抑え、「大丈夫?間に合いそう?急げ急げ!」と「緊急事態に必死な母」を演じながらトイレへと駆け込んだ。
もう限界なのだろう。前を押さえながら足踏みしている。そして目の前には男児用トイレが。
「漏れそうならこっちでやる?」
と声をかけると。
息子は「うん。うん、」と言ってすぐにズボンを下ろし始めた。
——成功!作戦、成功です!
ファンファーレが頭の中で鳴り響く。
いよいよこの時が来たのだ。
スマホを構えたい気持ちを必死に押さえて息子を見守った。
この目で見届けるのだ、息子の勇姿を。
息子は便器から随分と離れたところでズボンを下ろし、ペンギン歩きで近づいていく。
間に合うだろうか。手に汗握る。
やっと辿り着いた。
焦りと不安でごちゃ混ぜの表情をしている息子。「大丈夫だよ、落ち着こう。」という母の声も届いていないようだ。
でも、大丈夫。
あとはくら寿司で語っていたようにすればいいのだから。
まず、お腹を突き出して…じゃなくて、あれ?
わたしは目を疑った。
息子はいきなり、
左手で便器を熱烈に抱きしめたのだ。
——えっえっ、それでいいの?幼稚園ではそうしているの?
声をかけようとして、飲み込んだ。
…決めたじゃないか。黙って息子の勇姿を見届けると!
続いて息子は下を覗き込みながら、少し足を開く。
そして、右手でむんずと丸ごと掴んだ。
——そんな掴み方でいいの?
またグッと言葉を飲み込む。
そしてお腹を突き出した瞬間。
「待っていましたぁ!」と言わんばかりに勢いよくおしっこが飛び出してきた。
ビシャァァーーーーーー。
Tシャツの色がみるみるうちに変わっていく。
その様子を無言で見つめるわたし。
無言で便器を抱きしめる息子。
徐々にその勢いが緩まっていき、
ビシャァァーーーーーー。
次は右手がおしっこまみれに。
——ちょっと落ち着こう。少し頭を整理したい。えっと、どこからおかしいと思った?あぁそうだ、便器を抱擁したところからだ。
考え込むわたしの横で、息子は早々にズボンを上げようとしていた。
「おれはとうとうやり遂げたぜ」と言わんばかりの満足顔である。
「その手でズボン触らないで!」思わず大きな声が出た。
でも、手遅れだった。
被害はシャツと右手だけではなかったのだ。太ももから膝へ。そして下ろしているズボンやパンツはもちろん、靴下、そして靴の中にまでおしっこは到達していた。
個室でお着替えをしている最中。
息子は「見た?ちゃんとぼくがおしっこしているところを見た?」と興奮気味だった。
わたしは息子のチャレンジを褒め称えながら、頭の中では衝撃の抱擁シーンを反芻していた。
くら寿司での、あの熱弁はなんだったのだろう。夫は、幼稚園の先生は、どのように教えているんだろう。
5分で終わるはずのトイレが15分かかったことと、濡れたお洋服たち。
それと引き換えに得たものは、息子が便器を抱きしめながらおしっこをする姿だった。
「初めての立ちションを愛でる母の気持ち」は、どこかに消えていた。
わたしは少し肩を落としながら帰宅し、夫に失敗したことを伝えた。
そして「あなたはお風呂でどういう教え方をなさったのですか」的なニュアンスで夫に食いついた。
そこで判明したのは「幼稚園でしかやらない!」とお風呂の練習を嫌がっていたという新事実だった。
つまり息子は、「完璧なフォーム」をイメージはできているが、やり方はまだ良くわかっていないのだ。
それなら完璧なフォームを実践で教えてあげなければ。
そこで、抱擁シーンの一部始終を事細かに夫に伝えた。
夫はふんふんと頷き、「なるほどね、それならまず持ち方を…角度は…(自粛)。」とまるで専門家のように真面目に語る。
これで大丈夫だろう。夫に全てを託そう。
しかしその日の夜。
息子の絶叫で夫の実技指導は打ち砕かれた。
「やらない!幼稚園じゃなきゃ、やらないもん!」
親譲りの頑固さに苦笑いするしかなかった。
もう幼稚園に任せ、息子のペースに任せ、ゆっくり待つしかなさそうだ。
いつになっても構わない。
とにかくわたしは見たいのだ。完璧なフォームで立ちションをする息子の姿を。
そのためにまた、「おしっこギリギリ大作戦」だって敢行するだろう。
「そんなに見たいのか?」と、夫が笑う。
当然である。練習した成果を見届けるのが親の役目だ。
運動会や発表会と同じなのだ。
「できなかったことができるようになる。」
その瞬間を、わたしはひとつでも多く目に焼き付けたい。
それがたとえ、立ちション姿だとしても。
完璧なフォームでできるようになったら、またくら寿司へ行こう。
もはや変な家族と思われても構わない。あの高らかな声で、完璧なフォームを語る息子をやんややんやと囃し立てるのだ。
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました🌱
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