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#349 細く、長く、そしてゆるく

 これをやりたい。あれをやりたい。
 若い頃はそう意気込んでチャレンジしては、すぐに飽きてしまい、何も継続できなかった。
 衝動的にチャレンジするその行動力は、今の僕よりかつての僕の方が絶対にあったように思う。時折、その勢いを羨ましく感じることはある。
 一方で今の僕は、何かを始める勢いこそ失ったけれど、細く長く続ける力を持つことができるようになったと思う。
 
それは、僕の中での数少ない誇りである。

 ——友達付き合い。
 友達付き合いの長さは、どこからが長くて、どこからが短いのはわからない。けれど、僕と友達にいてくれている人たちは、比較的長い間僕と友達でいてくれている。
 幼馴染とは30年、一番の親友とは20年、ネットで知り合った友達とは10年。彼らとは頻繁に会っているわけではないけれど、定期的に会っては近況報告をして、世界で一番どうでもいい会話をしながら、ただただ笑う。そうやって関係が続いてきた。
 僕たちには、細く、長く関係性を続ける能力があるに違いない。

 ——仕事。
 今年で図書館司書を始めてから9年になる。これが果たして長いかと言われると、やっぱりわからないけれど、短期離職を2度経験した僕としては、9年も同じ仕事を務められていることを誇りに思う。誇りに思うことにしたのである。
 もちろん図書館司書の仕事は好きだ。自分に合っているとは思う。けれど、「これが天職だ! 図書館を極めるぞ!!」という熱量があるかと言われるとそういうわけでもない。もちろん成長はしたいという思いがないわけではないけれど、他のやる気を持っている司書と比べれば、そこまで熱はない。
 でも、だからこそ僕は図書館司書を続けられているのだと思う。言うなれば弱火なのだ、僕の仕事への情熱は。いつもほんのりと好き。劇的なことなどはない。だからこそ、細く、長く続けられているのだろう。

 ——書くこと。
 定期的に書く習慣が2年前から身に着いた。気軽に発信できる場所を得られたことで、改めて書くことの面白さを発見し、この2年、その火は消えずに今もこうして文章を書き続けている。
 最初こそ発信することって楽しいと思っていた。今ももちろん楽しいとは思っているけれど、楽しさの質が変わったように思える。発信することの楽しさよりも、書き続けることの楽しさに今は目覚めているのかもしれない。
 最初は100日連続で投稿をしていたが、それをやめた。僕には毎日投稿することも、毎日必ず書くことも向いていない。「書かなきゃ」と思った瞬間に、書くことは一気に面白くなくなる。自分の心のリズムに合わせて書くようにしたら、いつの間にか2年も続けることができるようになっていた。最初こそ「続くかな」とか「途中で放り出したりしないかな」と未来の自分を心配したこともあったけれど、今はそれはない。
 僕にとっての書くことは、熱量高く表現することではない。超大作1作を発表し終了、ではない。いつも通りの熱量のものを、細く、長く、そしてゆるく表現していくことなのだ。
 だからなんとなく週にこれくらい投稿したいなと思ってはいるけれど、絶対的に決めることはしない。気分屋であることは、僕が一番よくわかっていることだから。書けないときは書けない。交流できないときは交流できない。それが僕なのだ。自分の気分に服従しているからこそ、細く、長く続けられるのだと思う。

 細く、長く、そしてゆるく。
 これが、僕の人生の信条の一つである。
 太く、短くというのもかっこいいとは思う。音楽の話になるけれど、ジョン・レノンとかカート・コバーンとかチバユウスケとか尾崎豊とか、僕の大好きなロックアーティストに太く短い人生の人が多い。それはそれでかっこいいけれど、僕はロックンローラーにはなれなかった。なろうとも思っていなかったけれど。
 きついのも向いていない。熱量が高いのも向いていない。
 常に弱火、常にゆるく、そして頑張らない。人によっては「そんな人生って面白い?」と思うかもしれないけれど、はっきり言って面白い。この姿勢を貫くように心がけてから、一気に人生が面白くなった。
 だから僕はこれからも、今いる友達との関係も、図書館司書の仕事も、そして書くことも頑張らずにやっていこうと思う。
 細く、長く、そしてゆるく、ね。

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