#183 生きていることに喜びを思う
毎日家族と会うこと。
毎日同僚と会うこと。
たびたび友達と遊ぶこと。
誰かと会うことを繰り返しているうちに、その人の存在を当たり前だと思ってしまうのが人間なのだと思う。
だけど、それは錯覚だ。
この世にあるものに、当たり前などは存在しない。
不安を乗り越えた二人の女性
昨日は相撲観戦のため、両国国技館に足を運んでいた。
一緒に観戦したのは、母ととてもお世話になった図書館の先輩だ。
二人は昨日が初対面だったのだが、観戦しているうちに打ち解けていたのが微笑ましく感じられた。
だけどその微笑ましさは、ただ打ち解けたからだけではない。
それにはまた別の理由があった。
元気すぎる母に襲った病魔
元々母は相撲を見るのが好きだったのだが、去年まで生で相撲を見たことがなかったのだという。
この1年で僕もすっかり相撲ファンになったのもあり、細やかな親孝行として母を国技館へ連れて行ったのだった。
母に積極的に親孝行をしようと思ったのには大きなきっかけがあった。
それは、病気だった。
母はとにかくエネルギッシュな人だ。
数年前までフリーランスのインテリアコーディネーターとして朝から晩まで働いていた。そんなに働きますかというくらいに働いていた。
体力的限界という理由にリタイアしても、数か月後には「何か仕事がしたい」と言い出しアルバイトを始めたし、健康のために筋トレまで始めた。
元気すぎる母。
常に動き、働き、快活に生きる母。
ずっとそんな姿を見てきたから、母が元気であることに疑いの余地もない。
母が元気に生きていることが当たり前だと思っていた。
だから、数年前のある日。
母に「乳がんになった」と言われたとき、何の冗談だろうと思ったのだ。
息子の僕の前では、弱いところを見せまいと思っていたのだろう。
「いやー、なっちゃったよ。これから迷惑かけるかもしれない、ごめんよ」
と明るく振る舞っていたけれど、心中は不安で仕方がなかったことがどことなく伝わってきた。
度重なる検査。それでもわからないがんのステージ。
医学が進歩しているとはいえ、全身麻酔をかけて二度と起き上がらなかったらと思うと、僕の心にも不安が募っていく。
入院の日が近づくにつれ、徐々に母の声からも元気が失われていた。
それが、僕が初めて聞く元気のない母の声だったかもしれない。
だが入院日を迎え、手術室へ向かう母の姿は不思議と凛としていた。
送り出す僕の方が不安を覚えていたくらいだ。
その表情を見たとき僕は、「あ、大丈夫だな」と直感した。
その直感は当たり、手術は無事成功。
幸いがんも転移しておらず、ステージも1と2の間くらい。
今では半年から1年に1度の定期検査をしつつ、元気に過ごしている。
今年の1月からまた別のアルバイトを始めたくらいだ。
そう、あのとき当たり前などはないと思っていた。
だけど、僕は先輩を誘い、3人で相撲を楽しく観戦できる――
それを当たり前にやってくる楽しみだと思ってしまっていたのだ。
今度は、その先輩に病魔の影が近づいていたのだった。
優しさの塊の先輩に近づいた病魔の影
3年前までいた図書館で、一緒に働かせていただいていた先輩。
図書館司書の僕があるのは、間違いなくその先輩のおかげだ。
見た目は華奢で可愛らしく、仕事は驚くほどに正確。
凡ミスを度々してしまう僕は、その先輩の仕事の仕方を見ながら、細かいところまで仕事を磨いていた。
そして健康管理も徹底していたと思う。
よく食べ、よく眠り、職場まで40分の道のりを歩く。
常に笑顔。常に元気。
きっと母とウマが合うだろうなと思い、元々先輩も好きだという相撲に誘ったのだった。
約束をしてから1か月ほど経った年末。
先輩から突如「本当に申し訳ないんだけど」と遠慮した声で言われた。
「まだわからないんだけど、もしかしたら私乳がんになったかもしれなくて。検査結果がわかるのが、最悪なことにお相撲の日なのね。
だから検査結果によっては、お相撲を見に行けないかもしれない」
衝撃だった。
どうしてまたこんな元気な女性にその病魔の影が襲ってくるのだろう。
当たり前のように相撲に行けると思っていた僕はなんて馬鹿なんだろうと思ってしまった。
母ががんになったあの時、「当たり前なんてない」と痛感したのに。
迎えた昨日。
相撲が終わる3時間前になっても、先輩から連絡がなかった。
これはもしや最悪のケースなのかもしれない……。
目の前で熱い相撲が繰り広げられているというのに、心のどこかでは先輩の病状を気にしている自分がいた。
代わる代わる土俵の上で、力士たちが戦いあう。
頑張れ。頑張れ。
力士たちにも、まだ病院にいるのであろう先輩にも、その言葉を送った。
その言葉が通じたのが、メインである幕内力士が入場する直前だった。
「検査、大丈夫だった!! 今から国技館に向かいます!」
推しの力士が出てきていないというのに、僕も母も歓喜した。
先輩によると少なくとも悪性の腫瘍ではなく良性で、しばらく数か月に1度の検査をすれば大丈夫だとのことだったという。
喜びと安心感と共に、幕内力士の取組が始まる直前というベストタイミングで、ついに先輩は満面の笑顔で国技館へやってきたのだった。
初対面ではあるけれど、乳がんの経験を持つ母は先輩を自分のことのように心配していたのだろう。
「初めまして! ああ、本当によかった……涙出そう」
「こちらこそ初めまして。そんなぁ……ありがとうございます!」
と、二人とも涙目で挨拶を交わしたのだった。
それからの2時間は、最高のひと時だった。
母の推しである若元春関が初日以来の白星を挙げた。
先輩の推しである遠藤関も力強く勝利を獲得した。
僕の推しである大の里関も、気持ちいいくらいの勝利だった。
こちら側の心情でしかないけれど、
その日見た相撲からは、命の強さが感じられた。
生きていることに喜びを思う
命の危機を感じ、不安を乗り越えた二人の女性。
昔からの友達かのように挨拶をし、喜び合っている姿。
彼女たちを見て、生きていることは当たり前ではないのだと、改めて強く噛み締めたのだった。
日々生きられることを喜ぶべきなのだと、思った。
強く、強く。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートをしていただけるととてもとても嬉しいです! 読書と勉強の糧にさせていただきます!