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不安と共に生きた過去の日々から、心の居場所を思い描く。

先日、くりすたるるさんのつぶやきからこちらの記事を拝読して、何かを書きたい気持ちに駆り立てられました。


乃井さんの記事によると、『心の居場所』を教えてください とのこと。


これは、いろいろな生きづらさと向き合ってきたはずのわたしも、ぜひ協力させていただきたい…!

でも、気づいたのは、2/15の21:30…しかも、この日に限って、お酒を飲んでしまった後で、うまく頭が回りませんでした😂

なんとか期日に間に合うよう、まずは頭の中を整理します。

ということで、募集要項に沿って書いてまいります。

【テーマ】『心の居場所』とは 
※題名は自由です。

【字数】特に制限はしませんが、ご負担のない程度でお願い致します。

【募集期間】〜2025年2月20日までで、一応区切らせて頂きます。

【応募方法】記事内にこの記事を埋め込み、ハッシュタグ「 #185居場所 」を付けて無料記事で投稿して頂ければ、数日以内に回収&マガジン登録致します(回収漏れがあった場合は教えて頂くと助かります😅)。

⚫︎誹謗、中傷などのない文章でお願い致します。

募集要項 抜粋


乃井 万さん
はじめまして で恐縮ですが、ご査収くださいませ。

わたしにとっての心の居場所は、どんなところだろう?と考えてみました。


直感で答えますと、背伸びしなくても、等身大をそのまま受け止めてもらえる、やさしくて、おだやかなところです。 

リアルな場所でも、そうでなくても、どちらでもいいのですが、安心して、ただそこにいる・・・・・・・という、パッと見なんでもないことが、気負わず当たり前のようにできる場所が欲しいです。


幼少期から、おとなしくて、とにかく目立たないように…悪目立ちしないように…こっそり、生きてきました。

その場その場で、対人関係を築くことはできたけれど、どれもその時期が終わると、いつの間にか関係をつなぐ糸は、うっすらと薄くなっていって、家族やその時の友人以外とはつながらなくなりました。


当時のわたしは、その時を生きること、これまた語弊を恐れずに言うのであれば、やり過ごすことをゴールとしていて、社会で暮らしていく人として、何かが欠けていたのだと思います。


その何かというのは、1つではなくて、いろんな複数の要素が絡み合っているんだけれど、複数のうちの一番大きなものは、安心感だと感じています。


生まれてから成人になるまで、不安とともに生きてきました。

早生まれで、やや未熟児として生まれたわたしは、同学年の子たちに追いつけなくて、何をするにもだいたい遅れを取りました。

不安とともに生きてきた…なんて言っていますが、もちろん当時のわたしは、そんな自覚さらさらないです。

いや、もしもあったら、ここまで生きてこれていないかもしれないし、自分を守るための方法だったということは、わかっているつもりです。



さて、わたしが生きづらさを自覚して、ポジティブもネガティブも、とりあえず持っていることができるようになったのは、大人になって、とある仕事に就いてからです。

ここでは、その時の仕事の詳細を言うのは控えますが、ざっくり言うと、福祉的な業界に身を置いています。

あまりメジャーではないため、言い表すことが難しいのですが、よく板挟みにあいがちな、なかなか難しい立ち位置にいます。

でも、その分、いろんな人生を見聞きしてきましたし、わたし自身も伴走しながら成長させてもらうことができる、貴重な時間を過ごさせていただいています。


その仕事の経験を通して、動き出そうとする時に、不安や恐怖を感じることがありますが、ネガティブな感情をないことにせず認めることと、何があっても帰ってこれる場所があることが大切だと知りました。



わたし自身、不安定さをちゃんと自覚できるようになるのは、その後方に、安心を感じられる帰れる場所ができたから、だったんですよね。


ちっぽけでも、うっすらでも、根拠がなくても、「大丈夫だよ」っていう安心感が心に根付いていること。


そして、この安心の芽が出るための種となるのは、「自分」という存在そのものを認めてもらうことかな、と思っています。

決して、できるできない等の評価ではなく、生きていていいんだよ、と認めてもらえること。


社会には、いろんな人がいますし、好意だけがある世の中ではないということも重々知っていますが、自分がまず先に信じてあげることから始めていきたい。今のわたしは、そう思って生きています。

人に対しても、環境に対しても、すぐに安心や信頼は醸成されないのですが、まずは信じるしかないんですよね。


良くも悪くも、ネットが普及して、リアルでなくても、つながりを感じられるようになりました。

核家族化が進み、地域とのつながりが薄くなりつつある現代。親族や地域のつながりがあったらあったで、しがらみもあるのかもしれないですが、これほどに個や多様性が重視される時代になることは、ご先祖様は思っていなかったかもしれません。

生きることって、ひとりではできませんし、本当に難しいなあ…と思いながら、毎日暮らしています。

でも、今のわたしが生き続ける意味は、この難しさの中にあるのかもしれない…とも感じています。


この記事を書きながら、そういえば、昨年創作大賞でエントリーした小説も、こういうことを書きたかったんだよなあ…と思い返して、ひとり感傷に浸っておりました。

何も考えずに、やりたいことを言わせてもらえるのであれば、今の板挟みで少し窮屈な仕事ではなくて、誰でもふらっと休みに来れるカフェがしたいんですよね。まったり経営の喫茶店が欲しいです。

経営能力皆無なので、実際にはできませんが…。

最後に

乃井 万さんへ。

乃井さんのモノカキングダム作品も、わたしの中でとても印象に残ったもので、リアルかフィクションかわからないような世界観の中、この言語化がちょっと難しい世界観の居場所について語っていらっしゃる記事がある!と思っていたんです。
他の記事をいくつか読ませていただいて、とても感銘を受けました。

生きづらさと向き合うことについて改めて考えるきっかけをくださり、ありがとうございました。

 #185居場所


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最後までお読みくださり、
ありがとうございました!


ここまでお読みいただいたあなたに、
幸せが訪れますように🍀


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