ありたい姿に近づくために、心の声に耳を傾ける
やりたいこと。ありたい姿。
それは確かにあるのだけれど、自分の性格傾向だったり、特性も含めて、そこに向かうまでに立ちはだかる大きな壁があります。
それをするには、ある程度の努力と覚悟と時間が必要です。
正直に言うと、今のわたしは、そこに自分の心身と時間を割くほどの余裕がないようです。
何に疲れたのか?
最近あった出来事を思い返してみました。
大学生で、初めての一人暮らしの時、ちょっと苦い思い出もありまして、あまり信用していない方を、家の中に入れることに抵抗があるタイプです。
先日、自宅の設備点検デーだったので、どうしても、業者さんを自宅に入れなくてはならず。
わたしは、極度の人見知りなので、これまでは、夫も在宅している日に設定していたのですが、なんと設定した日の直前で、出勤しないといけなくなり、ひとりで対応することが判明。
しかも、相手は、ちょっと苦手なタイプ、ときた。
掃除はしていたけれども、まさかそこまで開けて点検するの?と思うような引き出しも開けられて、「そこ開けるなら、一旦確認してよ・・・」と思うこともあり、約1時間の点検を終えた頃には、ぐったりでした。
で、その点検のことについてのアンケートを回答する必要があるのですが、「良ければ、イイ感じに書いて下さい」と言われて、愛想笑いしながらも「わかりました~」と、なんとなく返事をしたくらいにして。(笑)
終了後、わたしも自宅を出て、挨拶したのですけど、家を出た瞬間、その業者の人のスイッチが切れてしまったのか、声掛けたのも聞こえなかったのか??と思うくらいの、うっすーい反応で。
終わり良ければ、すべてよし。
という言葉もある通り、どこで誰に見られているのかわからないから、わたしも自宅に入るまでは、気を抜かずに過ごそう。
反面教師としての人生の教訓となったのでした。
仕事を終えた夫に、あれやこれやを話したわけですが、この、人を家にあげることだったり、苦手な人とプライベートな空間で一緒にいる時間に得た苦痛までは分かってもらえないんです。
夫は、繊細さんではありますが、こういう類は平気なタイプで。(笑)
その日以降、なんだか、わたしの心の空模様は、どんよりとした曇り空です。
ひとりでいるときに、少しでもゆったり休養させたいと思って、できるだけ自分の心の赴くままに動いています。
でも、なかなか心は晴れません。
わたしの思っている以上に、わたしは傷心していたのかもしれないですね。
背景には、他にもいろいろなことが起こっているわけなので、その出来事だけが理由ではないですが、疲れている時や落ち込んでいる時に、無理やり気分をあげようとしても難しいのだ、と感じました。
今のわたしの状態を受け止めるまでに、少々時間がかかってしまいましたが、無理に動かなくても、自然に動きたくなる日が、きっと来ることでしょう。
この状態になっていることには、今のわたしに気付いてほしい何かが隠されている気がしています。
いつも、よく頑張っているね。
労いの言葉とともに、じんわりと出てくるわたしの心が訴えてくれる言葉たちに、耳を傾けられたらいいな。

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