【本の感想】レモンと殺人鬼
2021年に「このミステリーがすごい!」大賞を獲った「レモンと殺人鬼」を読んだ。表紙から少女とレモンの圧がすごい。大賞を獲っているからか図書館でもかなりの予約待ちで、予約から数か月してやっと読むことができた。
面白すぎて2日で読み終わった。
私は読むのが遅くてだいたい4~5日で1冊を読み終えるので、かなり早いほう。そのくらい面白かった。
あらすじ
主人公の小林美桜は、幼少期に父親を通り魔に殺された。殺人犯はまだ14歳の少年・佐神翔だった。そのあとすぐに母親が失踪し、美桜と妹の妃奈はそれぞれ別の親戚の家に預けられた。高校を卒業した美桜と妃奈はそれぞれ親戚の家を出て就職し、派遣社員として慎ましやかに暮らしながら、時々二人で会っては慰めあっていた。
そんなある日、妃奈が何者かに殺された。妃奈の殺人事件に世間が注目するなか、実は妃奈は生前に保険金詐欺をしていたのではないかという疑惑が浮上する。美桜は妃奈の潔白を信じて、詐欺疑惑についての調査を始める。
調査を進めるなかで、美桜は詐欺疑惑の真相を一緒に調べてくれる人や、妃奈の生前の関係者、仕事で新しく一緒に働く人など、さまざまな人に出会う。そんななか、父親を殺した佐上翔が少年院を出所後して、その後行方不明になったというニュースを耳にする。
ネタバレありで書いていくのでご注意を!
面白かったから色んな人に読んでもらいたくてネタバレなしにする予定だったけれど、あまりにも物語にムダがなく、ネタバレなしで語ることはできないなと思った次第。
まず主人公の小林美桜について。
派遣社員として大学事務で働いている。高校卒業後すぐに派遣社員になったから年齢としては大学生と同じで、同級生が通う地元の大学で働いている。
美桜は歯並びが悪いことを気にしていて、コロナ禍ということもありずっとマスクを着けている。人前ではマスクを絶対に外さず、ご飯を食べる時もマスクの下からちょこちょこ食べるという徹底っぷり。学生時代には陰口も言われて肩身狭く過ごしており、美桜はかなり内向的な性格をしている。
読みながら、美桜があまりにも卑屈かつ被害者意識が強いように感じて、「実は美桜は精神的に病んでいて、二重人格だったり…?」なんて考えていた。
ほぼ美桜の主観で物語が進んでいくが、美桜の認識がゆがんでいる可能性もあったから、私は美桜の見たもの感じたものを信じられなかった。あまりにも卑屈過ぎて視野が狭くなると、屈折した見方で物事を見てしまうから。真凛&渚は本当にカップルなのか、真凛は本当に美桜のことを避けているのか、その人は実在するのか、とか。
全部杞憂だった。この作品はそんな二重人格オチや夢オチで〆ちゃうようなものではなかった。さすが「このミステリーがすごい!」大賞。
ただ被害者意識はやっぱり強くて、悲劇のヒロイン感に酔っているのかなと感じることもあった。垣間見える「妃奈にも搾取される側であってほしい」というような感情からも。搾取されることを仕方ないと受け入れていて、そこに居続けて、その考え方を改めようとしないところに、ちょっと苦手意識を感じた。
次に渚丈太郎。
美桜をいじめた真凜の彼氏で、妃奈の詐欺疑惑の真相を一緒に調査してくれる、ジャーナリスト志望の大学生。
正体は、身分を偽って大学に潜り込み真凛と付き合っている不審者。「真凜ちゃんが可愛くて長居しすぎた」と言っているあたり、身分詐称の常習犯なんだろう。
しかも人から恐れられることを尊敬されることと勘違いしており、真凛から尊敬される(=恐れられる)ために真凛の前で美桜を殺そうとする。普通に人に暴力をふるったりもするし、空き巣にも入るし、常にナイフを持ち歩いている。とんでもないやつすぎる。
たしか物語の最初のほうで、マスクを外した渚は鼻筋がシュッとしたイケメンだと書かれていたと思う。イケメンがこんなところで何をしているのだ。
身分を偽って大学に潜り込んだということは、学生証も偽造しているんだろう。しかも恐怖で逃げる真凛を追いかけてそのまま退場。本当にイケメンが何をしているのだ。結局捕まったのかな。様子がおかしいので捕まっていてほしい。
そして桐宮証平。
農学部の大学院生で、途中から美桜が手伝うことになった仕事(ボランティアサークル)の運営者。行方不明になった佐神翔がどこに潜んでいるのか疑心暗鬼になっているときに、佐神疑惑の有力候補になった一人。
この物語では一番桐宮が好きだった。
物語の途中で時々、小学生の頃の美桜が中学生の男の子に片思いをする話が入る。それから、「中学生の頃から美桜を見ていて、美桜が好きで、美桜のためなら何でもする」という佐神翔のモノローグが入る。そのあと、中学生の頃に実は美桜と出会っていると桐宮が語り出す。
ここで桐宮=佐神翔の怪しさがマックスになる。
桐宮の思い出話によって、美桜の実際の幼少期が明らかにされる。実は父親は妹の妃奈ばかりを可愛がっており、美桜は父親からやりたくもない仕事を押し付けられていた。中学生だった桐宮はそんな美桜を見て気にかけており、大学院生になってやっと美桜を見かけたため、美桜にサークル仕事の依頼をだしたのだった。
桐宮の話から、桐宮=佐神説が濃くなっていき、怖くなっていく美桜。
しかしここまでの桐宮像としては、一人でご飯を食べている美桜に話しかけたり、子育て支援のボランティアサークルを運営していたり、夜遅くに女性だけにサークルを任せることを心配していたり、とにかく優しくて紳士的な感じがある。
また、さきほどの佐神翔のモノローグによって、父親殺人は実は美桜を一途に思うゆえの殺人だったという感じになっている。
もともと桐宮をいい人だなと思っていた私はここで、もう桐宮が殺人犯でも殺人犯じゃなくても好き!という気持ちになっていた。猟奇的な面はあるけれど、美桜に対してだけは無害で愛がある。まっすぐな愛とか重めの愛の話が好きなので、桐宮が佐神という展開、全然受け入れますよ、という気持ちだった。
結局桐宮は佐神ではなかった。さきの話も全部ミスリードで、実際に桐宮が美桜に恋愛感情を持っていたかは分からない。けれど、桐宮が美桜を気にしてずっと見ていてくれたというだけでお腹いっぱいだ。
ちなみに個人的な桐宮のイメージは「ツルネ」の竹早静弥だ。桐宮が佐神ではなかったらなかったで、竹早静弥イメージの少年がボランティアサークルを運営するくらいまっすぐに育っていて嬉しい。

それから、美桜の同僚の鹿沼公一は明るくて優しくて、唯一の癒し枠だった。色んな人が怪しいなかで、鹿沼だけは大丈夫だろうという安心感があった。
この物語では搾取する側と搾取される側がよく描かれていた。美桜もそのことばかり考えており、何度も「自分は搾取される側だ」という言葉が出てくる。
しかし美桜も鶏などの動物を殺して食べるという点では搾取する側であり、理不尽に殺害された父親や妃奈も別の視点では搾取する側の人間であった。最後に美桜はそのことに気づき、搾取する側の人間として佐神を殺す。
最後にものすごい殻の破り方をしてきた。こんなやり方で清々しく生まれ変わる主人公はあまり見たことがない。さすが、たくさんの人が死んだ物語の結末だ。
この物語に出てくる搾取は殺人とか、食物連鎖とか、いじめとか、ちょっと重めなものだった。でももう少し視野を広げると、人に舐められていいように使われたくないとか、雇用する側とされる側の関係とか、性的視線とか、私も日常生活で考えるようなテーマであったと思う。
これは雑談程度の話だけど、物語途中でサンマが刀に見立てられるシーンがあった。この例えに見覚えがありすぎると思ったら、つい先日再放送されていたコナンの「目黒の秋刀魚事件」で同じようなシーンがあった。コナン曰く、サンマは日本刀に似ているから、漢字で秋刀魚と書くらしい。ちょっとした雑学。
この作品は伏線回収とミスリードだらけで、読み終わったあとにもう一度読み返したくなった。イニシエーションラブを観たときと同じ感覚だ。ミスリードが秀逸で、実は伏線が張り巡らされている。この書き方の物語は、驚きが大きくてすごく楽しめる。
ネタバレありで書いたからおすすめ記事というよりは読み終わった人向けの記事になってしまったけど、面白かったからたくさんの人に読んでほしい。
