愉しき熱帯ー失われた下ネタを求めてー
積読濫読【愉しき熱帯ー失われた下ネタを求めてー(挨拶はブアット・ニィ)】
1.「何も持ってないのになんで幸せなんですか?」ー人類学が教えてくれる自由でラクな生き方ー
吉田尚記/奥野克己著(亜紀書房2025年3月)
2.「酒を主食とする人々」
ーエチオピアの科学的秘境を旅するー
高野秀行著 (本の雑誌社 2025年1月)
3.「チョンキンマンションのボスは知っている」ーアングラ経済の人類学ー
小川さやか著 (春秋社 2019年7月)
立秋を過ぎたが連日どこかで40度を上回るクレイジーな猛暑が続いている。
そんな中、炎天下の甲子園球場という灼熱の鍋で、2時間を遊に超える野球の試合が、まだ身体も出来上がっていない高校生によってプレイされている。
朝夕開催やドリンキングタイムとか。あれこれ言い訳のような運営上の工夫は施されているが、ひいきめに見てもクレイジーなイベントだろう。
というわけでクレイジーな真夏の読書としては、一見クレイジーに思える人々に密着する人類学関連の3冊。
1はボルネオのジャングルに住む狩猟民プナンの人々と暮らしについて。
20年以上プナンでフィールドスタディを続けている人類学者の奥野克己氏(立教大学異文化コミュニケーション学部教授)に、吉田尚記氏(ニッポン放送アナウンサー)が話を聞くという形式が基本。
中盤では、ウェルビーイングを研究している医学者である石川善樹氏や性愛の専門家としてAV監督の二村ヒロシ氏がゲストとして参加し、各々の専門の観点から議論を深める、というか展開していく。
もともとポッドキャストとして企画されたもので、全編対談形式になっていて滅法読みやすく、また取り上げるテーマがテーマなだけに滅法面白い。
まずプナンには何もない、という断言から始まる。何がないかと言えばー
お金/鬱病/ちゃんとする/根気/男尊女卑/反省/無理強い/シングルマザー/モテ・非モテ/将来の心配/東西南北/好かれたいという気持ち/おねだりを恥じる心/ひとりじめ/ありがとう/ごめんなさい/お説教/上下関係などなど。
まあ、今の日本の正反対みたいな社会である。具体的記述の部分が面白いのだが、それは本を読んでいただくとして、なぜそうなっているのかが興味津々のところを少し。
ざっくり理解したところでは、まずコミュニティ全体としては、ジャングルの中を狩猟採集すれば生活はできてしまうというのががベース。
もちろん個々の活動と成果には差があるが、プナンの社会は成果を個人に帰属するものとしてではなく、社会に帰属するものとして徹底的にシェアリングしていくというルールを内部化していくことによって、コミュニティの存続を図ることとした。
だからここでは「所有」という観念がない。
獲物であれ機械製品であれ、そこにあるものはみんなのもの。分けられるものは徹底的に分ける。使えるものは使いたい人が使う。
外部の人(例えば奥野氏)が持ち込んで食料も、その人の了承を得ることもなく食べてしまう。そのことに何の躊躇いも後ろめたさも感じない。
利他といえば利他だが、だからと言って利他こそが人間の本性、などと主張するわけでもない。
これはプナンの人々が種族の生き残りの戦略として採用し。長い時間をかけて内面化してきたものらしい。
というのも子供たちの振る舞いを見ていると、幼な子の場合は自分に与えられた食べ物を自分だけのものにしようとする行動(例えば兄弟に与えない)が観察される。
それに対し、親もしくはそばにいる大人が、分けるように教え諭しているとのこと。
また、人の偉さを極める尺度は、どれだけ自分が手にしているものを周囲の人々に惜しみなく分け与えるか、ということ。
そのような倫理の内面化を通じて、格差や権力が発生しないように細心の注意を払っているというのが奥野氏の見立てである。
面白いのは、ジャングルに住んでいることもこのような社会の形成に影響しているということ。
ジャングルは見通しが利かない、つまり遠くが見えない。彼らには「今」と「ここ」しかなく、未来を思い煩うこともない。つまり「時間」の観念が非常に薄い。
モノとしての「余剰」もなく、未来という「時間」の観念もない以上、商業や資本主義の精神は発生すべくもなく、資本主義がもたらすメリットもデメリットも発生しようがない。
それらのことが、我々から見ればかなりクレイジ^なプナンという社会を作り出してきたのだろう。
余談ながら「今だけ」「ここだけ」「自分だけ」という言葉は、近視眼的な開発主導のプロジェクトに投げかけられる批判の言葉でもある。
ただ、「今だけ」「ここだけ」は必ずしも悪いとはいえず、やはり「自分だけ」という要素が加わると質的に変わっていくのだなあ。
さて、ここまでは割と真面目な話だったが、本当に面白くて沢山紙面が割かれているのは下ネタの話。
プナンの人は手元に食べるものがあるかぎり狩猟採集には出かけない。何をしているかといえば、ブラブラしているのとおしゃべり。
特に下ネタが大好きとのこと。道で出会うと挨拶は「ブアット・ニィ」、FBにバンされるといけないので日本語訳は書きませんが、下ネタ系の話題です。
あるいは、プナンでも昨今はスマホが普及していて、ダラダラと見ているらしいのですが(無文字社会なので検索はできない)、AV、特に日本のAVに人気があるそうな。
日本人でプナンの人に有名なのは、銃弾に倒れた安倍元首相とカケ・スギオノ(スギオノ爺さんという意味)の二人だが、カケ・スギオノさんは80代のAV男優(日本最高齢)徳田重男さんのことらしい。
こういうお話が好きな方は是非1をお読みください。
さて、2、3を簡単に。
2は、我が国指折りの冒険系ノンフィクションライター高野秀行さんの旅行記。
今回は、エジプト南部(コンソ、デラシェ)にあるという酒を主食とする村の話を聞きつけ、「クレイジー・ジャーニー」というテレビの企画に乗っかって確認しに行くお話。
ロケハンも行わない出たとこ勝負の旅で、下痢やヤラセに苦しみつつ、五大穀物の一つであるソルガム(イネ科モロコシ属)を発酵させて作るチャガ、パリショータを現地の人々の生活パターンに合わせて飲む。(1日5リットル程度)、固形物はお団子程度。
現地の人との心の交流もあり、ほっこりとした読後感。
3は、大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。
アフリカ(特にタンザニア)を研究対象に、習俗というよりは経済の原点を探る人類学者である小川さやか氏(立命館大学先端総合学術研究科准教授)が、香港での在外研究の折、魔窟とも言われるチョンキンマンション(重慶大厦)に住む。
そこでタンザニア出身のボス(自称)との交流から、アフリカ人が香港(あるいは香港を通じて中国)でどのようなビジネスを展開しているのか、出稼ぎである彼らのコミュニティの実態などについてのルポ。
著者が香港にいたのは2016年のこと、2014年の雨傘革命(民主化運動)のすぐ後なので、今はかなり状況が違っている。
チョンキンマンションのボスは、今もどこかで元気にビジネスに励んでいるのだろうか。
