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Old Media don’t die hard

積読濫読

1.「渡邉恒雄 メディアと権力」 魚住昭
(講談社 2000年6月、2003年文庫化)
ー総理を動かし世論を操る一千万部の独裁者ー

2.「Yの悲劇」清武英利×魚住昭
(講談社 2012年11月)
ー独裁者が支配する巨大新聞社に未来はあるか

3.「記者と国家」西山太吉
(岩波書店 2019年8月)
ー西山太吉の遺言ー

最近何かと叩かれやすいオールドメデイア。

なんとも無残な「記者会見」をやったフジテレビが大揺れだが、昨年12月の渡邉恒雄氏の訃報からおよそ1ヶ月が過ぎた。

新聞好きの時代遅れ人間としては、こちらも大きなニュースだった。

朝日新聞をはじめライバル紙も力の入ったObituryを書きたいところだろうが、流石にかける人が社に残っていない様子。

最も読み応えがあったのは、25年前に評伝「メディアと権力」を出した魚住昭氏(74歳、元共同通信記者、1996年よりフリー)の記事。

ということで、関連書籍を手に取ってみる。

1は、渡邉氏の幼少期から90年代までの評伝であるが、東京高校での軍事教練教官への嫌悪・抵抗や、東京大学入学後の日本共産党への入党ー脱党、自治会の権力闘争の場面は、後に様々な分野で名を馳せる華麗なる登場人物と合わせて、非常に面白い。

敗戦の2ヶ月前に入営する際は、自己の支えとして、カントの「実践絵理性批判」ウィリアム・ブレイクの詩集、そして研究社のポケット・イングリッシュ・ディクショナリ
の3冊を密かに持ち込んだというエピソードも興味深い。

2は1のおよそ10年後、読売巨人軍の球団代表・GMだった清武英利氏が、読売本社による頭越しの人事(岡崎ヘッドコーチの降格と江川卓氏の就任)に抵抗、渡邉恒雄氏の人事介入を告発ー解任ー退社に至る経緯を魚住氏との対談形式で記述したもの。

1が戦後読売新聞のマクロ史的資料であるとすれば、個別の社内抗争(力の差を考えると抗争と呼ぶこともできないか)のミクロ的資料ということになろうか。

3はいささか趣きか異なるが、渡邉氏が読売の政治部という現場で大活躍をしていた頃、毎日新聞の看板を背負ってスクープを連発していた西山太吉氏(2023年2月死去)の遺言と名付けられたメッセージ。

渡邉氏が5年ほど年長であるがお互いに力量を認め合い、西山氏が沖縄返還協定に関する密約を暴いた際に機密漏洩罪に問われた裁判では、渡邉氏が西山氏の弁護に立っている。

まずは第一章で「権力対新聞ー渡邊恒雄と私」という小題がついているのもビックリであるが、当時の二人の活躍ぶりというか、新聞記者が第四の権力であった頃の様子がビビッドに伝わってくる。(渡邉氏は大野伴睦氏に、西山氏は大平正義氏に食い込む)。

西山氏に言わせると、後に一千万部読売新聞のトップに立った渡邉氏が中曽根康弘元首相と共に国家主義的なアプローチを強める事に特段違和感はない。

ただ自分の裁判で、言論の権力からの自由の必要性を熱く語った渡邉氏が、2014年の特定秘密保護法案をめぐる議論が国を二分した際に、情報保線諮問会議座長を引き受けて同法案成立の一翼を担ったことは解せないとのこと。

昨今、オールドメディアと揶揄されがちな新聞・テレビであるが、それに代わって存在感をますニューメディア(とは言わないか)なるものによる、何のチェックも受けず、倫理性を忘却した集団心理に基づく蛮行が目立っている。

SNS上の誹謗中傷といった言葉ではとても表現しきれない、集団リンチの教唆・実行をどのようにコントロールできるのだろう。

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