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INVERT ROLE 第47話 静壁 ― ラウンド16イタリア戦(後編)

試合は延長へ。

交代。

池田→飛鳥。

池田はここまで何度もイタリアを剥がした。
だが、最後だけが届かなかった。

池田へ、〇〇が短く声を掛ける。

〇〇:十分壊した

池田は苦笑した。

池田:……でも決めたかったですね

〇〇:そのズレで追いついた

池田は小さく頷き、そのままベンチへ座る。

田村が最終ラインまで下がる。
攻撃に人数を掛けながらも、最低限の守備バランスだけは崩さない。


延長に入っても、日本が押し込む流れは変わらなかった。

だが、イタリアももう開き直っていた。
全員で守る。
クリアする。

倒れてでも時間を削る。
もはや戦術というより執念だった。

飛鳥が左のハーフスペースで受ける。
一度だけ縦へ持ち出す。

イタリアDFが半歩下がる。

その瞬間、飛鳥は右足を振り抜いた。

狙いは左隅。
だが、グレコが身体を投げ出す。

ボールはわずかに軌道を変え、そのままゴール前へ転がった。

生田が拾う。
井上へ繋ぐ。

井上は背負ったまま反転しない。
ワンタッチで久保へ落とす。

久保は回収し、再び生田へ預けた。
生田は一度だけ止める。

飛鳥が内側へ走る。
その動きにイタリアのラインが引っ張られる。

それでも最後だけは崩れない。

日本は押し込み続ける。
イタリアは跳ね返すことしかできない。

それでもピッチの傾きだけは変わらなかった。

日本の波だけが、途切れることなく押し寄せ続けていた。

延長後半開始前。

日本ベンチでは別の準備も進んでいた。

設楽が〇〇へ近付く。

設楽:どうします?

意味は一つだった。

PK戦。

隣ではアルノがタブレットを見ている。

アルノ:データだけなら清宮です

〇〇は黙って聞く。

アルノ:PKストップ率は清宮の方が上です

設楽も視線をピッチへ向けたまま言う。

設楽:後半終了間際なら替えられます

短い沈黙。

ここまで4試合。
失点は1点。

筒井は何度もチームを救ってきた。

〇〇は小さく首を振る。

〇〇:いや

設楽が視線を向ける。

〇〇:このまま行く

アルノは何も言わない。

〇〇:ここまで戦ったのは筒井だ

それだけだった。

延長後半。

左で蘭世が受ける。
一度縦へ運ぶ。

イタリアのDFが食い付く。
その瞬間、内側へ走り込んだ飛鳥へ通す。

飛鳥は止めない。
ワンタッチで井上へ落とす。

井上が反転してシュート。

ゴール右隅。
だが、またバルディーニだった。

横へ飛ぶ。
指先がわずかに触れる。

ボールはポストの外へ流れた。

実況:また止めたぁぁぁ!!

それでも日本は止まらない。

CKを跳ね返されても久保が拾う。

一ノ瀬と川﨑。
何度もイタリアを揺らしたホットラインが、再び右で動く。

一ノ瀬は止めない。
ダイレクトで裏へ流す。

川﨑が抜ける。
そのまま右足を振り抜いた。

だが、今度はグレコだった。
身体ごとコースへ飛び込む。

ボールはブロックされ、ゴール前を横切った。

川﨑:うわぁ……

グレコは立ち上がれない。
それでも親指だけを立てる。

イタリアも限界だった。

延長後半終了間際。

日本のCKだった。
井上のボールへ梅澤が飛び込む。

完璧なタイミングだった。
だが、わずかに合わない。

ボールはイタリアに跳ね返された。

その瞬間だった。
今まで自陣へ張り付いていたイタリアが、初めて前へ出る。

ルチアがこぼれ球を拾う。
顔を上げる。

中央は空いていた。
日本は全員が前へ出ている。

ルチアは迷わない。
一気に運ぶ。

スタジアムの空気が変わる。

日本の選手たちが必死に戻る。
だが間に合わない。

ルチアが最後のラインまで引き付ける。
そして鋭いスルーパスが抜けた。

完全決定機だった。

スタジアムが凍る。

延長終了間際。

ここで決まれば終わる。
その瞬間だった。

田村は一瞬で理解した。

間に合わない。
抜かれれば終わる。

日本も。
この試合も。

だから迷わなかった。

ボールではない。
人を止める。

覚悟を決めたファウルだった。

後ろから身体を入れる。
イタリアの選手が倒れる。

笛が鳴る。

誰よりも早く田村自身が理解していた。

主審が走る。
ポケットへ手が入る。

そして迷いなく掲げられた。

レッドカード。

実況:田村、止めたぁぁぁ!! しかし退場です!!

スタジアムが大きくどよめく。

田村は何も言わない。
ただ静かに息を吐き、倒れた相手を一度だけ見た。

久保:……真佑

田村:これしかなかったから

それだけだった。
そのまま小さく頷くと、自分からピッチの外へ歩き始めた。

もし抜かれていれば終わっていた。
田村の犠牲で、日本は生き残った。

残り時間は僅か。

田村の退場で与えたFK。

ピッチでは筒井が壁の位置を修正している。

イタリアの選手たちが前へ出てくる。
GKのバルディーニまで上がっていた。

これが最後。
誰もが分かっていた。

ルチアのFKが上がる。

混戦。

最後は筒井がパンチングで弾き返した。

そして主審の笛が鳴る。

延長終了。

日本は、PK戦へ辿り着いた。

PK戦。

スタジアム全体が異様な熱に包まれる。

日本の選手たちが円になる。

誰も大きな声を出さない。
120分の疲労だけが身体に残っていた。

その中で〇〇が短く言う。

〇〇:楽しめ

何人かが顔を上げる。

〇〇:ここまで来たら技術じゃない

短い沈黙。

〇〇:自分の蹴りだけ信じろ

全員が頷く。
生田は小さく笑った。

主審がコイントスを終える。

先攻は日本。

一人目は生田だった。

ゆっくりとボールをセットする。

バルディーニが身体を揺らす。
それでも生田はどこか普段通りだった。

短い助走。
左足がボールの下を優しく叩く。

パネンカ。
ボールはゆっくりと中央へ浮き、そのままネットへ吸い込まれた。

実況:うわぁぁぁ!?

解説:えぇ……

実況:この場面でそれをやりますか!!

スタジアムが騒然となる。

バルディーニが呆然と振り返る。

当の本人だけが平然としていた。
生田は小走りで仲間たちの元へ戻る。

そして肩をすくめた。

生田:とりあえず空気変えといた

一瞬だけ全員が固まる。
次の瞬間、飛鳥が吹き出した。

飛鳥:何それ

久保も思わず笑う。

張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

生田は満足そうに頷いた。

続くイタリア一人目。

スタジアムはまだ生田のパネンカに揺れていた。

イタリアの選手も一度深く息を吐く。

完全にリズムを崩されていた。
それでも強く振り抜く。

だが、筒井は動じない。
最後まで見極めると、右へ飛んで弾き出した。

実況:止めたぁぁぁ!! 筒井!!

歓声が爆発する。

筒井は一度だけ拳を握る。
すぐに表情を消した。

二人目は飛鳥だった。

ゆっくりとボールの前へ立つ。

スタジアムの歓声も、バルディーニの揺さぶりも気にしない。

短い助走。
振り抜かれたシュートは一直線に右上隅へ突き刺さった。

GKは一歩も動けない。

実況:完璧だぁぁぁ!! 齋藤飛鳥!!

飛鳥は小さく頷くだけで仲間たちの元へ戻る。

続くイタリア二人目はルチア。

失点を演出し、何度も日本を苦しめた司令塔だった。

スタジアムの空気は完全に日本へ傾いている。

それでもルチアは動じない。
静かな助走からゴール左隅へ流し込む。

筒井も読んでいた。
だが届かない。

実況:ルチア決めた!! イタリア、まだ食らいつきます!!

そして三人目。

梅澤がボールの前へ立つ。

バルディーニは露骨に左へ寄った。
誘っている。

誰の目にも分かった。

それでも梅澤は構わない。
短い助走から振り抜く。

狙ったのは、バルディーニが寄せたその側だった。

強烈なシュートがゴールへ突き刺さる。
ネットが大きく揺れた。

梅澤は喜ばない。

そのままバルディーニを睨みつける。
今まで何度も立ちはだかった壁へ向ける視線だった。

実況:強い!! 梅澤、真っ向から叩き込んだ!!

イタリア三人目はグレコ。

90分を超えても身体を投げ出し続けた守備の中心だった。

グレコは深く息を吐いてから助走へ入った。
力強く振り抜く。

だが、筒井は慌てない。

最後までコースを見極める。
そして左へ飛ぶ。

乾いた音が響いた。

弾かれたボールはゴールマウスの外へ逃げる。

実況:また止めたぁぁぁ!! 筒井、二本目!!

スタジアムが爆発する。

筒井は小さく息を吐く。
それだけだった。

そして四人目。

久保が静かに歩き出した。

決めれば終わる。
スタジアムの歓声も、バルディーニの揺さぶりも、今は遠い。

ボールを置いた久保はゆっくり下がり、一度だけ息を吐いた。
その瞬間、不思議なほど会場が静かになる。

誰もが見ていた。
短い助走。

バルディーニが先に動く。

久保は最後まで見ていた。
流し込む。

ボールがネットへ吸い込まれた瞬間、主審がセンターサークルを指した。

決着。

実況:決まったぁぁぁ!! 日本、死闘を制しました!! PK戦4-1!! 決勝トーナメント突破!!

スタジアムが揺れる。

久保は一度だけ拳を握ると、そのまま仲間たちの方へ走り出した。

飛鳥が飛びつく。
生田も抱きつく。
井上も、一ノ瀬も、遠藤も、次々に集まってくる。

久保へ飛びついた飛鳥が、そのまま筒井の方を指差した。

飛鳥:そっちだろ

生田:だよね

次の瞬間、日本の選手たちが一斉に筒井へ向かう。

筒井:ちょっ――

言い終わる前に飲み込まれた。

一ノ瀬が飛びつく。
川﨑が抱きつく。

遠藤も梅澤も、その輪へ加わった。

最後のFKも弾き返した。
PKを二本止めた。

日本を救ったのは間違いなく筒井だった。
仲間たちにもみくちゃにされながら、ようやく大きく笑った。

初めて追いかけた。
初めて失点した。
初めて感情を揺さぶられた。

それでも日本は勝った。

その輪を少し離れた場所から見つめながら、山下は静かに息を吐く。

そして世界は、この試合で初めて理解し始めていた。
日本は、美しいだけのチームじゃない。

試合後会見

会見場には、いつもより多くの記者が集まっていた。

フラッシュが何度も弾ける。

日本は勝った。
だが、圧勝ではない。

初めて失点した。
初めて追いかけた。
初めてPK戦まで戦った。

それでも生き残った。

その事実の方が、各国メディアには大きかった。

〇〇が席へ座る。
静かにマイクを整えた。

記者:今大会で最も苦しい試合でした

〇〇:そうですね

記者:日本は初失点を喫しました

〇〇:相手が良かった

短い返答。

だが、本心だった。

記者:ヴィットリア選手については

〇〇:世界トップクラスでした

会見場が静かになる。

〇〇は続けた。

〇〇:だからこそ途中から対応できたのは大きかった

〇〇:賀喜も梅澤もよく修正した

記者:後半、一ノ瀬選手と井上選手の投入で流れが変わりました

〇〇:変えたというより戻した

記者:戻した?

〇〇:少し熱くなり始めていたので

会見場の空気が少し動く。

〇〇:イタリアはそこを狙っていた。だから一回テンポを握り直しました

記者:田村選手の退場については

少しだけ間が空く。

〇〇は前を向いたまま答えた。

〇〇:あれがなければ負けていた

誰も言葉を挟まない。

〇〇:彼女がチームを救った。全員そう思っている

記者:日本は優勝候補ですか

〇〇:まだベスト8です

短い沈黙。

〇〇:でも今日の勝ちは大きい。綺麗じゃなくても勝てると分かったので

■試合記録

結果:
日本 1-1 イタリア(ラウンド16)
PK戦 4-1

得点:
7分 ヴィットリア・ヴァレンティ
90+4分 川﨑桜(アシスト:一ノ瀬美空)

PK戦:
日本
生田絵梨花 ○
齋藤飛鳥 ○
梅澤美波 ○
久保史緒里 ○

イタリア
1人目 ×
2人目 ○
3人目 ×

退場:
45+1分 ヴィットリア・ヴァレンティ
120分 田村真佑

交代:
HT 賀喜遥香 → 寺田蘭世
60分 山下美月 → 一ノ瀬美空
60分 与田祐希 → 井上和
70分 五百城茉央 → 生田絵梨花
延長前半 池田瑛紗 → 齋藤飛鳥

統計:
シュート数:日本27(枠内14)/イタリア7(枠内4)
支配率:日本67%/イタリア33%

メディア見出し

「日本、死闘を制す」

「初失点、初PK、それでも敗れず」

「バルディーニ、敗れた英雄」

「川﨑桜が日本を救う」

「一ノ瀬美空、流れを変えた60分」

「田村真佑の犠牲が日本を救った」

「日本、美しいだけのチームではない」

「世界王者候補に必要な120分だった」

SNS
「バルディーニ化け物だった」
「川﨑のゴール熱すぎる」
「一ノ瀬入ってから流れ変わった」
「田村のレッド泣いた」
「完全にチーム救ったやつ」
「筒井PK強すぎる」
「筒井の冷静さなんなの?」
「生田のパネンカ意味分からんw」
「この場面でやるのかよ」
「梅澤PKの挑発に睨みで返した」
「久保のラストPKかっこよすぎ」
「ヴィットリア対賀喜が最高だった」
「今大会で一番面白い試合」
「日本、初めて苦しみながら勝った」
「賀喜の怪我は大丈夫か」
「グレコも最後まで化け物」
「イタリア負けたのにかっこよすぎる」
「次、田村いないの大丈夫?」

ホテルへ戻るバスの中は静かだった。

勝った。
だが、誰も騒いでいない。

120分。
そしてPK戦。

疲労だけが全員の身体に残っていた。

井上はシートへ深く身体を沈めたまま目を閉じている。
飛鳥も珍しく窓の外を見ていた。

一ノ瀬はようやく大きく息を吐く。

その少し前。
田村は窓へ頭を預けたまま動かなかった。

延長終了間際。

自分で選んだレッドカードだった。

誰も責めない。
だが、次はいない。

その事実だけは変わらない。

しばらくして。
久保が窓の外を見たまま口を開く。

久保:次、真佑いないね

田村は苦笑した。

田村:しょうがないでしょ。その代わり次も勝ってよ

短い笑いが漏れる。
だが、それもすぐに消えた。

〇〇は腕を組んだまま前を向く。

〇〇:だから次が本当のテストだ

誰も反論しない。

窓の外ではブラジルの夜景が流れていく。

ベスト8。

ワールドカップは、まだ終わらない。

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