見出し画像

INVERT ROLE 第40話 制圧 ― GL第2節デンマーク戦(後編)

3点目が入って以降、デンマークは前へ出切れなくなっていた。

高さで押し返せない。
クロスも弾かれる。

追えば、日本に空いた場所を使われる。
試合の空気そのものが日本側へ傾いていく。

75分。

与田→小川。

ピッチ際で、与田と小川が短く手を合わせる。

与田:走る場所、空いてるから

小川:はい

そのまま小川がピッチへ入る。

戻ってきた与田へ、〇〇が声を掛けた。

〇〇:回収も含めて完璧だった

与田は息を整えながら、少しだけ笑う。

与田:まあ、そういう役目ですからね


整理され切っていた日本の保持に、そこから少しだけ遊びが混ざり始めた。

小川は止まらない。

中央へ降りる。
外へ流れる。

消えたと思えば、また違う場所へ現れる。

それでも、日本の構造は崩れない。

むしろ、さらに捕まえにくくなっていた。

実況:また空気変わりましたね

解説:小川選手が入ると、整理された中にズレが生まれるんです

80分。

久保が低い位置で受ける。

デンマークの中盤が前へ出た。

その瞬間、小川が中央へ降りる。

一度受ける素振りだけを見せ、そのまま半歩ずらして消える。
デンマークの中盤が、一瞬だけそちらへ引っ張られた。

中央に細いズレが生まれる。

久保は逃さない。

狭い中央を、一本で切り裂くようなスルーパス。

抜け出した生田が右から内側へ入る。
左足を振り、流し込む。

4-0。

実況:止まらない!! 日本、4点目!!

ゴールが決まった瞬間、生田が笑いながら久保へ駆け寄る。
次々に選手たちが集まり、再び青い輪が広がった。

生田はその中心で、久保を指差して笑う。

生田:今の最高

久保も笑いながら頷いた。

久保:走るの見えてましたから

85分。

久保→菅原。
山下→林。

久保と菅原が手を合わせる。

久保:あとは締めて

菅原:了解です

その横では、山下が林の肩を軽く叩いた。

山下:後ろ、頼んだよ

林:任せてください

ベンチに下がる二人へ、〇〇が短く声を掛ける。

〇〇:十分だ。あとは終わらせるぞ

実況:ここで久保と山下を下げますか……!

解説:ええ。それでも形を変えずに終わらせられる、という自信でしょうね

久保と山下が下がる。
それでも、日本の形は崩れない。


最終ラインには、五百城、梅澤、賀喜、林。4CB化。
中盤は、田村と菅原のダブルボランチ。

日本はもう無理に攻めない。
それでも、試合を手放すことはなかった。

田村と菅原が中盤の距離を保ち、こぼれ球を先に拾う。

最終ラインでは、4CBが高さを消し続ける。

デンマークが前へ出れば、日本は外へ逃がす。
追ってくれば、もう一度中央へ戻す。

ボールは慌てずに動き、時間だけが静かに削られていく。

攻め切るためではない。
終わらせるために、日本は最後まで試合を支配していた。

ホイッスル。

日本 4-0 デンマーク。

実況:試合終了!! 日本、4-0!! デンマークを圧倒!! グループリーグ2連勝です!!

スタジアムの歓声が落ちてくる。

スペイン戦のような衝撃ではない。

もっと重い。

本物だ。

そう認識した時の空気だった。

デンマークの選手たちは、その場で立ち止まっていた。

高さ。
強度。
クロス。

自分たちが押し付けるはずだった土俵で、逆に試合を支配された。

実況:デンマーク、強みをほとんど出せませんでしたね

解説:ええ。日本が戦わせなかったです。高さ勝負に入る前に、全部整理されていました

梅澤はようやく大きく息を吐いた。

賀喜がその肩を軽く叩く。

賀喜:今日、全部勝ってましたね

梅澤:疲れたわ……

スタンドから、再び大きな拍手が落ちてくる。

池田はその音を聞きながら、静かに空を見上げた。

もう、世界は日本を知らないままではいない。

実況:スペイン戦が奇跡じゃなかったと証明しましたね

解説:ええ。むしろ今日の方が完成度は高かったです。整理されたムーンロールで、デンマークを完全に飲み込みました

ベンチ前。

〇〇はピッチを見つめたまま、小さく息を吐く。
派手な表情はない。

だが、設楽だけは分かっていた。

この試合。

日本は、世界に勝ったのではない。

世界へ、基準を押し付け始めていた。

試合後会見。

フラッシュが白く弾ける。

〇〇が席へ座ると、海外記者たちが一斉に手を上げた。

記者:スペイン戦のタイドロジックを今日は使いませんでした

〇〇:必要なかったので

短い返答。
記者席が少しざわつく。

記者:井上選手不在の影響も?

〇〇:もちろんあります。ただ、今日は元々違う試合になると思ってた

記者:デンマークの高さ対策は?

〇〇:対策というより、押し込ませないことを優先した。高さ勝負が始まる前に、試合を整理したかった

記者:与田選手の役割は非常に大きかったように見えました

〇〇:走ってましたね

少しだけ笑いが起きる。

〇〇:でも、ああいう選手がいると、他の選手が前を向ける。今日の試合は与田の回収はかなり大きかった

記者:池田選手は2試合連続ゴールです

〇〇:今はかなり良い状態です。ただ、本人はまだ満足してないと思う

記者:日本は優勝候補から、本命になったという声もあります

〇〇は少しだけ間を置いた。

〇〇:まだグループリーグです

それだけ言って、視線を前へ戻す。

〇〇:ただ、選手たちは自分たちのサッカーを信じ始めてる。それは大きい

会見終了後。

各国メディアの記事が、一斉に配信され始める。

『日本、デンマークを粉砕』

『タイドロジックを使わず4-0』

『整理されたムーンロール』

『池田瑛紗、大会得点王争いへ』

『高さすら支配した日本』

『梅澤美波、空中戦勝率96%』

『与田祐希、走り続ける穴埋め役』

海外SNSでも、日本代表の映像が切り抜かれていく。

「久保、テンポ支配うますぎる」
「山下の位置取り意味わからん」
「遠藤が潰れるだけで池田空くの怖い」
「梅澤、空中戦全部勝ってる」
「与田、どこにでもいる」
「日本、弱点なくない?」
「タイドロジックなしでこれ?」
「普通のムーンロールの完成度高すぎる」
「池田、今大会のスターだろ」
「飛鳥と生田入ってからまた空気変わった」
「これ本当に女子代表?」
「完成度がクラブチームみたい」
「優勝候補じゃない。本命だ」

■試合記録

結果:
日本 4-0 デンマーク(GL第2節)

得点:
15分 池田瑛紗(アシスト:川﨑桜)
25分 遠藤さくら(アシスト:山下美月)
70分 梅澤美波(アシスト:山下美月)
80分 生田絵梨花(アシスト:久保史緒里)

交代:
65分 池田瑛紗 → 齋藤飛鳥
65分 川﨑桜 → 生田絵梨花
75分 与田祐希 → 小川彩
85分 久保史緒里 → 菅原咲月
85分 山下美月 → 林瑠奈

統計:
シュート数:日本16(枠内11)/デンマーク6(枠内2)

支配率:
日本61%/デンマーク39%

ホテルへ戻るバスの中。

騒ぐ選手はいない。

与田はイヤホンを付けたまま窓を見ている。
久保はタブレットで試合映像を見返していた。

山下は、自分のクロスの場面で一度映像を止める。

山下:……もう少し早く出せたな

隣の久保が小さく笑う。

久保:2アシストしてそれ言う?

山下:まだズレ作れた

久保は何も返さない。

ただ、その感覚だけは分かっていた。

勝った。
圧倒した。

それでも、このチームはまだ先を見ている。

窓の外では、ブラジルの夜景が静かに流れていた。

次はナイジェリア。

W杯は、まだ終わらない。

試合終了から一夜明けても、日本代表の空気は静かだった。

ホテルのロビーでは、デンマーク戦の映像が流れ続けている。

海外メディアの論調も、完全に変わっていた。

優勝候補。
そして、本命。

その言葉が、自然に並び始めている。

だが、選手たちの空気は浮ついていなかった。
むしろ、少しだけ締まっていた。

次はナイジェリア。

ここまでとは、まったく別の相手になる。

翌日。

軽いリカバリーのあと、全体ミーティングが始まる。

スクリーンへ映し出されたのは、ナイジェリアの試合映像だった。

速い。
とにかく、縦が速い。

奪った瞬間、一気に前へ出てくる。

フィジカル。
推進力。
一対一。

デンマークのように整理されていない。

だからこそ、危険だった。

設楽が映像を止める。

設楽:ここ

カウンターの場面。

中盤を飛ばし、一気に裏へ出ていく。

与田が小さく息を吐いた。

与田:めっちゃ走るやつだ

設楽:かなり走る

少し笑いが起きる。

だが、〇〇は真顔のままだった。

〇〇:今までで一番、局面で来る

部屋の空気が変わる。

スペインは構造。
デンマークは高さ。

ナイジェリアは違う。

個で壊してくる。

〇〇は映像を見つめたまま続ける。

〇〇:整理だけじゃ止まらない場面が出る

その言葉に、梅澤が静かに頷いた。
賀喜も前を見たまま動かない。

真正面から潰すしかない。

そういう試合になる。

一方で、井上も全体練習へ戻っていた。

まだ右足首にはテーピングが残っている。

だが、動き自体は悪くない。

ボール回しへ入った瞬間、テンポが一段変わる。

山下が視線を向けた。

山下:やっぱ違うね

久保:うん

短い返事。

だが、それだけで十分だった。

タイドロジック。

スペイン戦で世界へ見せた、もう一つの完成形。

その中心が戻ってきている。

その日のセットプレー練習だけは、最後まで続いていた。

井上。
山下。

二人が交互にキッカーへ入る。

ニア。
ファー。
ショート。
速いボール。
浮かせるボール。

何種類も試している。

設楽が立ち位置を調整し、アルノはタブレットを見ながら細かく修正を入れていた。

アルノ:GK、結構前出ます

設楽:ニア意識も強いな

井上がもう一度蹴る。

今度は山下。

軌道が少し変わる。

梅澤がその様子を見ながら口を開いた。

梅澤:今日かなり多いな

山下:ナイジェリア、セットプレー結構隙あるっぽい

久保はボールを拾いながら、少しだけ笑う。

久保:なんか嫌な形ばっか増えてくね

〇〇はそのまま短く言った。

〇〇:一個でも刺されば十分だ

再び、井上がボールをセットする。

まだ、日本は何かを試していた。

練習後。

井上はピッチ脇で、日村と一緒に足首の状態を確認していた。

まだ右足首にはテーピングが残っている。

日村がタブレットを見ながら口を開く。

日村:状態自体はかなり戻ってる

〇〇:どこまで行ける?

井上は少し考える。

井上:普通にやれます

日村がすぐに首を振った。

日村:いや、普通にはやらせない

井上が苦笑する。

〇〇はそのまま続けた。

〇〇:次は途中からだな

井上:……何分くらいですか?

日村:30分前後。長くても45分

井上は小さく息を吐いた。

井上:短いなあ

〇〇:ここで無理する大会じゃない

短い返事だった。

だが、井上も分かっていた。

焦る必要はない。

ここまで、チームは崩れていない。

だからこそ、井上も戻せるタイミングを選べる。

タイドロジックは、まだ切り札として残っていた。

その少し離れた場所では、池田が一人でシュートを打ち続けていた。

右足。
左足。

角度を変えながら、何本も隅へ流し込む。

スペイン戦。
デンマーク戦。

二試合連続ゴール。
世界の注目は、もう完全に池田へ集まり始めている。

だが、本人だけは止まらなかった。

川﨑が給水ボトルを持ちながら近づく。

川﨑:まだやるの?

池田:うん

川﨑:見られてるね、完全に

池田はボールを置き直しながら、小さく息を吐いた。

池田:だから、もっと上行かないと

その返事に、川﨑は少しだけ笑った。

夕方。

ホテルへ戻るバスの中。

窓の外には、ブラジルの街並みが流れていく。

久保はタブレットでナイジェリア戦を見返していた。

前へ運ぶ力。
強引な突破。

止め切れなくても、前へ来る。

これまでとは違う圧力。

その横で、山下が小さく呟く。

山下:今度は、止めながら崩さないとね

久保:うん

タイドロジック。
ムーンロール。

どちらを出すかではない。

その両方を、どう使い分けるか。

世界は、もう日本を研究し始めている。

だから次は、さらにその先を見せなければいけない。

完成した日本が、今度は世界最高峰の身体能力と向き合おうとしていた。

いいなと思ったら応援しよう!