INVERT ROLE 第59話 世界王者へ ― 決勝アメリカ戦(後編)
後半78分。
日本は勝ち越した勢いを、そのまま試合へ残していた。
モーガンが中央で前を向き、縦パスを狙う。
カーターが動き出す。
だが、その間へ白石が半歩早く身体を滑り込ませた。
右足でボールを奪い切る。
そのまま大きく蹴り出さない。
田村へ預ける。
田村から久保。
再び日本が保持を始める。
実況:白石、落ち着いています!
解説:クリアではなく繋ぎました。この判断が日本らしいですね。
時計の針は80分を越えた。
残りは10分。
アメリカは前線の人数をさらに増やす。
日本は全員が素早く自陣へ戻る。
遠藤も飛鳥も生田も。
前線の選手まで全員が守備へ走る。
誰一人として歩く選手はいない。
ベンチ前で〇〇は静かに腕を組んだまま時計を見る。
あと少しだけ、この積み上げてきた90分を全員で守り抜けばいい。
世界一は、もう目の前まで来ていた。
85分。
日本は最後の交代カードを切る。
遠藤→西野
井上→与田
遠藤は一度だけ振り返る。
スコアボードを見る。
世界一まで、あと少しだった。
その景色を胸へ刻む。
遠藤と西野がタッチラインで向かい合う。
遠藤:あと少しです。
西野は笑って頷いた。
西野:お疲れ様。あとは締めたる。
井上は与田と軽く拳を合わせる。
井上:後はお願いします。
与田:最後まで走るよ。
実況:日本、最後の交代です!遠藤と井上がベンチへ下がります!
解説:日本は守備固めには出ませんね。西野で前線を落ち着かせ、与田で中盤の走力を強化する。最後まで主導権を渡さないという強気の交代です
遠藤と井上がベンチへ戻る。
〇〇が最初に遠藤の肩を叩く。
〇〇:前線の基準として、ここまでよくやった。
遠藤は少しだけ笑う。
遠藤:最後、お願いします。
〇〇は井上へ向き直る。
〇〇:井上もよくやった。あのラストパスで試合が動いた。
井上:あと少しですね。
〇〇:ああ。優勝するぞ。

試合が再開される。
アメリカは前へ出る。
モーガンが高い位置から追う。
白石は慌てない。
田村へ預ける。
与田がすぐ近くへ顔を出した。
ワンタッチで久保。
さらに前線の西野へ差し込む。
西野はウォーカーを背負いながら身体を入れる。
簡単には失わない。
時間を作る。
そこへ山下が外を追い越す。
久保も前へ出る。
日本が一気にラインを押し上げた。
実況:日本、押し返します!
解説:これが最後の交代の狙いですね。西野が前で落ち着かせ、与田が中盤を走って支える。守備固めではなく、最後まで自分たちのサッカーで締めにいっています。
しかしアメリカも引かない。
モーガンがボールを奪い返す。
そのまま中央へ展開。
リードが裏へ走る。
カーターがゴール前へ入った。
白石が競る。
梅澤が素早くカバーへ入る。
こぼれ球を田村が拾う。
だが休ませてはくれない。
再びモーガン。
左へ展開。
リードが仕掛ける。
山下が身体を寄せる。
縦へは行かせない。
それでもリードはわずかな隙からクロスを送り込む。
カーターが飛び込む。
白石が一歩先に触れた。
ボールは高く舞い上がる。
実況:まだ終わらない!
解説:アメリカも意地です!
セカンドボールをモーガンが拾う。
迷わずミドル。
筒井が弾いた。
その跳ね返りへカーター。
今度は梅澤が身体ごと飛び込む。
シュートはわずかに枠の外。
マラカナンが大きくどよめいた。
時計は90分を回る。
アディショナルタイムは5分。
スタジアム全体が立ち上がる。
世界一まで、あと5分。
その5分が、この大会で最も長い時間になろうとしていた。
AT2分。
アメリカは最後の力を振り絞る。
モーガンが中央で受ける。
サイドへ展開から折り返して再び中央へ。
白石が競る。
梅澤が身体を寄せる。
カーターは何度でも飛び込んでくる。
こぼれ球をリードが拾う。
迷わず右足を振り抜いた。
低い弾道。
ゴール右隅へ向かう。
筒井が横へ飛ぶ。
指先で触れる。
ボールはポストを叩き、ゴール前へ跳ね返った。
実況:止めたぁぁぁ!!
スタジアムが悲鳴に包まれる。
それでも終わらない。
カーターが詰める。
その前へ白石が滑り込む。
身体ごと投げ出し、ボールを弾き返す。
さらに梅澤が頭で押し返す。
モーガンがダイレクトで狙う。
今度は田村が身体を張った。
シュートは高く浮き上がる。
実況:日本、全員で守る!!
解説:だからこそ、このチームは強いんです。最後まで攻める姿勢を崩さず、それでも全員が戻って守れる。
高く上がったボールを、最後は筒井が両手でしっかりと掴んだ。
歓声の中でも、その動きだけは驚くほど落ち着いていた。
筒井は倒れない。
胸に収める。
ゆっくりと顔を上げる。
アメリカはまだ戻れていない。
久保が手を挙げる。
筒井は迷わず投げた。
久保が受けターンする。
目の前には広大なスペースが広がっていた。
実況:日本、カウンターだ!!
最後の攻撃が、始まった。
久保は一気に持ち上がる。
追うのはモーガンだけだった。
それでも無理には行かない。
一度だけスピードを落とす。
モーガンを引きつける。
その瞬間だった。
右へ大きく展開する。山下へ。
ボールはぴたりと右足へ収まった。
実況:山下だ!
アメリカの最終ラインはまだ整わない。
山下は前を見る。
飛鳥が走っていた。
左のスペースへ一気に抜ける。
山下は迷わない。
右足を振り抜く。
山下:飛鳥さーん!
長いフィードが一直線に左前方へ伸びる。
飛鳥が落下点へ入る。
胸では止めない。
右足で前へ流し、そのまま一気に加速する。
モーガンが全力で戻る。
飛鳥の進路へ身体を寄せる。
だが飛鳥は一歩早い。
右足でもう一度前へ運ぶと、モーガンを振り切った。
一度だけ顔を上げる。
中央では西野がゴール前へ走る。
その背後にはウォーカー。
身体を密着させ、逃がさない。
飛鳥は右足を振る。
速いグラウンダー。
ボールは一直線に西野へ届く。
ウォーカーが背中から強く身体を当てる。
奪える。
誰もがそう思った。
西野は止めない。
左足のつま先で、ボールだけをウォーカーの外側へ流す。
自分は逆。
ウォーカーの内側を回り込む。
勢いよく寄せたウォーカーだけが前へ流れる。
一瞬。二人の位置が完全に入れ替わった。
実況:抜けたぁぁぁ!!
GKと一対一。
西野は慌てない。
右足を振り抜く。
低いシュートがGKの脇を抜ける。
ボールは静かにゴールネットを揺らした。
一瞬だけ。
マラカナンから音が消えた。
次の瞬間だった。
実況:決まったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!西野七瀬ぇぇぇぇぇ!!!日本!3点目ぇぇぇぇぇ!!!
歓声が爆発した。
スタジアム全体が揺れる。
西野はゴールネットを見届けると、何事もなかったように歩き出した。
西野:最後だけ、ええとこ貰ったわ。
飛鳥が駆け寄る。
飛鳥:なにあれベルカンプかよ。
西野は肩をすくめる。
西野:たまたまや。
飛鳥:いや、たまたまであれは出ないって。
そのやり取りに久保が吹き出す。
山下も笑いながら輪へ加わる。
最後も日本の選手全員が一つになっていた。
実況:日本、世界一へ大きく近付きました!!
解説:最後まで日本らしいゴールでした。守り切るだけじゃない。奪った瞬間に全員が前を向きました。
リプレーが流れる。
飛鳥のグラウンダー。
背負った西野。
左足がわずかにボールへ触れる。
CBだけが逆へ流される。
西野はもう前を向いていた。
実況:なんという技術でしょう……。
解説:あの一瞬で勝負が終わっています。
スコアボードは、日本3―1アメリカ。
アディショナルタイムも、残りわずかだった。
センターサークルへ戻るアメリカの選手たちは、まだ諦めていない。
モーガンが両手を叩く。
カーターも前を向く。
それでも時間は残っていなかった。
日本は最後まで集中を切らさない。
白石が跳ね返す。
梅澤が身体を寄せる。
田村が回収する。
久保は無理に攻めない。
与田へ預ける。
もう一度田村。
ボールが静かに動く。
アメリカは追う。
だが届かない。
そして――。
長いホイッスルが、マラカナンに響き渡った。
実況:試合終了ぉぉぉぉぉ!!!日本!!!世界一!!!ついに世界の頂点へ辿り着きましたぁぁぁぁぁ!!!
その瞬間。
ベンチも。
スタッフも。
全員が一斉にピッチへ飛び出した。
梅澤は大きく両手を広げた。
久保と視線が合う。
山下も駆け寄る。
3人は力強く抱き合った。
3人の輪へ、一人、また一人と集まってくる。
気付けば、日本代表全員がピッチの中央で大きな輪を作っていた。
誰もが笑っていた。
約1年半。
アジアカップから始まった挑戦。
積み上げ続けた戦術。
積み上げ続けた時間。
そのすべてが、今この瞬間、世界一という形になった。
表彰式。
アメリカの選手たちが先にメダルを受け取る。
スタジアムからは大きな拍手が送られた。
悔しさを隠し切れない表情の選手もいる。
それでも誰一人として顔を伏せることはなかった。
モーガンはメダルを受け取ると、一度だけ日本の選手たちへ視線を向けた。
静かに頷く。
その姿に、再び拍手が広がっていく。
続いて、日本の名前が呼ばれる。
歓声が一段と大きくなった。
先頭の筒井が壇上へ上がる。
一人ずつメダルを受け取り、短く握手を交わしていく。
そして最後に、主将・梅澤が壇上へ上がった。
メダルを受け取るとスタジアム全体が拍手に包まれる。
大会を通して日本を支え続けた主将へ向けられた拍手だった。
そして梅澤は両手でトロフィーを受け取る。
少しだけ重かった。
その重さが、この一年半のすべてだった。
ゆっくりと振り返る。
壇上には、日本代表全員が並んでいた。
梅澤は一人ひとりの顔を見る。
苦しかった。
1試合も楽な試合などなかった。
だからこそ、全員でここまで来た。
梅澤:みんな、行くよ
その一言で、全員が自然と集まる。
トロフィーへ手が伸びる。
そして。
梅澤が高く掲げた。
金色のトロフィーがマラカナンの夜空へ突き上げられる。
その瞬間。
無数の金色と白色の紙吹雪が舞った。
スタジアムを埋め尽くしていた歓声が、一気に爆発する。
実況:世界一ぃぃぃぃぃ!! 日本女子代表、世界王者ぁぁぁぁぁぁ!!!
誰もが笑っていた。
互いに肩を抱き合い、何度もトロフィーへ手を伸ばす。
世界一。
その言葉が、ようやく現実になった。
大型ビジョンには、大きく表示される。
WORLD CHAMPIONS JAPAN
歓声は、いつまでも鳴り止まなかった。
■試合記録
結果:
日本 3-1 アメリカ(決勝)
得点:
43分 池田瑛紗(アシスト:井上和)
59分 アレクシス・カーター(アシスト:ブルック・リード)
70分 久保史緒里(アシスト:山下美月)
90+4分 西野七瀬(アシスト:齋藤飛鳥)
交代:
62分 池田瑛紗 → 齋藤飛鳥
62分 川﨑桜 → 生田絵梨花
72分 賀喜遥香 → 白石麻衣
85分 遠藤さくら → 西野七瀬
85分 井上和 → 与田祐希
統計:
シュート数:日本12(枠内8)/アメリカ14(枠内6)
支配率:
日本52%/アメリカ48%
試合後会見。
会見場。
世界中の記者が集まっていた。
フラッシュが絶え間なく弾ける。
〇〇が席へ着き、ゆっくりと前を向いた。
記者:世界一になりました。率直な感想を聞かせてください。
〇〇は少しだけ息を吐く。
〇〇:本当に、選手たちがよく戦ってくれた。世界一になれたのは、選手たちのおかげです。
記者:今大会を振り返ってください。
〇〇:一試合も簡単な試合はなかった。勝ちあがるたびに、選手たちも成長していったと思います。だから最後に世界一まで辿り着けた。
記者:今大会、一番印象に残った選手は誰でしょうか。
会場が静かになる。
〇〇は少しだけ笑った。
〇〇:一人は選べない。
短い間。
〇〇:全員です。先発も、途中から出た選手も、ベンチで支え続けた選手も。誰か一人欠けても、この優勝はありませんでした。
少しだけ間を置く。
〇〇:この大会は、全員で勝ち取った世界一です。
その言葉に、会場から大きな拍手が起こる。
世界中のメディアが、一斉に日本の優勝を伝える。
「日本、世界王者」
「新たな女王、誕生」
「日本サッカー、世界の頂点へ」
「久保史緒里、大会MVP」
「池田瑛紗、決勝戦でも輝く」
「筒井あやめ、最後までゴールを守る」
「世界ランキング一位アメリカ撃破」
「日本、悲願のワールドカップ優勝」
「タイドロジック、世界を制す」
「日本、新時代の世界王者」
その頃、日本でも歓喜が広がっていた。
街では号外が配られる。
学校では試合の話題で持ち切りになる。
会社でも始業前から、昨夜の決勝戦を語り合う人々の姿があった。
SNSも止まらない。
「信じられない……世界一だ。」
「朝から泣いた。」
「池田のゴール何回見ても鳥肌。」
「久保MVP文句なし。」
「最後の西野うますぎる。」
「このチーム大好き。」
「筒井、最後まで神だった」
「五百城の成長えぐい」
「タイドロジック完成形だったな」
「全員が主人公だった」
「日本サッカーの歴史変わった」
「ありがとう日本代表」
「世界一、本当におめでとう」
大会は、日本に数多くの栄冠をもたらした。
久保史緒里は、大会MVP。
攻守の中心として全7試合に出場し、日本を世界一へ導いた。
池田瑛紗は5得点。
ブラジルのルアナ・ヴェローゾ、アメリカのアレクシス・カーターと並び、大会得点王に輝いた。
さらに、筒井あやめ、梅澤美波、山下美月、久保史緒里、池田瑛紗の5人が大会ベストイレブンに選出される。
世界最高の舞台で、日本から5人。
それは、一人の活躍ではなく、チームとして世界を制した証だった。
大会前、世界ランキングは5位。
優勝候補の中心は、スペインとアメリカだった。
だが、日本はその予想を覆した。
前回王者スペイン。
イタリア。
フランス。
ブラジル。
そして世界ランキング一位アメリカ。
世界最高峰の強豪を次々と破り、日本女子代表はワールドカップ優勝を成し遂げた。
日本代表のホテル。
日本代表専用フロアのラウンジ。
優勝トロフィーは専用ケースの中で静かに照明を受けていた。
深夜。
歓声はもうない。
静かな時間だけが流れている。
その前で、久保が足を止めた。
何も言わず、しばらく見つめる。
後ろから足音が聞こえた。
梅澤と山下だった。
梅澤:寝ないの?
久保は少しだけ笑う。
久保:もう少しだけ。
山下もトロフィーへ視線を向けた。
山下:……きれいだね。
三人は並んで立つ。
誰もそれ以上は話さなかった。
静寂だけが、三人を包む。
やがて梅澤が小さく笑う。
梅澤:やっと終わったね。
久保:うん。
山下:……終わっちゃったね。
その一言だけで十分だった。
アジアカップ。
そしてワールドカップ。
積み重ねてきた時間。
積み重ねてきた戦術。
積み重ねてきた仲間。
そのすべてが、この一つへ辿り着いた。
世界王者。
その称号が、日本代表の胸へ刻まれた。
もう誰にも、この歩みは消せない。
その物語は、誰の記憶にも消えることなく刻まれていく。
