INVERT ROLE 第39話 制圧 ― GL第2節デンマーク戦(前編)
7月2日。
ベロオリゾンチ。
エスタジオ・ミネイロン
グループリーグ第2戦。
ロッカールームは静かだった。
スペイン戦のような熱はない。
張り詰めてもいない。
ただ、全員が整理されていた。
井上はベンチスタート。
その事実を、誰も無理に口にはしない。
久保はスパイクの紐を締め直し、与田はテーピングを巻きながら前を見ていた。
山下はホワイトボードの配置図を見たまま、小さく息を吐く。
今日は、別の試合になる。
スタジアムの空気は、スペイン戦の時とは明らかに違っていた。
日本を見る目が変わっている。
挑戦者ではない。
優勝候補。
大型ビジョンへスタメンが映し出されるたび、歓声と同時に、どこか警戒に近いざわめきが混ざった。

実況:井上和はベンチスタートです
解説:スペイン戦での接触の影響ですね。軽傷ではありますが、日本はここで無理をさせませんでした
実況:その代わり、今日は与田祐希がスタートです
解説:ええ。タイドロジックではなく、通常のムーンロールへ戻してきました。ただ――今日はかなり整理されていますね
ピッチ中央。
デンマークの選手たちは、整列しながら日本を見ていた。
スペインを倒した国。
だが、保持で付き合うつもりはない。
デンマーク代表の中心は、この二人。
最前線には、デンマーク代表のエースでもある、ユヴェントス所属の大型CFソレンセン。
左には、攻撃の中心を担うイェンセン。
チェルシーで川﨑と両翼を組むアタッカーだった。
高さ。
強度。
ロングボール。
試合を、自分たちの土俵へ引きずり込む。
その意図は、立ち上がりからはっきりしていた。
ホイッスル。
開始直後、デンマークは迷わず前へ蹴ってきた。
長いボール。
中央。
ソレンセンが、真正面から梅澤へぶつかる。
だが、梅澤は下がらない。
身体をぶつけ返しながら競り勝ち、額で真っ直ぐ前へ跳ね返す。
その落下点へ、今度は与田が滑り込んだ。
デンマークの中盤より、半歩早い。
身体を投げ出すように回収し、すぐ久保へ繋ぐ。
デンマークが前へ出る。
だが、久保は急がない。
一度止め、寄せてきた相手を引きつけてから田村へ逃がし、もう一度受け直す。
その数秒だけで、日本のラインが押し上がっていく。
右では、もう山下が高い位置を取っていた。
実況:日本、落ち着いていますね
解説:与田選手がかなり効いています。セカンド回収と穴埋めで、デンマークの押し込み自体を成立させていません
デンマークは高さ勝負へ持ち込みたい。
だが、その前にボールを動かされる。
久保がテンポを固定し、田村が後ろで距離を整え、与田が空いた場所を埋め続ける。
山下は右で待つ。
無理に降りない。
動き回らない。
役割が、噛み合っていた。
スペイン戦のような、中央の渋滞がない。
その代わり、ボールと人の流れが、綺麗に循環している。
実況:日本、かなり整理されていますね
解説:ええ。これが元祖ムーンロールです。久保選手が制御し、山下選手が動かし、田村選手が整える。その土台を与田選手が支えている
デンマークは前へ出たい。
だが、押し込めない。
10分。
デンマークが右からクロスを入れる。
ファーへ飛び込んだのはイェンセン。
だが、その前へ賀喜が身体を入れた。
競らせない。
落ちたボールを田村が回収し、すぐ久保へ繋ぐ。
久保は急がない。
デンマークが押し込もうと前へ出た瞬間、その圧力を利用するように右へ逃がした。
高い位置で受けた山下を起点に、日本はまた押し返していく。
実況:デンマーク、押し込み切れません
解説:日本が高さ勝負になる前に全部整理していますね
15分。
デンマークがまた長いボールを入れてくる。
だが、梅澤が競り勝つ。
そのこぼれ球へ賀喜が素早く前へ出て潰し、田村が回収する。
久保が一度落ち着かせ、中央で細かくテンポを刻みながら山下へ繋ぐ。
日本はボールを動かしながら、少しずつ右へ押し込んでいく。
イェンセンが山下へ強く出た。
その瞬間だった。
山下が縦へ刺す。
川﨑が加速した。
一歩で外へ出る。
実況:速い!! 川﨑抜けた!!
左SBが追いつけない。
川﨑はそのまま深い位置まで運び、低いクロスを入れた。
ニアへ飛び込んだ遠藤へ、CB二枚が完全に引っ張られる。
その奥へ、池田が静かに入り込んでいた。
もう止まっている。
右足を合わせるだけだった。
ネットが揺れる。
実況:決まったぁぁぁ!! 池田瑛紗!! 日本先制!!
スタジアムが揺れる。
池田は拳を握り締めたまま、奥歯を噛む。
その瞬間、川﨑が真っ先に飛びついた。
遠藤も笑いながら駆け寄り、山下と久保、田村も遅れてその輪へ加わっていく。
青いユニフォームが重なり、ゴール前に日本の歓喜が広がった。
実況:これで池田、2試合3ゴール!
解説:もう完全に警戒される側です。それでも止められない
失点後、デンマークはさらに強度を上げてきた。
中央へ長いボールを入れ、無理やりセカンド勝負へ持ち込もうとする。
だが、梅澤が下がらない。
ソレンセンを背中で押し返しながら、また額で前へ弾き返す。
その落下点へ、今度は与田が滑り込んだ。
また半歩早い。
身体を投げ出すように拾い、そのまま右へ逃がす。
山下が受ける頃には、日本のラインはもう押し上がっていた。
実況:デンマーク、押し込み切れません!
解説:高さ勝負になる前に、日本が全部整理しています
25分。
日本がボールを握る。
デンマークは中央を締める。
久保が中央で引きつけ、田村が後ろを支えながら距離を整える。
右ハーフスペースで受けた山下は、一度だけボールを止めた。
CBが中央へ寄る。
その瞬間だった。
山下の右足が振り抜かれる。
高くはない。
だが、速い。
高さ勝負を避けるように、CBとGKの間へ鋭く落ちるクロス。
そこへ、遠藤が滑り込んだ。
身体を倒し込みながら合わせたヘディングが、ゴールへ叩き込まれる。
ネットが揺れた。
実況:追加点!! 遠藤さくら!! 日本、2-0!!
スタジアムが大きく揺れる。
遠藤は着地した瞬間に両拳を握り、そのまま山下へ飛びつく。
山下も笑いながら身体を受け止め、久保や田村も遅れてその輪へ加わっていく。
デンマークの高さを崩し切った歓声が、ピッチ全体へ広がっていた。
実況:高さじゃない、ズレで崩しました!!
解説:遠藤選手と山下選手の完成度が高すぎますね
失点後、デンマークはさらに前へ出てきた。
ロングボール。
クロス。
セカンド。
強引にでも、高さ勝負へ持ち込もうとする。
だが、梅澤が跳ね返す。
ソレンセンを背中で押し返しながら、また額で前へ弾き返した。
そのこぼれ球へ賀喜が素早くスライドし、セカンドすら拾わせない。
山下がイェンセンの仕掛けへ食らいつく。
一度剥がされかけても、最後まで身体を離さない。
内側へ絞っていた賀喜も素早くスライドし、最後は二人でクロスを潰した。
その内側では、五百城が素早く絞りながら裏のスペースを管理していた。
ソレンセンへ入るロングボールにも先に身体を入れ、簡単に起点を作らせない。
一度抜かれても終わらない。
身体を入れ直し、最後はクロスをブロックした。
実況:五百城、粘りました!!
解説:日本の最終ライン、かなり強いですね
その流れのまま、日本はまた保持へ戻る。
久保が一度落ち着かせ、田村が後ろで距離を整える。
すると、右で高い位置を取っていた山下が、今度はゆっくり中へ絞った。
デンマークの中盤が迷う。
捕まえに行くのか。
ラインを保つのか。
その一瞬の揺れを使い、山下は中央で前を向いた。
左へ展開。
五百城が押し上がる。
さらに内側では、池田と遠藤がポジションを入れ替えながら、デンマークのCBを揺さぶっていた。
日本は、ただ保持しているわけじゃない。
ボールを動かしながら、少しずつ相手の基準を壊していく。
デンマークは追わされる時間が増えていった。
前半終了。
2-0。
内容は完全に日本だった。
実況:デンマーク、やりたい形をほとんど出せていません
解説:特に梅澤と賀喜ですね。高さ勝負を成立させないまま、日本が試合を支配しています
後半。
デンマークはさらに前へ蹴ってきた。
強引にでも、高さ勝負へ持ち込もうとする。
だが、梅澤が跳ね返す。
ソレンセンと競り合いながら、何度でも前へ弾き返す。
そのこぼれ球を賀喜が広く回収し、田村が中央の距離を整える。
筒井は無理に飛び出さない。
最初から正しい位置を取ったまま、危険なコースだけを消していた。
実況:高さで、日本が負けていません!
解説:むしろ今日は、日本の方が空中戦を制御しています
52分。
デンマークが右からクロスを入れる。
ファーへ走り込んだイェンセンへ、賀喜が素早く身体を入れた。
競らせない。
落ちたボールを田村が拾い、すぐ久保へ繋ぐ。
久保は急がない。
デンマークが前へ出た瞬間、その圧力を利用するように右へ流した。
山下が高い位置で受け、一度持つ。
そのまま内側へ運ぶ。
デンマークの中盤が寄る。
そこで外。
川﨑が縦へ抜け出した。
実況:また速い!!
左SBが遅れる。
川﨑はそのままクロスを入れる。
中央へ飛び込んだ遠藤が合わせる。
わずかに合わない。
それでも、デンマークの最終ラインはまた押し下げられた。
実況:日本、ずっと自分たちのリズムですね
解説:デンマークが戦い方を押し付けられている側になっています
65分。
池田→飛鳥。
川﨑→生田。
池田と飛鳥がピッチ際ですれ違う。
飛鳥:おつかれ。もう十分暴れたでしょ
池田:あとお願いします
その横では、川﨑が少し息を切らしながら生田と手を合わせていた。
川﨑:めっちゃ引いてます
生田:じゃあ崩してくる
二人がピッチへ入る。
ベンチに戻る川﨑へ、〇〇が短く声を掛けた。
〇〇:十分走った
川﨑は苦笑しながら頷く。
川﨑:まだまだ行けますよ
その横を、池田も息を整えながら通り過ぎる。
〇〇はその肩を軽く叩いた。
〇〇:ナイスゴール。次も頼む
池田:はい
池田は小さく頷き、そのままベンチへ座った。
ピッチの空気が少し変わった。

飛鳥は左45度の位置で構え、必要以上には動かない。
だが、いるだけで相手ラインは少し下がる。
生田は右サイドで身体を入れ、時間を作りながらボールを受ける。
一度止め、背負い、相手を外へ逃がす。
再びボールを受け、次のプレーを作る。
デンマークの左SBは少しずつ前へ出るタイミングを失い、守備の意識が揺れ始めていた。
70分。
日本が押し込む。
生田が右で時間を作り、久保へ落とす。
さらに中央を経由し、最後は山下。
クロスがブロックされる。
CK。
実況:日本、完全に押し込み続けています!
梅澤、賀喜、五百城。
日本のDF組が、一斉にゴール前へ上がる。
キッカーは山下。
右足のインスイング。
鋭く外へ逃げながら、ゴール前へ速く落ちていく。
GKは出切れない。
その間へ、梅澤が飛び込んだ。
ソレンセンを完全に振り切る。
そのまま、強く叩き込んだ。
ネットが揺れる。
3-0。
実況:梅澤ぁぁぁ!! 日本、3点目!!
解説:高さのデンマーク相手に、高さで決めました!!
梅澤は珍しく感情を露わにした。
両拳を握り締め、大きく吠える。
そこへ賀喜が真っ先に飛びつき、久保や山下たちも次々に駆け寄った。
スタジアムの歓声が、さらに大きく膨れ上がっていく。
デンマークの空気が、そこで一度完全に崩れた。
