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INVERT ROLE 第51話 転潮 ― 準々決勝フランス戦(後編)

3-3。

後半開始15分で追いつかれた事実は、フランスにとって想定外だった。

前半、あれだけ完璧だった試合が、15分ほどで消えた。

再開直後、フランスはボールを握った。

今度は日本ではない。
フランスは一度ボールを落ち着かせようとした。

だが、日本は飛び込まない。

遠藤が中央を切り、井上と小川が距離を保つ。
久保はアンカーの位置から前へ出過ぎず、モローが次に触る場所だけを見ていた。

焦っていたのは前半の日本だった。

今は違う。
焦りを消そうとしているのは、フランスの方だった。

実況:試合の流れが完全に変わりましたね

解説:追いついたこと以上に、日本が自分たちを取り戻していますね

モローが受け前を向く。
だが、前半のようにガルニエが走れない。

久保がいる。
井上も戻る。

小川は常に近くにいる。

出したい場所へ出せない。
ほんの数10分前まで、日本が味わっていた感覚だった。

それでも、フランスは簡単には崩れない。

後半25分を過ぎる頃、試合は一度落ち着き始めた。

日本の勢いが止まったわけではない。
ただ、同点にしたことで、フランスもようやく現実へ戻ってきた。

モローが中盤で声を出す。
ベルナールがラインを上げる。
デュボワが右で何度も上下を繰り返す。
ガルニエは前線で、わずかな隙を待ち続けていた。

日本も同じだった。

一気に追いついた勢いのまま、無理に4点目を取りに行かない。
久保がテンポを落とし、小川が中央でズレを作り、山下と一ノ瀬が左右から相手の目線を動かし続ける。

その中で、井上は少しずつ呼吸が荒くなっていた。

怪我明けから戻り、イタリア戦でも途中から出た。

今日の反撃で、大きな仕事をした。
あのミドルで、フランスの空気を壊した。

だが、ここから先はまた別の時間だった。
延長まで見据えるなら、井上を引っ張り切るわけにはいかない。

〇〇はベンチ前で、ピッチ全体を見ていた。

その横で設楽が小さく言う。

設楽:井上、少し落ちてます

〇〇:分かってる

設楽:でも流れは切れてないです

〇〇は頷かなかった。

視線は井上へ向く。

まだ動ける。
だが、呼吸は重くなっていた。

その横では、池田も何度目かのスプリントから戻っている。

前半から左でフランスを揺らし続けた。
後半はデュボワも抑え込み、一ノ瀬とともに左を支配している。

二人とも、十分すぎる仕事だった。

ここから必要なのは、もう一つ違う角度だった。

〇〇は短く呼ぶ。

〇〇:菅原と飛鳥を呼べ

二人が同時に顔を上げた。

菅原が立ち上がる。
飛鳥もビブスへ手をかけた。

ベンチ前へ来る。

〇〇:菅原、久保の横を助けろ。真ん中の温度を落とすな

菅原:はい

〇〇:飛鳥は左。最初は消えてていい。来る瞬間だけ入れ

飛鳥:分かりました

〇〇はピッチへ視線を戻した。

〇〇:ここから勝ちに行く

後半30分。

交代ボードが上がる。

井上→菅原。
池田→飛鳥。

スタジアムがざわつく。

井上がピッチを出る。
悔しさはあった。

だが、自分がやるべきことは果たした。

井上はライン際で菅原と手を合わせる。

井上:後はお願い

菅原:任せて

その隣で、池田が戻ってくる。
ピッチを見たまま、最後まで視線を切らなかった。

飛鳥が軽く手を出した。

飛鳥:おつかれ

池田:まだ終わってなかったんですけどね

飛鳥:じゃあ、続きだけもらってあげる

池田は少しだけ笑い、手を叩いた。

池田:お願いします

ベンチへ戻る二人に、〇〇が短く声を掛ける。

〇〇:井上、あの1点で向こうは壊れた

井上:……はい

〇〇:池田も十分だ。今日、左を支配したのはお前だ

池田は小さく頷いた。

池田:あとは勝ってください

〇〇:全員で勝つぞ

ピッチでは、形が少し変わった。


菅原が久保の横に入り、中央の支えを増やす。
小川は一列前で自由に動く。

飛鳥は左で立ち位置を変え続け、フランスの最終ラインへ別の警戒を与えていた。

モローがそれに気付く。

飛鳥はボールを触っていない。
それでも、そこにいるだけで、フランスの最終ラインが一歩深くなる。

解説:ここで飛鳥選手ですか。左の質が変わります。池田選手は足元で壊すタイプでしたが、飛鳥選手は立ち位置と抜け出しで一撃を狙える

実況:井上に代えて菅原も入りました

解説:中央の強度と整理ですね。日本、追いついて終わりではなく、ここから勝ち切る準備をしています

その言葉の通り、日本は勢いだけで攻めなかった。

菅原が入ったことで、久保の周囲にもう一つ出口が生まれる。

久保が受ける。
モローが寄せる。

菅原へ預ける。

菅原はワンタッチで逃がさない。
一度だけ持ち、寄せを引きつけてから山下へ流した。

山下が内側へ入り、小川が前で受ける。

フランスが寄る。

小川は戻す。
久保が受け直し、今度は左へ振った。

飛鳥は受けない。
その背後を一ノ瀬が上がる。

フランスの右サイドがまた下がる。
ボールは回る。

だが、ただ回しているだけではなかった。

フランスの足を、少しずつ重くしている。

後半35分。

フランスが久しぶりに決定機を作る。

モローが中央で受ける。

菅原は逃がさない。
だが、モローは触った瞬間に右へ流していた。

デュボワが走る。

一ノ瀬が戻る。
五百城もフォローに回る。

それでもデュボワは止まらない。

深い位置まで運び、低いクロスを入れた。

ガルニエが飛び込む。
梅澤も身体を寄せる。

それでも先に触ったのはガルニエだった。

入った。
誰もがそう思った。

だが、筒井はもう動いている。

横へ飛ぶのではない。
最初からそこにいたみたいに半歩だけ先へ出る。

伸ばした左手の指先がボールに触れた。

ボールはポストへ当たり、そのまま外へ弾かれる。

スタジアムが悲鳴と歓声を同時に吐き出す。

実況:止めたぁぁぁ!! 筒井!!

実況:日本、救われました!!

筒井は叫ばない。
立ち上がる。

そして、前だけを見る。

筒井:まだです

梅澤:うん。まだ終わってない

その言葉通りだった。

試合は終わらない。
どちらも譲らない。

日本は押し込む。
フランスも返す。

時間だけが削れていく。

後半終了間際。

日本にもチャンスが来る。

久保から菅原。
菅原がワンタッチで山下へ繋ぎ、山下は内側から小川へ差し込む。

小川は背後を見ないまま落とした。
久保が受ける。

左では飛鳥が一度姿を消していた。
その次の瞬間、CBの背後へ走る。

久保のパスが通った。
飛鳥が抜け出す。

角度はない。
それでも右足を振り抜く。

ボールはゴール右へ向かう。
だが、GKがわずかに触った。

CK。

飛鳥は表情を変えない。
ただ、ゴールを一度見た。

飛鳥:……次

久保はその声を聞いていた。

山下のCKは跳ね返され、後半終了の笛が鳴る。

3-3。

試合は延長へ入った。

スタジアムは異様な熱に包まれていた。

準々決勝。

3点差を追いついた日本。
追いつかれたフランス。

どちらも疲れている。
だが、どちらも立っている。

延長前半。

フランスは再び押し返そうとする。

モローが中盤で受ける回数を増やし、ガルニエを走らせる。
デュボワもまだ止まらない。

だが、日本も崩れない。

菅原が久保の横で距離を保ち、中央を簡単には空けない。
小川は前で自由に動き、フランスの中盤を何度も振り返らせた。

飛鳥は左で消え続ける。
それでも、フランスの最終ラインは常に飛鳥を気にしていた。

延長前半の終盤。

日本が右から押し込む。

山下が内側へ入り、生田へ渡す。
生田は背負いながら菅原へ戻した。

菅原を経由し、ボールは久保へ入る。
久保が前を向く。

左では飛鳥が動いていた。

一瞬だけ背後が開く。
だが、久保は出さない。

フランスのCBも、その動きを見ていた。

久保は左へ出すふりをして、中央の小川へ通す。
小川は、寄せを引きつけてから右へ逃がした。

山下のクロスに遠藤が飛び込む。
だが、わずかに合わない。

ボールはGKへ収まった。

久保は息を吐く。
飛鳥も何も言わない。

まだ、その瞬間ではなかった。

延長後半。

足が止まり始めていた。
フランスも日本も、前半からの強度を保つことはできない。

それでも、集中だけは切れない。

梅澤が跳ね返す。
五百城が身体を入れる。

山下も一ノ瀬もラインを崩さない。

菅原がこぼれ球を拾い、久保へ戻す。
その循環が、ぎりぎりのところで日本を支えていた。

残り7分。

日本は自陣からもう一度作り直していた。

五百城から久保。
久保はアンカーの位置で受ける。

前を見る。
小川が中央へ降りる。

遠藤は最終ラインを引きつけたまま動かない。

飛鳥は左に立っている。
久保はすぐには出さない。

一度だけ待つ。

その間にボールは菅原を経由し、再び久保へ戻った。

フランスの中盤がわずかに前へ出る。

久保は今度も縦を急がない。
右へ流す。

山下が受ける。
生田が近づく。
小川も顔を出す。

フランスの視線が右へ寄る。
モローも一歩だけそちらへ動いた。

その瞬間に飛鳥が裏へ走る。

山下は迷わない。
何度も見てきた動きだった。

山下:飛鳥さーん!

右足を振り、フィードが最終ラインの裏へ伸びる。

飛鳥が抜け出す。

ベルナールが追う。
GKは出られない。

飛鳥は止まらずにGKの位置を見ながら右足を振る。
低く鋭いシュートがゴール右隅へ走る。

GKが飛ぶが届かない。

ネットが揺れた。

次の瞬間。
スタジアムが爆発した。

実況:入ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!齋藤飛鳥ぁぁぁぁぁ!!日本、逆転!! 日本、ついに逆転しましたぁぁぁ!!

飛鳥は走らない。

その場で拳を握った。
小さく。強く。

やっとだった。
今大会、何度もこの景色を外から見てきた。

だが、今度は違う。
自分の足で試合を動かした。

その時だった。
山下が真っ先に駆け寄る。

山下:飛鳥さん!

飛鳥は少しだけ笑った。

飛鳥:今度は通したじゃん

そこへ仲間たちが飛び込み、青い輪が一気に広がる。
ベンチも総立ちだった。

フランスは最後の力を振り絞る。
モローが前へ出る。

ガルニエも走る。
デュボワも止まらない。
ベルナールまで前線へ上がる。

だが、日本は下がり切らない。

梅澤が跳ね返す。
五百城が身体を入れる。

山下が戻り、一ノ瀬もラインを崩さない。

菅原がこぼれ球へ先に触り、久保が落ち着かせる。
小川は最後まで相手の背中へ入り続ける。

遠藤は前線で身体を張る。
生田も右で帰り道を残していた。

飛鳥は左の高い位置に立ったまま、フランスの最終ラインを下げ続ける。

そして筒井は、最後尾から味方を動かし続けていた。

延長終了間際。

モローが最後のボールを入れる。
ガルニエが飛び込む。

梅澤が競る。
こぼれる。

ガルニエがもう一度反応する。

山下が先に身体を入れた。
ガルニエが倒れる。

笛が鳴る。
主審の手が上がる。

イエローカード。

山下は何も言わない。

フランスの最後の攻撃を止めるためのファウルだった。

実況:これで山下は今大会二枚目の警告。日本がこのまま勝ち上がった場合、準決勝は出場停止となります

解説:これは仕方ないですね。ガルニエを行かせれば、そのまま決定機でした

再開。

FK。

フランスは全員を上がる。
GKまで日本のペナルティエリアへ入っていた。

モローが最後のボールを入れる。

ベルナールが飛ぶ。
梅澤も飛ぶ。

準々決勝が、その一点に集まっていた。

梅澤が競り勝つ。
ボールは高く弾かれた。

だが終わらない。

こぼれ球へデュボワが走る。
右足を振る。

その前に、菅原が身体を投げ出した。

ボールが弾かれる。

山下が拾う。
外へ蹴らない。

久保へ繋ぐ。
久保は背負いながら身体を入れ、ファウルを誘った。

笛。

その瞬間、スタジアムの空気が一度止まった。

残り時間は、ほとんどなかった。

久保はボールを置く。
急がない。

フランスの選手たちが戻る。
日本の選手たちも、ゆっくりと距離を取る。

そして、最後の笛が鳴った。

日本 4―3 フランス。

スタジアムが揺れる。

選手たちが倒れ込む。

久保はその場に膝をつき、両手で顔を覆った。

山下が近づく。
何も言わず、背中を叩く。

飛鳥は少し離れた場所で、空を見上げていた。

小川は芝に座り込み、荒い息を吐いている。

井上と池田がベンチから走ってきた。
林も、蘭世も、与田も続く。

スタンドでは賀喜と田村が手を振っている。

青い輪が、ピッチ中央で広がっていった。

その夜。

世界は初めて、日本を優勝候補ではなく。
優勝そのものとして見始めていた。

試合後会見

会見場へ入った〇〇の前には、今大会で最も多い数の記者が集まっていた。

フラッシュが何度も光る。
それでも〇〇の表情は大きく変わらない。

記者:まず試合を振り返ってください

〇〇:前半は完全にフランスでした

会見場が静かになる。

〇〇:特にモロー。こちらが作りたい場所も、逃がしたい場所も、全部一手先で見られていた感覚があった。だから0-3は不思議な数字じゃなかった

記者:ハーフタイムでは何を伝えたのでしょうか

〇〇:綺麗にやるなと。整えようとするほど向こうに見られていたので、一度壊してから繋げようと話した

記者:後半の3枚替えについては

〇〇:全部出しました。隠す必要がなかったので

記者:後半最初の得点については

〇〇:あれで空気が変わりました

〇〇は少しだけ笑った。

〇〇:あの1点でチーム全体が前を向けた

記者:齋藤飛鳥選手の決勝点については

〇〇:山下と2人で一瞬の隙を見つけて、見逃さなかった。その結果の決勝点です

記者:この勝利は特別ですか

〇〇は一度だけ前を見た。

〇〇:選手たちは一生忘れないと思う

少しだけ間を置く。

〇〇:ただ、まだ準々決勝だ。次がある

■試合記録

結果:
日本 4-3 フランス

得点:
17分 ベルナール(アシスト:モロー)
29分 ガルニエ(アシスト:モロー)
35分 ガルニエ(アシスト:デュボワ)

51分 久保史緒里(アシスト:山下美月)
57分 井上和(アシスト:久保史緒里)
61分 遠藤さくら(アシスト:井上和)
113分 齋藤飛鳥(アシスト:山下美月)

交代:
HT 林瑠奈 → 生田絵梨花
HT 寺田蘭世 → 一ノ瀬美空
HT 与田祐希 → 小川彩

75分 井上和 → 菅原咲月
75分 池田瑛紗 → 齋藤飛鳥

統計:
シュート数:日本 15(枠内8)/フランス 11(枠内7)
支配率:日本 56%/フランス 44%

■メディア見出し

「日本、歴史的大逆転」

「0-3からフランス撃破」

「齋藤飛鳥、113分の決勝弾」

「モローを超えた日本」

「日本、ベスト4進出」

■SNS

「0-3から勝つのかよ」
「久保の1点で空気変わった」
「井上のミドルやばい」
「遠藤の同点弾熱すぎる」
「小川入ってから別の試合だった」
「山下のアシスト綺麗すぎる」
「飛鳥そこ決めるのか」
「モロー本当に凄かった」
「筒井のセーブ大きすぎる」
「今大会一番の試合」
「ベスト4だぞ」

ホテルへ戻るバスの中は静かだった。

誰もスマホを見ていない。
誰も大声で話さない。

窓の外にはサルヴァドールの夜景が流れている。

久保も、山下も、遠藤も外を見ていた。
小川がペットボトルの水を飲む。

その音だけが小さく響いた。

まだ試合が身体から抜けていなかった。

世界はまだ終わらない。

ホテルに戻るとロビーのテレビには、準決勝の対戦カードが映っていた。

誰かが足を止め、視線が集まる。
そこに映っていたのは、開催国ブラジルだった。

誰も言葉を発しない。
だが、その視線だけはもう次を見ていた。

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