北野天満宮「御手洗川足つけ燈明神事」で、童心にかえった夏の夕べ
京都の北野天満宮では、古くから七夕神事を「御手洗祭」と称し、大切な神事としてきたそうです。
また、平安時代から旧暦の七夕の頃には、境内の清水によって身心を祓い清め、厄除けのご利益を授かる「北野御手水神事」が行われてきました。
その流れを受けて、現在では境内の御手洗川で「足つけ燈明神事」が行われています。
清らかな水に足を浸し、邪気を祓い、五色のろうそくに火を灯して願いを込める。


形は少しずつ変わっても、
「水によって身を清め、これからの無事を願う」という人々の祈りは、長い年月を超えて今に受け継がれているのですね。
初めて知って、実際に参加してみました。
平安時代の人々も、暑い夏に水に足を浸しながら、同じように願いを込めていたのかしら。
そんなことを想像すると、なんだか不思議な気持ちになります。





京都に暮らしていると、こうした古くからの行事に触れる機会があります。
しかし、そこにあるのは単なる「昔からの習慣」ではないのだと思います。
「元気で過ごせますように」
「災いから守られますように」
「大切な人が幸せでありますように」
人々が昔から抱いてきた願いは、今も変わりません。だからこそ、神事は形を変えながらも続いていくのでしょう。
私も無病息災、家内安全を願いながら歩みを進めました。
そして、今ある幸せに感謝しながら…
伝統というと、少し堅苦しいもののように感じることもあります。
でも実際にその場に身を置いてみると、水の冷たさに驚いたり、ろうそくの色をワクワクしながら選んだり、夫と並んで願いを込めたり。
そんな小さな体験の中に、昔の人と今を生きる私たちがつながっているような感覚がありました。
御手洗川の水に足を浸していると、身体を清めるだけではなく、心の中に溜まっていたものまで、少しずつ流れていくような気がしました。
毎日の生活では、知らないうちにいろいろなものを抱えています。
考えすぎてしまったり、心配したり、頑張りすぎたり。
そうしたものを、たまには水に流すように手放してみる。そして、また新しい気持ちで歩き出す。
昔の人々が「身心を祓い清める」と考えていたことの意味を、ほんの少し体感できたような気がしています。
そして何より、大人になっても童心にかえる瞬間はちゃんとある。
冷たい水に足をつけて「わぁ、冷たい!」と笑った自分が、なんだか愛おしく感じられました。
京都には、こうして長い年月を超えて受け継がれてきたものが、まだたくさん残っています。
それは、建物や文化財だけではありません。
季節ごとの行事や、神社やお寺で行われる神事
、そこに込められた人々の祈り。
目に見えるものだけではなく、人から人へ、心から心へ受け継がれてきたものなのだと思います。
そんなものに触れられることも、京都で暮らす楽しみのひとつなのかもしれません。
今回、御手洗川に足を浸しながら、
「こういう時間って、いいな」と、しみじみ思いました。
暑い夏の一日。
冷たい水に足を浸し、夫とそれぞれのろうそくに願いを込める。
そして、千年以上も前から続いてきた人々の祈りに、ほんの少しだけ自分も重なる。
そんな、特別な夏の夕べになりました。






これからも、こうした古くからの神事が大切に受け継がれていきますように。
そして、私たちが込めた願いも、静かに天へ届きますように。
北野萬燈会、、御手洗川足つけ燈明神事、北野夏祭りは2026年8月16日(日)まで。
詳しくは北野天満宮のサイトでご確認くださいね!
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