しじゅうくにち旅物語
第三話 文殊菩薩(三七日、みなぬか)
どれくらい歩いたでしょうか。
今まで真っ暗で何もみえないと思っていたのですが、ぼんやりと灯りが見えて来ました。
突然獅子に乗った大きな者が目の前に現れました。
とてもびっくりして尻もちをついてしまいました。
その方は、よくぞここまで辿りつかれましたね、とニッコリと微笑まれました。
そのお方は大きな獅子に乗っている青い花の上に座り、右手には大きな剣(利剣)左手にはこれまた青い花に乗った本(経典)を持っています。
不思議な出立ちの方だなぁ、そう思いました。
貴方がこの世界に来て21日目です。
私の名は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)と言います。そう優しく教えてくれました。
あぁー聞いたことがある!
三人よれば文殊の知恵というその文殊菩薩さまですか?と聞きました。
そうです、よく覚えていましたね、私が文殊菩薩、貴方に仏様になる為の智慧を授けに来ました。
それはそれは....なんと有り難いことだ、そう思うと思わず文殊菩薩さまの乗っている獅子の足元にひざまづき頭を下げていました。
それにしても21日も歩いていたのか...
どこかでそう思いながら文殊菩薩さまを見上げて、私はどのようにすれば良いのでしょうか?そう聞いてみました。
何も考えず、ただ前に進むこと、ですかね。文殊菩薩さまは答えました。
何も考えず、ですか?
そうです、貴方は仏様になる道を歩いています、それは自覚していますか?
文殊菩薩さまは聞かれました。
それは、はい、何となく
そう答えました。
貴方が生前に思ったこと、それは全て「空(くう)」です。ありもしないものに拘るのはおかしな事で、初めからそんなものは無いのですから、拘ったり守ろうとしなくても良いのです。ある、と思っているものは全て初めから無い、それに気付く事です。
初めから無い....あると思っても無い....
煩悩という、自らの偏った心で作り出した幻ばかり追い求めてはいけません
『実体の無いものにとらわてはいけない
あらゆるものは無常…』
それに気付く事です。
このような気づきを「悟り」と言います。
実体は無い…全ては無常…家族もですか?
家族というモノ(実体)はありません…
ご縁で、ひととき結ばれた関係を
家族と名付けたにすぎません…
家族という関係にとらわれず、
ご縁に生かされて、歩むのが仏の道です。
大事なものや人を本当の意味で守りたいなら
貴方自身が「空の境地入り、悟りの世界で、
より広い智慧を身につけねばなりません」
文殊菩薩さまは言いました。
この真言(しんごん)を覚えなさい、
そしてお唱えしながら旅を続けるのです。
その真言とは?と尋ねます。
なむだいしへんじょうこんごう(南無大師遍照金剛)です。
なむだいしへんじょうこんごう、声に出して呟いてみました。
文殊菩薩さまはニッコリと微笑み、そうです、気持ちが穏やかになりませんか?
確かに穏やかな気持ちになりました。
仏様になるには智慧(ちえ)を身につけて真理を知る事です、その真理とは貴方にとって何なのかを考えることなのです。この智慧は知識とは全く違うものですよ。文殊菩薩さまは左手の経本のページをさーっと風に流しました。
するとどうでしょう、頭の中がスッキリして爽やかな風の中に居るような心地良さを覚えました。
文殊菩薩さまはその様子を見てニッコリと微笑み「光の方へ歩みなさい」そう言って獅子と共に消えてしまわれました。
またも呆気に取られましたが、さすがに3回目なので誰も居ない暗闇に向かってありがとうございましたー!と大声でお礼を言い頭をペコリと下げました。
不思議な事にもう何も食べず飲まずに歩いているのにどんどん元気になっていく自分を感じました。良い匂いも家族がお線香を焚いてくれているのだと分かり、ありがとう、ありがとう、と呟きました。
