遠くで声が聞こえても
あなたの姿はこの眼には映らない
近くで気配を感じても
あなたの姿はこの眼には映らない
どんなに花を手向けても
きれいだね、そういうあなたの声は聞こえない
この世のものが全て幻想であればいいとすら思う
この時間が全て幻想だと思えればいいと思う
窓の向こうに
葵い空その向こうには宇宙が広がる
いっそ早くその宇宙(そら)の一員になれれば良いと願う
どんなにどんなに
会いたいと願ってみても
その思いは叶わないと知っている
どんなにどんなに
涙を流しても
もう抱きしめてくれる優しい手は存在しないと知っている
春に近づくと雨が多く降る
菜種梅雨(なたねつゆ)と言うのだと昔教わった
寒暖差が激しくなり菜種梅雨が多くなる
春の雨は霧雨のように辺りを包む
春は別れの季節
その名残を惜しむように涙は雨となって地上に降りてくるのだろうか
悪い事全てが幻想であるならば良い事も全て幻想かもしれないと今日の葵い空をみてそう思う
起こること全てに意味があるのならば、なぜ、そうなったかを神様にじっくりと聞いてみたいと思うこともあるけれど、聞かないで済むならば聞きたくないとも思う
3月は悲しい思い出がたくさんあっていつも心が乱れる
30年前の地震でその後遺症で亡くなった方が多かった、喪服を脱ぐ暇もないくらいに
3月11日は祖母の命日でもあり、私の恩師も同じ日に亡くなった
それに東日本大震災の日でもある
多くの魂がどれだけ天(そら)へ昇ったことだろう
どれだけの悲しみが天(そら)へ昇ったことだろう
3月に雨が多いのはたくさんの涙が流れたからではないだろうか
もうすぐ春の彼岸
彼岸の期間は「あちら」と「こちら」が最も近くなる、どこが「あちら」に近い岸になるのだろう
分かっていたら一日中でもそこに座っていたい
3月になると色々な思いが交差して私の心をかき乱す
葵い空が眩しくてもうすぐ咲き乱れる桜🌸さえ私には悲しく思える
遠くへ行ってしまった母への思慕は強くなり、眼を閉じて面影を思い出す
全てが幻想であるならば
本当にどんなに良いだろう、と心から思う
眼が覚めたら
そこにあなたがいてくれたらどんなに良いだろう
天(そら)へ昇ってしまった全ての魂に心から手を合わせ、どうか安らかに健やかに暮らしてくださいと心から祈る
