神様に会いにいく日
播州の風と祈りの旅
姫路の空に、祈りの風が吹いていた
⛩️播磨国総社・射楯兵主神社を歩く
姫路城のすぐそばに、古くから“播磨の総鎮守”として人々に守られてきた神社がある。



播磨国総社。
正式には「射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)」。
地元では親しみを込めて、「総社さん」と呼ばれている場所だ。
石畳を歩き、大きな神門をくぐった瞬間、まず感じたのは“風”だった。
空は驚くほど青く、
風は柔らかく、
その空気に触れた瞬間、身体の奥に溜まっていたものが静かに流れていく感覚がした。
私は占い師という仕事をしている。
タロットを読み天からのメッセージを「その方」に届ける
人の心に触れ、感情を受け取り、言葉にならないものを読む仕事。
だからこそ時々、自分自身を“空っぽ”に戻す時間が必要になる。
神様に会いに行くこと。
風に吹かれること。
御神水に触れること。
それは私にとって、単なる参拝ではなく、“魂の浄化の旅”なのだと思う。
総社の神門は、本当に美しかった。
深い木の色。
空へ反る屋根。
白い紙垂。
揺れるしめ縄。
晴れた空の青と、古い木の黒褐色の対比があまりにも美しくて、しばらく見上げてしまった。
神社建築には、その時代の祈りが宿る。
木を見れば、どれだけ長い時間この場所を守ってきたのかが分かる。
私は神社へ行くと、建物をよく見る。
屋根。
柱。
縄。
灯籠。
そこには、人々が何百年も守り続けてきた“祈りの形”があるから。
総社の神門には、播磨という土地を守ってきた誇りと重みが静かに漂っていた。



総社に響いていた“時”の音
総社の拝殿前には、左右に大きな太鼓が奉納されている。
最初は珍しい装飾だと思って見上げていた。
けれど後で知った。
この太鼓は、かつて“時刻を知らせるため”に実際に打ち鳴らされていたものだという。その名残で本殿の東西(左右)に奉納されたらしい
まだ時計が今ほど身近ではなかった時代。
人々は、総社から響く太鼓の音で時を知り、暮らしていた。
朝を知り、
昼を知り、
祈りの時間を知り、
一日の流れを感じていた。
つまり総社は、単なる神社ではなく、“町の時間そのもの”を司る場所だったのだ。
とても不思議だった。
神様を祀る場所が、人々の「時」まで見守っていたなんて。
左右に静かに置かれた太鼓を見つめていると、
今は聞こえないはずの音が、どこか遠くから響いてくるような気がした。
戦国の時代。
城下町が動いていた頃。
黒田官兵衛も、きっとこの音を聞いていたのかもしれない。



播磨の神々が集まる場所
“総社”という名前には、特別な意味がある。
かつて播磨国に祀られていた大小174座の神々を、この場所に集めて祀ったことから「総社」と呼ばれるようになった。
つまりここは、“播磨という土地全体の祈り”が集まる場所。
境内を歩いていると、普通の神社とはどこか違う。
ひとつの神様だけの気配ではなく、
もっと大きく、重なり合うような気の流れを感じる。
優しく包むような空気と、
どこか凛とした緊張感。
その両方が、この場所には存在していた。
黒田官兵衛が祈った神社
総社は、戦国時代の軍師・黒田官兵衛とも深い縁を持つ。
官兵衛は、豊臣秀吉から軍旗を許された際、父・職隆と共にこの総社で七日間祈祷を行ったと伝えられている。
命が消えることが当たり前だった戦国時代。
その中で官兵衛は、この場所で何を祈ったのだろう。
勝利か。
生き残ることか。
それとも、未来だったのか。
境内に立つ神馬像を見た時、私はなぜか“前へ進む力”を感じた。
今にも駆け出しそうなその姿。
まるで、
「止まるな」
「進め」
そう言われているようだった。
官兵衛の気配というのは、こういう“覚悟”の中に残るのかもしれない。
神門に宿る、美しさと威厳
住吉社と恵美酒社
境内の中で、私がふと足を止めた小さなお社。
そこには「住吉社」と「恵美酒社」が祀られていた。
住吉社の御祭神は、住吉三神。
古くから禊、海上安全、浄化を司る神様として信仰されてきた存在だ。
住吉の神様が祀られている場所は、不思議と“風”が気持ち良い。
この日も、境内を風が静かに吹き抜けていた。
まるで、心の奥に溜まっていたものを祓ってくれるみたいに。
そして恵美酒社。
祀られているのは「蛭児神(ひるこのかみ)」。
後に“えべっさん”として広く親しまれていく神様だが、その起源はもっと古い。
流され、それでも神となった存在。
だからなのだろうか。
このお社には、“もう一度立ち上がる力”のような空気を感じた。
御神水と、静かな浄化
私は神社へ行くと、必ず手水舎へ向かう。
水に触れると、その土地の空気が分かるから。
総社の手水舎は、とても静かだった。
水の音だけが響き、
風が吹き、
光が揺れていた。
神道において、水は「祓い」。
不要なものを流し、
本来の自分へ戻すもの。
占い師という仕事は、時に人の感情や痛みを深く受け取る。
だから私は、時々こうして神社へ来る。
神様に会い、
風に吹かれ、
水に触れ、
静かに自分を整えるために。
それは逃避ではなく、“戻る作業”なのだと思う。
総社は、そんな場所だった。
人生を動かしたい時。
流れを変えたい時。
自分を整えたい時。
きっと、この神社は静かに背中を押してくれる。
青空の下、
播磨の風は、今も変わらず吹いていた。
⛩️播磨の風と祈りの旅 2ー廣峯神社
総社を後にして、次に向かったのは廣峯神社。
姫路市の広峰山の山頂近くに鎮座する、国指定重要文化財の神社
麓から見上げるような場所にあり、参道は長く、坂も急で、登り着くまでが本当に大変だった
けれど、神社というのは不思議
楽に行ける場所ではなく、
少し息を切らしながら、
身体を使って、
一歩ずつ近づいていく場所ほど、たどり着いた瞬間に空気が変わる
大きな石の鳥居をくぐり、木々に囲まれた道を進むと、街の音すら忘れそうなくらいの空気感
風の音。
木の葉の揺れる音。
山道
まるで山そのものが、参拝する人の心を静かに整えてくれているよう




二千年以上の祈りを抱く、廣峯神社
廣峯神社のはじまりは、とても古い時代にさかのぼる
公式の由緒によると、今からおよそ二千有余年前、崇神天皇の御代に、素戔嗚尊と五十猛尊を白幣山に祀ったのが始まりとされている。さらに社伝では、神功皇后が三韓征伐へ向かう途中、この地で素戔嗚尊に勝利を祈り、帰国後に感謝の祭りを行って小宮を建てたとも伝えられている
つまり廣峯神社は、ただ古いだけの神社ではない
戦いの前に祈り、
無事に戻った後に感謝を捧げる。
「願い」と「お礼」が、長い長い年月をかけて積み重なってきた場所
山の上に立つ神社には、独特の力がある
下界のざわめきから離れ、
空に近い場所で、
人はようやく自分の本音と向き合える。
廣峯神社には、そんな“山の神域”としての厳かさがあった



吉備真備と、陰陽道の聖地
廣峯神社を語るうえで、欠かせない人物がいる
吉備真備公
奈良時代、遣唐使として唐へ渡った吉備真備公は、天平5年に帰朝する途中、素戔嗚尊の神託を受けたとされている。そして翌年、白幣山に社殿を建立し、「廣峯神社」と称したと伝えられている。
さらに真備公は、唐で学んだ陰陽道を日本に広めようとしたのだそうだ。
廣峯神社では、主祭神である素戔嗚尊を牛頭天王・武塔神に、奇稲田媛命を歳徳神に、そして八王子の神々を八将神に配し、“こよみを司る日本の暦神”として祀ったとされてる。そのため廣峯神社は、陰陽師たちが崇拝する聖地となったと公式由緒にも記されている。
ここで、私は深く頷いてしまうような感覚におそわれた。遠い記憶の中でまるで陰陽師の意識下に入り込むような
占い師として、暦を読む。
星を読む。
吉凶を見る。
人の運気の流れを見る。
その根には、古くから日本に流れてきた「陰陽」の思想がある。
光と影。
動と静。
天と地。
祓いと招福。
廣峯神社は、まさにその“暦と方位の根”に触れるような場所だった。
本殿に祀られる神々
廣峯神社の本殿は、正殿・左殿・右殿の三所に分かれている。
正殿には、素戔嗚尊と五十猛命。
左殿には、奇稲田媛命と足摩乳命。
右殿には、八王子神が祀られています





素戔嗚尊は、荒ぶる力と祓いの神。
災いを断ち、混沌を切り開き、
新しい秩序を生み出す神様
そして奇稲田媛命は、ヤマタノオロチの神話で素戔嗚尊に救われ、后となった女神。
恐れの中から救い出され、
新しい命の流れへ導かれる存在でもある
このご夫婦の神様が祀られているため、廣峯神社は縁結びの神社としても知られている
けれど私が感じたのは、単なる恋愛成就だけではなかった
“災いを越えて結ばれる縁”
“苦難の先に守られる絆”
そんな、もっと深い意味でのご縁だった
本当に結ばれるにはいくつもの山を障害を越えなければいけない?
よく「ソウルメイト」や「ツインレイ」には数々の障害があるように?
そんな言葉が浮かんだ、そして思い出したのは
伊弉諾尊と伊奘冉尊
歴史や縁、なぜここに。
青い空、雲ひとつない真っ青な空を見上げて思うことはそんなこと
良縁とは男女間の縁の事だけではない
人、もの、出来事、全てに纏わるもの
🌟陰陽九星詣り — 本殿裏で願いを囁く🌟
廣峯神社で特に有名なのが、「陰陽九星詣り」









公式サイトによると、廣峯神社では表参りで神様に感謝し、裏参りで祈願する作法があり、この裏参りを「九星詣り」と呼ぶそうで、本殿裏には九つの穴があり、一白水星から九紫火星まで、それぞれの九星の守護神が鎮座しているとされ、自分の生まれ星の守護神が鎮座する穴に向かって願いを囁きかけるのが正式参拝
あらかじめ自分の「九星」の「参拝セット」を授けていただき、同封されている祈願札に願い事を書く、それらを持って九星の拝殿に行き、願い事を書いた祈願札、お賽銭を穴へ授けて、願い事を囁くように3回ずつ唱える。
参拝セット内容
九星祈願札:自身の生まれ星の穴に入れ、願い事を囁くための祈願札。
九星御幣:願いを込めてお祭りするための御幣。九星守り:守護を祈るためのお守り
占い師にとって、九星はとても大切なもの
私の専門ではないけれど、「九星気学」に触れたような気になり、納得と深い意味に少し触れたような気になった
生まれ持った星。
人生の流れ。
方位。
運気の巡り。
そのすべてが、“自分がどこから来て、どこへ向かうのか”を静かに教えてくれる
廣峯神社の九星詣りは、ただ願い事をする参拝ではない
まず感謝をし、
その後で、自分の星に願いを届ける。
それはまるで、自分自身の魂の住所へ、そっと手紙を出すような祈りだと
「私は今、ここにいます」
「どうか進むべき道へ導いてください」
そんなふうに、本殿の裏側で願いを囁く。
表と裏。
感謝と祈願。
現実と見えない世界。
廣峯神社が陰陽道の聖地とされる理由が、身体で分かるような気がした
厄除け、方除け、病気平癒、そして道を整える神様
廣峯神社は、暦学の元宮ともされ、農耕を中心とした国民生産の神、吉凶の方位を示す方除けの神、牛頭天王の故事による病気平癒の神、海陸交通厄難除けの神として篤く信仰されてきたと紹介されている
ここでいう「方除け」とは、ただ方角の吉凶を見るだけではないのだ
人生には、進む方向を迷う時が誰にでもある
この道でいいのか。
この人でいいのか。
今、動くべきか、待つべきか。
そんな時、人は“見えない方角”を探す
廣峯神社は、まさにその方角を整える神社なのだと思った
厄を祓い、
病を癒し、
道を正し、
時を読む。
私にとって、この神社はとても特別な場所だった
なぜ此処にお詣りに来ようと思ったのか、今回の自分自身を浄化する場所に此処を選んだのか、分かるような気がした
自分に足りなかったもの
自分に必要な啓示
自分に気付かせる何か
を、今回の参拝で得たような、もっと「気を引き締め、浄化し、手放す」そのために、此処に来たのかもしれない
山頂に広がる、いくつもの社
廣峯神社の境内は、とても広く、山頂にひとつの神域が広がっているようだった
本殿だけではなく、境内にはいくつもの社が祀られている
石段を上り、
木々の間を歩き、
また別のお社に出会う。
そのたびに空気が少しずつ変わっていく
ある場所は強く、
ある場所は静かで、
ある場所は、まるで古い記憶を抱いているようだった
境内を巡るというより、
山そのものに宿る神々を訪ね歩いているような感覚
廣峯神社は、かつて鎌倉時代には播磨だけでなく、丹波、丹後、摂津、但馬、因幡、美作、備前、備後など広い地域から信仰を集め、その参詣の様子は熊野詣にも劣らないほどだったと伝えられている
それほど多くの人が、この山へ向かった。
願いを持って。
祈りを持って。
人生の節目を抱えて。
その気配が、今も境内のあちこちに残っているようだった
祇園信仰の源流として
廣峯神社は、「元祇園」とも呼ばれている
公式由緒では、『峯相記』に基づき、廣峯神社は京都の八坂神社の本家「元祇園」とされ、八坂神社に祀られる牛頭天王は廣峯神社から遷られたと伝えられている、と説明されている。
牛頭天王は、疫病除け、災厄除けの信仰と深く結びついてきた神格
つまり廣峯神社は、
祓いの神、
疫病を鎮める神、
災いを封じる神としても、長く人々に頼られてきた場所
今の時代も、人は見えない不安をたくさん抱えている
病気のこと。
仕事のこと。
人間関係のこと。
これから先の未来のこと。
だからこそ、こういう神社に来る意味があるのだと思う
神様にすべてを丸投げするためではなく、
自分の心を整え、
本来の力を取り戻すために。
登りきった先にあったもの
廣峯神社は、正直に言うと、簡単に行ける神社ではありませんでした。
参道は長く、坂も急で、登るだけで息が上がる。
でも、その大変ささえも、参拝の一部なのだと思えた
苦労して登る。
汗をかく。
呼吸が乱れる。
それでも一歩ずつ進む。
そして山の上で、神様に会う。
その時、心の中の余計なものが落ちていく
私はこれからも時々、こういう旅に出ると思います、「その瞬間」が忘れられないから
神社へ行き、
神様に会い、
風に吹かれ、
水で清め、
また自分の場所へ戻る。
人の心を読む仕事をしているからこそ、
まず自分自身を清めること。
それは、私にとって欠かすことのできない大切な祈りであること
廣峯神社は、
暦を司り、
方位を整え、
災いを祓い、
人の運命の道筋に静かに光を差してくれる場所
山の上で吹いていた風は、
どこかとても古く、
そして、とても優しく「賑やかな喧騒」から、ふと、見えた「一筋の光」のような場所だった
姫路方面に訪れる方がいるのなら是非、お勧めしたい神社です。
🧳旅の最後に
神様に会いにいく日
⛩️播磨の風と祈りの旅 — 須濱神社
総社、廣峯神社と巡り、旅の最後に私が向かったのは、姫路市林田町にある須濱神社
ここは、山の上に力強く鎮座する廣峯神社とはまったく違う空気を持つ神社
池の中にぽつんと浮かぶ小さな島。
水面に映る木々。
細い参道の先に、静かに佇むお社。
遠くから見た瞬間、まるで現実の世界から少しだけ切り離されたような、不思議な美しさがあった


この旅の最後に、なぜここへ来たかったのか。
それはきっと、総社で土地の大きな祈りに触れ、廣峯神社で山の神域と陰陽の力に触れたあと、最後に“水”の場所で心を静めたかったからだと思う
私の仕事は、人の心の奥にあるものに触れる
迷い、不安、悲しみ、怒り、願い。
そうしたものを受け取るたびに、私自身もまた、時々きちんと浄化される必要がある
だから神社を巡ることは、私にとって観光ではなく「整える」という儀式にも似ている
神様に会いに行くこと。
風に吹かれること。
水辺で心を鎮めること。
それは、また人の心を読むために、自分自身を清らかな状態へ戻す大切な旅
🌳池に浮かぶ、市杵島姫神のお社
須濱神社は、西池、または鴨池と呼ばれる池の中にある小島に鎮座している
この西池は、元和3年、1617年に林田藩祖・建部政長が干害対策として水路とともに築いたため池で、林田八景のひとつとされています。池を築造する際、その中に須浜形の小島を築き、市杵島姫神を祀ったのが須濱神社の始まりと伝えられている。
市杵島姫神は、宗像三女神の一柱であり、水の神、航海の守護神、そして弁財天とも習合されてきた女神
水。
芸能。
財。
美。
言葉。
祈り。
市杵島姫神には、そうした“流れ”と“響き”の力がある
占い師として言葉を扱う私にとって、この神様に最後に会いに行くことは、とても自然な流れだったのかもしれない
林田藩と水を守る祈り🙏
須濱神社の背景には、ただ美しい景色だけではなく、人々の暮らしを守るための切実な歴史がある
西池は、干害を防ぐために築かれた池だった。水は、田畑を潤し、人の命を支え、村の暮らしそのものを守るもの、だからこそ、その池の中に女神を祀ったことには深い意味があるのだろうと思う
「水をいただく」
「水に守られる」
「水を穢さず、大切にする」
そうした祈りが、この小さな島のお社には込められているのだと思う
池の南側には、池の築造由来などを記した「西池の碑」が残され、また三代藩主・建部政宇は、この池を眺めるための別荘として西御殿、発興亭を作らせたとも伝えられている
つまり須濱神社は、信仰の場所であると同時に、林田の暮らしと景観、そして藩の歴史を今に伝える場所でもあるのです。
弁財天の島に渡る



細い道を渡って、小島へ向かう。
その時間が、とても印象的だった
水の上を渡るという行為には、どこか“境界を越える”感覚がある
日常から神域へ。
外側の世界から内側の世界へ。
ざわめきから静けさへ。
小さな島へ近づくほど、音が遠くなっていくよう
木々の影が水面に揺れ、
風が葉を鳴らし、
お社は静かにそこに「確かに」あった
大きな神社ではない
けれど、その小ささがとてもよかった。



祈りというものは、必ずしも大きな場所にだけ宿るのではないのだと思う
誰かの暮らしを守り、
村の水を守り、
季節ごとに訪れる鴨を迎え、
静かにそこにあり続ける。
その姿こそが、須濱神社の美しさだ
鴨池という名前に残る記憶
西池は、鴨池とも呼ばれている
兵庫県神社庁の情報として紹介されている内容では、八代藩主・政醇のころ、この池で鴨を飼育し、領主居宅である発興亭から観賞したことから、いつしか鴨池と呼ばれるようになったとされていて、また、今も毎年10月から翌年3月まで数百の鴨が来遊すると紹介されている。
水辺に鳥が来る場所は、気がやわらかい。
命が集まり、季節が巡り、風景が変わっていく。
須濱神社は、ただ池に浮かぶ美しい神社というだけではなく、自然と人の暮らしが重なってできた祈りの場所なのだと感じた
🌳旅の最後にふさわしい、静かな神社
総社では、播磨の神々が集まる大きな祈りに触れ
廣峯神社では、山の神域に入り、陰陽道や九星、方位と暦の深い世界に触れた
そして最後に訪れた須濱神社では、水の上に浮かぶ小さなお社の前で、ただ静かに心を鎮めることができた
この三社巡りは、私にとってまるで、
土地に挨拶し、
山で祓われ、
水で清められる。
そんな旅だったように思う
私が「仕事」というよりは、「読む」側、人の運命や心の流れを読むためには、自分自身が濁っていてはいけない。
だから私は、これからも時々、神様に会いに行く旅に出ると思う
風に祓われ、
水に清められ、
木々に包まれ、
神様の前で、自分の心をまっすぐに戻すために。
須濱神社は、その旅の最後にふさわしい場所だった
水は浄化
静かで、優しくて、
水面のように、心の波を鎮めてくれる神社。
姫路の林田に、こんな美しい祈りの島があることを、私はきっと忘れないと思う
🌳あとがき
神戸から約2時間、同じ兵庫県ではあるけれど、遠い感覚、JRで行けば神戸からは45分だが、この3社を巡ろうと思うと結構な時間がかかり、兵庫県は広い‼️そう実感した小旅行でした。
けれど何故この3社に行こうと思ったのか、それはもう「行きなさい」と言われたとしか言いようがないんですけれど😅
でも本当に私が今まで巡って来た神社とは全く違う空気感があり、ある意味「別の世界」に行ったような、訪れたような。
最後に出会った弁財天さまの須濱神社で「ホッと」胸を撫で下ろせたような...総社も廣峯神社も緊張感がどこかあって「ピンっ」としていたような感じを受けました。
人が節目に立った時に訪れる神社なのだと自分なりに理解してお詣りさせていただきました。
