しじゅうくにち旅物語
第五話 地蔵菩薩(五七日ごなぬか)
てくてく歩いて行くと大きな光のようなものが見えてきました。
あ、光だ!あまりにも暗闇を歩いていたので光が見えたとたん小走りになりました。
そして....
そこに見えたのは.....
眩しい光を背にして大きな机の前に座っている大きな大きな人でした。
よう来たの、青空晴天信士。
旅はどうであったか?さぞかしどうなるのか心配でたまらなかっただろうな。
大きなとても太い声でその方は言いました。
はい、けれど何人かの仏様達に助けて頂きながらこうして此処まで辿り着けました。と深々とお辞儀をしながら答えました。
ふむ。わしは「閻魔大王(えんまだいおう)」と申す。聞いたことはあるか?
もちろんでございます。閻魔大王さまは子供でも知っているとても有名なお方ですので。お辞儀をしたままそう答えました。
そうか、それなら話しは早い、わしはお主が生前に行ったこと、言うたこと、全て把握しておるのだ、そしてこの笏(しゃく)によって六道のうちどの世界へ行ってもらうかを決める決定権を持つのじゃ。
ははー....仰せの通りに、と答えました。
内心はどこに行くのだろう...とドキドキしていました。
わしの後ろに6つの道があるのが見えるか?
え?と、頭をあげて立ち上がり閻魔大王さまの後ろを見るとなるほど6本の道がありました。
六道には
地獄道(じごくどう)
餓鬼道(がきどう)
畜生道(ちくしょうどう)
修羅道(しゅらどう)
人道(にんどう)
天道(てんどう)
が、ある。お主の行く道は生前の行い、つまり生きてきた言動で行く世界が決まっておるのじゃ。いづれの世界も苦しいことばかりの世界だが、それもお主が謂わば、自分で招いたこと、良いな?
そう閻魔大王は言いました。
どれもこれも恐ろしい世界のようだな....
どこの世界も苦しいのか....人の世界も苦しいとは。初めて知りました。
そこへ1人の大きな方がやって来ました。
右手に大きな杖(錫杖しゃくじょう)を持ち左手には大きな球(宝珠ほうじゅ)のような物を持っているとても優しいお顔の方です。
遅くなったな、赦せよ。
そのお方は優しいお顔で言いました。
え?いいえ、とんでもない、来てくださりありがとうございます。と言って深々とお辞儀をしました。はて?このお方は?
と思っていると、
私は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)と言います。貴方を六道の世界から救う為にやって来ました。
お地蔵さま?なんと、お地蔵さまだったのか、日頃見かけるお地蔵さまとは全く違いとても神々しくそして凛々しいお顔立ち....
ほほほ...そんなに見つめられるとは、日頃見かける地蔵とは似ても似つかぬと思われたか?
あ、いえ、そんな...あ、はい、あ、ごめんなさい、ごめんなさい。
これならどうじゃ?
とお地蔵さまはいつも田んぼの畦道の岐路に立っている可愛らしいお顔のお地蔵さまに姿を変えました。
おぉー、なんともったいない、可愛らしいお姿をみて、そんな、元にお戻り下さい、と手を合わせてお願いしました。
そうか?まぁ良いではないか。地蔵菩薩さまは答え閻魔大王にこう尋ねました。
さて、閻魔大王、この者の判決はどう出ておりますか?今、この場で告げて欲しい。
ふむ、この者の判決は笏によると....地獄道じゃな。閻魔大王は答えました。
ひぃーー地獄道!!それを聞いて震え上がりました。頭の中が真っ白になりどこかの本で見た地獄絵図が頭に浮かび心底怖くなりました。
もう立ち上がることも出来ず、涙がボロボロ溢れて来ます。何と私は酷い行いをして来たのだろうか....
閻魔大王、お願いでございます。私を身代わりに、この者はこの35日間心を綺麗に磨き、尊格に出会う度に悟りを開き、仏として修行をする決心も固く、普賢菩薩様に会ってからは緋色の衣にも着替えております。どうかご容赦をと言い、閻魔大王に向かって深々とお辞儀をして懇願しました。
地蔵菩薩さまの言葉にびっくりして思わず顔をあげ、地蔵菩薩さま!それはなりません!私の行いが悪かったのです、だから地獄へ落ちるのです、仕方がないことなのです、私なんかの身代わりになんかなってはいけません!涙ながらにそう言いました。
地蔵菩薩さまはニッコリと微笑み、こう言いました。
良いのです、言ったではないですか、私は貴方を六道から救いに来たのだと。私は人をずっと見守り、時に身代わりになる事が使命なのですよ、この六道の入り口には私の仲間、地蔵菩薩が立っているのですよ、そこへ行こうとする者の身代わりになる為に。人の世界で地蔵が6体並んでいるのを見かけたことがあるでしょう?
あの6体にはちゃんと意味があるのですよ。とまた、ニッコリ微笑まれました。
そうか、そんな意味があったとは....お地蔵さんを見かけても何も思わず通り過ぎていってた生前の自分を思い出し後悔の念が込み上げてきました。
私がこの者の罪を全て引き受けましょう。ですからお願いです、この者を極楽浄土へ引き上げてください。
そう地蔵菩薩さまは閻魔大王さまに言いました。
ふむ。地蔵菩薩よ、お前はいつも人の罪を背負い身代わりになるが、それで良いと思うのは何故じゃ、ちゃんと生前の行いに合った道へ行かせるのが正しい選択とは思わぬのか?
私達7日毎の尊格は人から魂になり、出家した魂を仏の道を歩いていく準備が出来るように導き、経典から仏道について学ばせ、悟りを開かせるように更に導き出しながらここ迄歩いて来させて来ました。この者の犯した罪はこの35日間で悟りと共に拭い去られております。なので生前の行いの罪は私が代わりに償いましょう。どうかこの者を極楽浄土へと導く為に次の尊格に引き渡す許可をいただけませんか?
閻魔大王は、この者の輪廻転生(りんねてんしょう)をさせず極楽浄土へ導き仏道への修行を続けさせるということだな?
その通りでございます。どうか寛大な判決を、と言い再度頭を下げました。
このやり取りを聞いていた旅人はなんというお優しい方だろう...あまりに有り難くて言葉にならず、ただひたすらに「ありがとうございます、ありがとうございます」と座ってずっと泣いていました。
さぁ、頭をあげてお立ちなさい、綺麗な手を差し出しそう地蔵菩薩さまは言いました。差し出された手はとても温かく、涙を拭いた手を乗せるのを躊躇しましたが、手を重ねてはい、と答えて立ち上がりました。
さて、青空晴天信士
おぬしは地獄へ行くはずが、地蔵菩薩の慈悲によって免れたことになるのぉ、この選択がおぬしを助けた地蔵菩薩の為にも正しいと思いたい。これより先に浄土へと導くもの、そして仏になるための身を快癒してくれる者に出会う事になる。お主は心身共に仏になることを此処に誓うか?
はい、誓います。
震えながら泣きながらそう答えました。
よし、それではおぬしを信じよう。
本当の仏となれるように精進せよ。
これにて判決を終える事とする。
名前の通り大空を晴天にするが如く、大きな仏になれるように心がけて行くが良い
そう言うと閻魔大王はすぅーっと消えてしまいそこには一本の暗い道になりました。
腰から力が抜けてへなへなと座り込んでしまいました。
なんと恐ろしい....閻魔大王はいつか見た絵と全く同じ風貌をしていました。
何がなんだかわからないままにぼーっとしていると、
地蔵菩薩さまはその姿をみて元の本来の姿にお戻りになり言いました。
さぁ、私はもう行かねばなりません。
閻魔大王さまとのお約束を果たさねばなりませんからね、そう微笑まれました。
これから先はしばらく1人で歩いて行きなさい。そのうち次に出会う尊格さまが迎えに来ているはずです。気をつけて行ってくださいね。
ありがとうございます
ありがとうございます
本当に
ありがとうございました、なんとお礼をすれば良いのでしょう。私なんかの為に....お地蔵さま....
もう泣くのはおやめなさい、立ってしっかり歩いて行くのですよ。
良い仏様になれるように祈っています。
そう言って地蔵菩薩さまはトンっと杖で地面を叩きニッコリ笑って私は私の使命を果たさねばいけません。
と、言い残すと闇の中へ消えていってしまいました。
旅人は誰も居ない闇に向かって長い間手を合わせ御真言を長い時間唱え続けました。
そして気付いたのですが、真っ暗だった道がほんのり明るくなっているのに気付いたのです。
きっと地蔵菩薩さまが地面を叩いてくれたからだと思いまた涙が止まりませんでした。
勇気を出しすっくと立ち上がり仄かに光る道を再び歩き始めました。
しっかりせねば、お地蔵さまのご慈悲に報いる為にも。そう決心して。
