仮面をかぶる人々
はじめに
『桐島、部活辞めるってよ』を読みました。(聴きました。)
面白かったので記事を書きたいと思います。
概要
物語は、高校の学生生活。
人は、他人と一緒に過ごしながら、擬似社会を形成しています。
部活を辞めたレギュラーのあと、自分が試合に出られるようになる。それに対して、『嬉しい』のか『悲しい』のかもわからず、心を偽る者。
部活中に外を見ながら、遠くで憧れの男子を見守っている女性。密かに恋心を抱きながら、誰にも好きな気持ちを言えず、話し掛けることもできず、現実を知って落ち込む者
学生カーストを意識して、なるべく目立たないように過ごすことを意識しつつ、好きな子への恋心を抱きながらも、諦めを抱える者
事故で家族を亡くし、母親が錯乱して、死亡した子供と生き残った私の記憶をすり替えてしまう。そして、その亡くなった姉を演じ続ける者
なんでも出来て、周囲から羨まれているが、実は本気でやっても成果が出ない可能性に恐れを持って過ごす。それを、学生カーストが低い、好きな事に熱中している生徒から思い知らされて、自己認識に悩む者。
周囲との雰囲気を感じながらも、上手く立ち回り過ごす者。
ありがちな学生生活の仕組みや人間模様を裏側から描いた作品。
こういうことあったよね!なんでそんなこと気にしたんだろうと言いたくなるような言葉の数々が収められていました。
社会でもありがちな世界
この物語は、確かに学生生活でありがちな一面を丁寧に書き出しています。
しかし、日本人としては、避けては通れない道であるとも言えるのです。
つまり、全員が多かれ、少なかれ『仮面を被って生きている』のです。
・誰かに嫌われないかな?
・傷つけてしまわないかな?
・私なんかが話し掛けたら迷惑かな?
・馬鹿にされてしまうのではないか?
・目立つと虐められるのではないか?
など、様々な感情を人々は持っていると思います。
その反面、こんな風に生きたいという願望もあり、そのギャップに失望や悲しみを覚えて悩むということは、往々にしてあるでしょう。
しかし、本当にそんな仮面を被る必要があるのかは、実際にはわからないことなのです。
この物語でも、仮面を被って目立たないようにしていた生徒にクラスでも中心人物が憧れを抱くシーンがあります。
我々は、何をそこまで恐れて暮らしているのでしょうか。
上手く生きていきたい。
私も仕事や人間関係でもめることが苦手です。
面倒くさいやその方が楽などと言い訳をいいますが、実際は嫌われるのが怖かったり、社会と分断されるのを恐れているのです。
実際はそれで、起こっている支障に気付くこともなく、何事もないように取り繕って生きているのでしょう。
そんな上手く生きていきたいという想いは、本当に社会の善なのでしょうか?
人はもっと好きに生きて良いのかもしれません。
あなたがあなたらしく居てくれる方が喜んでくれる人が多いのかもしれません。
その一歩がとても重いことが、我々を苦しめていることが多いことを否定できません。
対人関係の悩みは尽きないけれど、力を抜いて、しっかりと自分やシステムに向き合うことの大切さを再確認しました。
我々は、仮面を脱ぐことも必要なのかもしれません。
