『銀髪の勇者エレナ』 序章 【王を暗殺する勇者】
【あらすじ】
魔王軍の脅威が迫る中、リベルダール国王レオンハルトは歪んだ美意識に取り憑かれ、無意味な勇者選抜試験を繰り返していた。
そこに現れた美しき銀髪の戦士エレナ。王に認められ勇者となった彼女の隠された使命はレオンハルトの暗殺だった。様々な思惑が交差する中、エレナはレオンハルトにとどめを刺す。
魔王の力を封印すると伝えられる勇者の指輪を王妃と共に覚醒させ、最強戦士アルスと共に魔王軍討伐の旅に出る。旅のなかで困難に立ち向かい、真の勇者への道を歩き始めた。
成長を重ね魔王軍との戦いのなかで徐々に明らかになっていく世界の真実。月の光と同じ光を放つ勇者の指輪と王家の指輪の秘密とは。
正義と悪の枠を超えた戦いが今始まる。
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『銀髪の勇者エレナ』 序章 【王を暗殺する勇者】
『勇者選抜試験 最強の戦士アルス』
「王都リベルダール勇者選別試験を始める、一人目入れ!」
宰相のマルチネスが手にした杖で2回床を叩き、鋭い声で叫んだ。
その声は城内でしばらくこだまし、召使いの女たちは怯えた顔で姿勢を正す。隣に座る妻は表情一つ変えない。
目の前には赤い絨毯がひかれ、途切れることなく鋼鉄製の扉まで続く。絨毯を挟んだ両脇には隙間なく兵士が並び、玉座の横には召使いの女が左右10人ずつ広がっている。
……どうせダメだろうな。
俺は玉座に腰を下ろし、肘掛けで頬杖をつきながら待つ。
はたしてどんなやつが来るか。
「失礼します!」
腹に響く声とともにギギギ……と鈍い音を立て扉が開く。
「おお……!」
宰相や召使いどもが小さく声を上げる。男だ。
背丈は見上げるほど高く、腕などは俺の太ももより太いのではないだろうか。背中に付けた大剣がその者の筋力を想像させる。
マルチネスが叫ぶ。
「レオンハルト王に敬礼!」
その男は素早く片膝をつき視線を下げた。
「名を名乗れ!」
「アルスと申します!」
声に力がある。言葉に巨大な太鼓を叩くような重さを感じる。
「おいお前、俺の目を見てみろ」
アルスは人の頭程もある肩をビクリとさせ、こちらにゆっくりと視線を向けた。
アルスの顔に表情はない。
しかし目が合った瞬間撃ち抜かれるような感覚に襲われる。飛竜や魔獣と対峙することがあればこのような感覚になるのかもしれない。
なるほど、確かに強いのだろう。
……だが、それだけだ。
「おい」それだけつぶやくと兵士が歯を食いしばりながら5人がかりで銀の盾を運んで来た。慎重にアルスの目の前で構えられる。
巨大な体躯を持つアルスだが、銀の盾の前ではその姿がすっぽりと収まっている。
ボソリとつぶやく。「アルス、斬ってみよ」
アルスは首を少しだけコクリと動かし立ち上がる。表情はない。
背丈よりも長く、そして拳より分厚い大剣を片腕で音もなく引き抜く。天高く振り上げた瞬間に大剣は振り下ろされ、鼓膜を突き抜けるほどの金属音が城内を暴れ回る。
背筋が凍りつくような地鳴りを響かせながら銀の盾は粉々に砕け散った。
兵士らは恐怖と感嘆の声を上げ、女は悲鳴を上げた。
アルスは俺を見つめて静かに言った。
「レオンハルト王、どうか私に魔王討伐の許可を。そして勇者の指輪をお授けください」
指輪か。右手に付けた王家の指輪を眺める。赤く、禍々しい光を鈍く放っていた。
城内にはまだ銀の盾を砕いた金属音の残りかすが舞っている。
アルスの顔を見た。まばたき一つしない。美しさのかけらもない。
「力はわかった。次は俺の右側にいる女を全員斬れ」
女はヒッっと声を震わせ、アルスは俺を獣のような目で睨みつける。なんて醜い目だ。吐き気がする。
「やれ」
アルスは睨みつけたまま低く答える。
「……できません」
「魔物のなかには美しい者もいると聞いている。ここにいる女たちより数倍も。そいつは男を惑わし、死の間際には泣き叫び命乞いをするそうだ。女を斬れないようでどうする?」
アルスは動かない。ロウソクにともされた炎がゆらゆらと揺れていた。
「もういい、消えろ。男臭くてかなわん」
マルチネスが俺に言う。
「レオンハルト様、アルスのような人間はそうはおりません。今まで幾度となく勇者選別試験を繰り返し、帰って来たものはいないではないですか。アルスなら魔王討伐を成し遂げるかもしれない。どうかお考え直しを」
マルチネスが、俺の目を真っ直ぐに見ている。俺に意見するのがよほど怖いのだろう。決意を感じる目だ。
「マルチネス、壁に並んでる歴代の王たちの絵を見ろ。王が生まれるたびに魔王もまた生まれ、その度に勇者を選び討伐してきた」
壁に並んだ絵に目をやる。どいつもこいつも汚らしい勇者と一緒にこちらを見ている。
「王家の指輪と勇者の指輪はふたつで一つ。俺が認めた奴しか勇者の指輪は目覚めない」
こんなデカい男を俺が?冗談じゃない。
「俺は壁にぶら下がった歴代の王とは違う。アルスが魔王を倒したとしてもこんな獣のような男と後世まで恥を晒すことを思うと虫酸が走るよ」
アルスを見る。眉一つ動かさない。かわいげのかけらもない。
「俺が求める勇者は女だ。それも誰もが恐怖するほどの美貌の持ち主でなければならない。技術などあとからどうとでもなる。何よりも優先するのは美しさだ」
アルスに目をやる。
「お前なんかに勇者の指輪はやらん。消えろ」
「レオンハルト様、本当にいいんですね?」
マルチネスがまた俺に意見する。どいつもこいつも芸術がまるでわかってない。
「当たり前だろう。なぜ俺がこんな男に指輪を?おまえは美しいと思うのか?冗談じゃない。国が滅んだほうがまだマシだ」
「……本当に、よろしいのですね?」
答えるだけ時間の無駄だ。息を吐き舌打ちで返した。
ギギギ……と鈍い音が響き、静まりかえった城内からアルスは消えていった。
※ ※ ※
マルチネスはセレーナ王妃に視線を向けた。
王妃はこちらを見て小さく頷く。表情は全く変わらない。瞳の奥に強い意志が宿るのを感じる。決意は揺らいでいない。
レオンハルト王に目を移す。
玉座に足を組んで座り退屈そうに舌打ちを繰り返している。チッと聞こえるたびに落胆と怒りが沸き上がり体が熱くなる。
……レオンハルト様、最後の試験は与えました。あなたはほんとうにどうしようもない王だ。
『深夜の作戦会議』
―――
最終試験2日前、深夜。
星が瞬き、月は紫色に染まっている。雲は月を中心に渦のようにまばらに広がり、獣たちのうめき声が時折聞こえる。
街の外れの古びた廃屋に、勇者選抜試験に参加する全ての人間が集められた。金を積まれた王の近衛兵を除いて。
アルスやほかの勇者志願者も参加している。
マルチネスは皆の前に立ち、よく通る声で静かにはなしはじめた。
「みんなよく集まってくれた。ここから話すことは全て内密にしてくれ。魔王の手はすぐそこまで迫っている。もう時間がない。」
集まった一人ずつの顔を見る。震える者もいるが皆マルチネスの次の声を待っている。
「わかってると思うがレオンハルトはもうダメだ。勇者選抜試験での基準はいかに美しいかであり、国のためになどという思いは微塵もない。これまでの勇者は全員隣町にたどり着くことさえできずに息絶えた」
マルチネスは言葉を口にしながらレオンハルトの顔を思い浮かべ、怒りで拳を握りしめた。
「王には死んでもらおうと思う」
兵士の何人かが小さく頷くのが見えた。アルスが声をあげる。
「確かにあの王はクズだ、どうしようもない。しかし王が死んだあとはどうする?お前が指揮を執るつもりか」
低く響く声だ。目を見るだけで逃げ出したくなる。マルチネスは表情に出ないように努めた。
アルスが続ける。
「それに王妃はどうする。あの人は民を想い、民のために尽くされているではないか。あの方の悲しむ姿を見たら国民が黙ってはいない」
その時、召使いの女性の中の一人がフードを、取り立ち上がる。セレーナ王妃だった。
「私がマルチネスに相談しました。」
皆、目を丸くしている。アルスは驚き尻もちをついた。
「あの人に国を任せてはいけません。魔王がすぐそばまで迫っているのに何も考えていない。いつまでも歪んだ美意識に取り憑かれ、夜になると嫌がる女性を部屋に連れ込み遊戯にふける」
王妃は真っ直ぐに前を見ていた。
「レオンハルト王を殺してください」
そう言ってゆっくりと頭を下げた。
しばらく沈黙が流れた。外では獣たちの争う声と静かな虫の音が入り乱れている。
アルスが口を開く。
「どうやって殺す」
マルチネスが深く呼吸をして咳払いをしたあと続ける。
「まず、アルス。お前が選抜試験を受けてくれ。お前はこの国で最強の戦士だ。魔王がすぐそばまで迫る現状で倒せるのはアルスしかいないだろう」
王妃はアルスの目を見つめている。アルスは思わず下を向いた。マルチネスが続ける。
「だが王はアルスを選ばない。王が勇者を選ぶ基準はいかに美しいかだ。美しい勇者と並んで壁の絵となり後世に見せつけたい。それしか考えていない」
マルチネスは首を振る。言葉を口にしながら信じられない気持ちだった。
「王が指輪を持っている以上、勇者の指輪の覚醒はない。何かあれば指輪を振りかざし誰も何も言えない状況が続いている」
ふっと短く息を吐き、アルスの後ろに視線を合わせた。
「そこでアルス、お前の後ろにいる志願者に協力してもらう」
アルスは後ろを見た。女性だ。髪は銀色で月の紫色を、反射している。手足は長く肌は白い。
「名はエレナ。お前に王を仕留めてほしい」
※ ※ ※
私は宰相に呼ばれゆっくりと立ち上がる。皆の視線が私に集まる。
王妃と目が合った。その顔に感情をうかべないまま淡々と語る。
「エレナ、あの人はきっとあなたを勇者として認める。そして勇者の指輪を渡すはず。その瞬間は近衛兵も近づけないはずよ」
確かに私を見ると男たちの目の色が変わる。何度もその顔を見てきた。
女好きのレオンハルトであれば尚更だと自分でも思う。
でも、クズのような男だけど自分の夫を殺してくれと言うこの人の心の色は一体何色だろうか。
瞬きすらしない瞳からはその想いを感じることはできない。
……一つだけ納得できない。
「マルチネス宰相、作戦には従います。私が王を殺します。しかし……」
アルスが私を見ている。噂には聞いたことがあった。とんでもない男がいると。誰もが魔王を倒せるのはアルスしかいない、そう言っていた。
私だっていままで剣を振り続けてきた。それは王を殺すためではない。
「アルスしか魔王を倒せないとは思わない。私が魔王を倒してみせます」
悔しい。どれだけ腕を磨いても容姿ばかりが褒められた。誰も私の剣に興味がない。
マルチネスは首をコクリと動かした。
「エレナ、お前は確かに強いのかもしれない。だがアルスと比べどうだと思う?」
アルスを見下ろす。座っているもののその分厚い背中からただならない恐ろしさを感じる。
でもここで引くわけには行かない。拳を強く握り、腹に力を込めた。
「やってみなければ分からない」
アルスは顔を上げゆっくりと立ち上がる。さっきとは一転して私はほぼ垂直に顔を上に向けた。
圧倒的だった。アルスは凄むでもなく、ただ私を見ている。でも動けない。体が自分のものじゃないみたいに言うことを聞かない。恐怖がじわじわと広がっていく。
「やってもいい。が、どうだ?今お前は俺を斬れる距離にいる。斬れそうか?」
手が震える。動け、動け。
なんとか剣を手にし、腰につけた革製の鞘から引き抜く。いつもなら音もなく引き抜けるのにガサガサと鳴った。
なんとか構えることは出来た。でもそこまでだった。体中の震えが止まらず冷たい汗が背中を流れる。
アルスが笑ったように見えたあと、マルチネスがアルスに尋ねた。
「どうだ、エレナは」
アルスは私を見たまま答えた。
「……なるほど、正直驚いた。構えを見ればわかる。相当な腕だ。度胸も半端じゃない。エレナ、教えてくれ。何年剣を振った」
「三年だ」
アルスは急に笑顔を浮かべ、ハハハと笑う。私は何が何だか分からないままアルスの顔を見ていた。
「まぁ、この国の周りは強力な魔獣で溢れている。隣町までたどり着けるかは分からないけどな」
そう言って目を細めた。
認めてくれたのだろうか。それともヒヨッコだと笑われたのか。
その後アルスは私の肩をポンポンと叩きマルチネスと向き合った。温かい手だった。
「話は分かった。俺が口を挟むことではない。だがエレナが指輪を授かるのなら勇者はエレナがなるべきだ。俺は俺のやり方でやらせてもらう」
……認めてくれた?分からない。もう剣を持っていられなかった。体の一部になるまで振り続けた剣が手のひらから滑り落ち、カランと音をたてて床に落ちる。足の力がすっと消えて膝をつく。視界がぼやけて床の剣がグチャグチャになった。
こんなに違うんだ。全然足りなかった。
……怖かった。
不意に視界の隅が黒くなり肩に何かが触れた。暖かかった。なんだろう?顔を向けたら王妃の顔があった。
膝をついた私を王妃は下から覗き込む。すこし、目が赤い。
王妃は震える私の手をとり丁寧に撫でる。ゆっくりと。
「エレナ、ごめんね。こんなことお願いして。でもあなたしかいないの」
私はぼーっとしたまま静かに頷いた。
スーッと顔を近づけて王妃が私だけに聞こえる声で囁く。
「私ね、毎晩あいつのことどう思ってたか教えてあげる」
さっきまでの王妃の声と違う。唇が耳に触れるほどの近さだった。
「早く死ねばいいと思ってた」
思わず目を見開いた。皆から愛されるあの王妃の言葉とは信じられない。
「エレナと私だけの秘密よ」
王妃が離れて口の前で人差し指を立てたあと二回ウインクをした。
いたずらに笑ってる顔を見て、つられて笑った。
アルスに目をやると目があった。さっきの威圧感は微塵もない。私を見て静かに頷いている。
一体どういうことだろう。
マルチネスが咳払いをコホン、コホンと二回する。
「ここからはみんなに選抜試験当日仕込んでおいて欲しいものがある」
マルチネスはうっすら笑みを浮かべたあと大きな布袋からトマトを取り出した。
アルスが目を見開いて聞く。
「トマト?」
「そう、トマトだ。これを皆に配るから、選抜試験の日に袋に詰めてぐちゃぐちゃに潰してくれ。そしてこうやって……」
マルチネスはトマトを袋に入れぐちゃぐちゃに潰したあと上着を引っ張り腹のところに滑り込ませた。
「こうやって腹のとこに入れてくれ。レオンハルトは選抜試験で人を斬って見ろと必ず言うからな。皆、腹のところにトマト袋を仕込むから、エレナはこの膨らんだとこを少し斬ればいい。そうするとトマトがドロドロ流れるから」
こんな子供騙しで?レオンハルト王が?
「そんな……トマトなどで騙せるのですか」
マルチネスは舌を出しておどける。
「レオンハルトは本物の血を見たことがない。トマトの血しか知らないのさ」
あまりの間抜けさに口がだらしなく開いていた。隣を見たらアルスも同じ顔をしている。
作戦会議がおわり皆が帰った後、アルスが少し話をしないかと聞いてきた。
やっぱりかと思う。
男はみんなそうだ。唇の形が綺麗とか目が大きくて吸い込まれそうだとか、私と目が合うと途端に態度を変える。
いつの間にかそれを嬉しいとか不快だとか思わなくなった。利用できるものはなんでも使う。
いいだろう。
最強のアルスであろうとその時にはスキができるはず。さっきの屈辱はまだ胸に焼き付いている。
顔ぐらい殴ってやろうか。
アルスが廃屋から少し離れた丘に腰を下ろし紫の月を眺めている。
「来たか」 アルスが振り向いた。
……ちょっと探ってみるか。王妃のマネだ。片目を2回閉じて笑って見せた。
「……どうした?実はおまえに伝えておきたいことがあってな」
アルスは少しだけ不思議そうな顔をしたあとまた月を見ている。
もしかして私、勘違いしてた?
ウインクまでした自分がバカみたいだ。顔が熱くなる。
「おまえは震えていたが俺を相手に構えることができた。そしてあの時の目。俺は怖いと思ったよ。気を抜いたら斬られるとな」
信じられなかった。私は恐ろしくて震えることしかできなかったのに。アルスも怖かったなんて。
「俺は勇者に選ばれることはないだろう。この国を救えるのはお前、エレナだけだ。……頼んだぞ」
アルスは立ち上がってグーっと背伸びをした。気が抜けるほどの穏やかな顔で。
「それだけだ、魔王討伐の際には俺にできることがあればなんでも言ってくれ。できることはなんだってやる」
それだけ告げると帰って行った。 意外だった。アルスも怖かっただなんて。
月明かりに照らされる大きな背中を見ながら、今はやれることをやろうと心に決めた。
いつの間にか獣たちのうめきは消え、ただ風の音だけが舞っていた。
レオンハルト王を、私が斬る。
『王を暗殺する勇者』
※ ※ ※
勇者選抜試験当日。
「次の者、入れ!」マルチネスが杖を2回突き鋼鉄製の扉がギギギ……と開く。
さっきのアルスはありきたりな男だった。またどうせダメだろう。
……あ、これは。思わず目が開き息を飲んだ。
光のなかに薄く映るシルエット。髪が長く、手足がずらりと伸びている。女だ。
思わず玉座から腰が浮きそうになるのをグッとこらえた。マルチネスを見て妻に目をやる。気付かれていない。心臓の鼓動が速くなる。
顔が見たい。髪の色、銀髪か!天井窓のわずかな光を受けてキラキラと星のように瞬いている。
ゆっくりと歩いてくる、それだけでわかる。猫のようにしなやかな動き。たまらない。
肌、白い。透けるようだ。一点の綻びも無い。
なんだこれ?
女がうつむいたまま膝をつく。じれったい。早く顔が見たい。
呼吸が荒いのが自分でわかる。凄いぞ、これ。
マルチネスが叫ぶ。
「レオンハルト王に敬礼!」
しなくていい、どうでもいい、早く顔が見たい。
「名を名乗れ!」
名前?ああ、なまえ。名前は聞きたい。
「エレナと申します!」
……エレナか、名前もいいな。声もいい。
もう喉カラカラ。俺、声出るかな?
「お、俺を、見ろ。め、目を」
エレナがゆっくりと顔をあげる。サラリと落ちていた銀髪が体に吸い寄せられて行く。
顔、見えた!なんだこれ?
瞳は大きく黒に星が散りばめられている。こんなに鼻筋がきれいだなんて……。唇の形も色も大きさも……。
こ、これは。奇跡だ。俺が待ち焦がれていた女。
マルチネスがコホンと咳払いをする。邪魔だ、うるさい。
「レオンハルト様、選抜試験を」
選抜試験?なんだっけ?ああ、勇者か。
「盾、たてはもういいだろ。あんな物はお、お遊びだから。人を斬れそこの、俺から見て左のそいつ。斬れ」
言った瞬間、女が剣を抜き兵士を斬った。凄く速くて、髪がフサってなってる。なんて美しい。
水気のある血が腹からドシャっとこぼれ落ちた。
「おい、次、あいつ、そう奥の兵士。斬れ」
斬れの、れのとこでもう斬れてた。速、何こいつ?ほっぺたにちょっと血がついてる。エレナはそれをペロリと舐めた。
え?舐めたの?斬りながら人の血を?
「おい、こいつ、この女斬……」
目の前にもう来てる。来てるよ。
銀髪がふわっと鼻先をかすめる。良いニオイがする。極上の女のニオイ。
表情一つ変えずに女を斬りつける。速すぎて剣先が見えない。
みつけた。ついに見つけた!俺の勇者。これだこれだ。俺の芸術。俺とコイツが並んでる壁の絵。
想像しただけで吐きそうなくらいたまんない。
「ま、マルチネス、どうだ?決まりだ、決まり。だってすごいんだから」
マルチネスは長く瞼を閉じてニッコリ笑う。
「そうでしょうね。勇者、決定です」
「だよな!そうだよな!ははは!凄いんだもの」
マルチネスが何か指をさしてクイッてしてる。
なんだっけ?あ、指輪だ、そうだそうだ。
「おいお前、えと?エレナか。おいこっち来い。こっち。これ指輪だから、勇者の指輪。これやるから、な?もっと、もっと近くに来て。これで魔王の力弱くなるから、な?この国を滅ぼす奴、みんな倒してくれよ。で、絵をさ、壁の絵になろう。俺と一緒に」
エレナが指を差し出し俺を見つめている。なんて綺麗な瞳なんだ。吸い込まれそうだ。
俺の王家の指輪を見たあとに、対となる指輪を天窓に向けて掲げる。
太陽に照らされた指輪は淡く輝き光の粒となったあとに消えた。エレナがぼんやりと赤い光に包まれる。指にその光が集まり勇者の指輪となった。
「わかりました。必ずこの国を滅ぼす者を全て倒します」
いい声だな。いいニオイ。
王家の指輪の対となる勇者の指輪がエレナの指にはまっている。俺たちはいま、繋がったんだ。
俺の勇者は誰よりも美しい。この先俺は永遠に誰もが羨む王になる。
笑いがこみ上げる。城に響くように声をだし笑う。
……あれ?何、この感じ?腹にトガッた物が当たった?
ゆっくりスーッと入ってきてない?いた、痛い。
なんだろうこれ。知らない感じ。体の奥が刺されたように痛くて、息ができないんだけど。あれ?
なんかさ、ヌルヌルしてるけど。
エレナを見る。まだ俺を見てる。
「約束通り、この国を滅ぼす者を倒しました。まずはレオンハルト王、あなたです」
下を見る。赤い。周りを見る。みんな手を上げてなんか叫んでる?聞こえない。
国を滅ぼす者って何?あ、俺か!俺が滅ぼすのか。そういうことね。
視界は四隅から黒くなり、最後まで真ん中にのこった勇者の顔は恐ろしいほどに美しかった。
🙋 読んでいただきありがとうございました!
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