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正論をふりかざす人

正論をふりかざす人について考えてみました。
正論で相手を追い詰める人は、正しいことを伝えたい人とは言えません。


誰が聞いても正しいよね?


この表現には、


自分は間違っていない



という考えが現れています。

正論そのものは悪くありません。

ですが、正論を使って相手を圧倒しようとする時、相手を負かしたいわけでなく、そこには別の目的が潜んでいることがあります。


相手と向き合うためではなく、

自分の立場を守るために正論を使っています。




承認欲求が強く働いていると、相手の言葉を冷静に話を聞く余裕がなくなっていきます。

その結果、相手の気持ちや背景を見る前に正論で押さえつけようとします。

話し合いに見えて、実際には相手を黙らせる関わりになってしまいます。


正論で追い詰められる側は、徐々に言葉を失っていきます。

説明しようとしても「違う」と返され、
背景を伝えようとしても「言い訳はいらない
と止められます。

すると、自分の言葉が間違いのように感じてきます。

話し合っているはずなのに、相手に圧倒されてしまう…これは話し合いではありません。

正論を言っている側は、冷静・論理的・筋が通っていそう見えます。

その一方で、追い詰められた側だけが、感情的・説明できない・分かっていないと見られます。



一方で、承認を相手から奪わなくてもいい人は、正論を使って人を追い込む必要がありません。

意見が違っても、自分が否定されたわけではないとわかっています。

相手が違う考えを持っていても、

自分の価値が下がるわけではありません。



そう感じられると、話を聞く余裕が生まれます。

相手の意欲や背景を見ながら、どうすればお互いに良くなるか?という視点で関われるようになります。



もし身近に正論で追い詰める人がいたとしても、あなたが悪いわけではありません。

相手の中で承認欲求が強く動き、正論を使って自分の立場を守ろうとしているだけです。


正論で押さえ込まれたときほど、まずはその構造を見ることです。

この人は今、話し合いをしているのか?それとも、正論で自分の立場を守ろうとしているのか?

そこを見ると、苦しさの正体が分かりやすくなります。 



もし、自分が誰かに正論をぶつけそうになったときは、

自分は相手を理解したいのか?

                        or

自分が正しいと認めさせたいのか?

そう一度だけ自分に問いかけてみることです。

一度発した言葉は取り消せません。


一度立ち止まることで、正論で相手を追い詰めていないかがわかります。

正論は相手を黙らせるためではなく、関係を良くするために使いましょう。

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