Horizon ホライズン[一]
*虹と闇[一]
*秋から春へ[二]
*境界線[三]
*月が出る[四]
*Horizon[五]
これは、いつかみた夢といつかの現実とが入り混じった、幾つかの小さな断片である。
虹と闇
*
窓際のカーテンが少しずつ明るく透けはじめた頃、サーっと優しい音がうっすらと響き、アスファルトの地面が濡れていく匂いがする。そうしてやわらかい雨が降る、あたたかい季節の明け方。いつまでもその音を聞いていたくて、心地よい布団のまどろみの中にいる。
今まで何十年ものあいだ様々なことを思ってきたけれど、この頃、「本当に心から会いたいとお互いに思っているもの同士は、この世だろうがあの世だろうが、本当に会えるんだろう」と、心から自然と信じられるようになった。
* *
なぜかいつも思い浮かぶ「しあわせな思い出」の景色は、同じものだ。
今はもう別の人達が使っている、母方の祖父の家。そのすぐ隣に建つ、祖父の起こした会社の建物の前のだだっ広いアスファルトの駐車場で、ステテコに腹巻にももひきという素晴らしい昭和カジュアルな姿の祖父が、ホースで水を撒いていて、水のアーチに小さな虹ができる。
まだ小学生にもならない幼い、ちょうど1歳くらいずつ歳の違う4人の従兄弟たちと、その水と戯れてにぎやかに遊んでいる風景がそれだ。
* * *
つい何週間か前のある夜、心が重くしんどくて家にじっとしていることが出来ず、どこへ向かうあてもなく自転車をこいでいた。そんなのは、もう数十年も前になる十代の頃以来な気がする。親友に電話が繋がり、なかなか言葉にならない心を確認しながらちょっとずつ伝え、住宅街に響く声に周囲を気にしながらやりとりし、夜道を行ったり来たりした。
人通りの多い駅前を過ぎ、道路より下のかなり低い線路を走る電車の光と音が近付いてくるのを横目に、なかなか気が収まらず、電話で話しながらあと一周あと一周と、何周かぐるぐると自転車を引いてだらだら歩いた。
*
その夜の徘徊から2週間後くらいに、今度はその親友から、説明しにくいが強烈な心のモヤりの話しを電話で聞いていた。
仕事での嫌なお客についての話だったのだが、一見大した問題はないように見えて、ものすごくエグい、キワのキワを攻めてくる嫌がらせを、しかもおそらく、何が気に食わないとかでもなく、そういう事をしたい、しようとする人なのだろうと思った。
「目に見えないものの扱い方」。
この2週間くらいの間にその親友と話したことの共通点は、そこだということになった。
子どもが同級生である母親同士だったり、仕事での立場上だったりで経験した、相手は見えないと思っているけどだからこそ余計にいやらしくて邪悪な、悪意。扱いの雑さとも言える。
それは見えないからこそ、気付きにくく避けにくくて、もろにそして深くダメージを受けてしまうのかもしれない。そういうことを、身近な親切な対応をしている相手にためらいなくするということに一番衝撃を受け、受け止められなかった。ただ、そういうことをする人がいるんだということを知った。
* *
今でも時々思い出す、20年近く前にみた印象的な夢がある。
それは映画の一場面のようなもので、都会の雑踏の路地を少し入った雑居ビルの前で、人との別れから始まる。
「会えてよかった。本当に。」
若かりし頃のikkoさんのようなガタイがよくてキレイなひとが、真っ直ぐに心を込めてそう言って涙ぐみ、短く力強いハグを交わす。そして、小さめのキャリーを引いてさっぱりと街中に去っていく。
じんとしながらもすっきりとした、そして温かいような気持ちでひとり、古びているけれどきちんと手がかけられ整っているビルの階段を2階に上がると、白と木が基調の落ち着いたお店に入る。店内は品の良いお客さんで穏やかに賑わっている。
「7種のパンのランチセット」などあって、それにしようかななどと焼かれてきれいに並んだパンを眺めながら、そのまま化粧室に向かった。
扉を開けると、思いがけず、いきなり別世界が広がった。
そこはかなり広い空間になっていて中央にプールのようなものがあり、噴水もある。所々にデッキチェアが置かれていて、優雅なサロンのような雰囲気で、人がまばらに寛いでいる。
うわー、とただただ驚いていると、素敵な方(たぶん女性だった気がする)がそっと近付いてきて、何か小さな水晶のようなものを渡された。
丸く透き通っていて、よく見ると中に小さな虹のようなものが見える。この虹はどうやって出来ているんだろう?と思ったその時、
「Pressure.」
とその方がひとこと言った。
ほーー??っと中の虹をまじまじ見ていたのだが…、ふいにそれを口に放り、ーそれは飴だった。お日様の滴のような…、淡くておいしかった。そこで目が覚めたが、しばらく、あぁ、おいしい、と味わっていた。
* * *
それからだいぶ経ってから、その夢でみた丸くて透明で中に虹があるものとすごく似ている”クラック水晶”という石を知った。それは、天然石に人工で圧をかけてクラックと呼ばれるヒビを入れたもので、天然のクラック入りのものは「アイリスクォーツ」とも呼ばれるという。アイリスは虹の女神のことだ。
最近、この夢の『夢で見た部分の前後ってどうなってるんだろう?』と考えていたら、なぜかオーストラリアの原住民アボリジニの「ドリームタイム」に行き着いた。
「ドリームタイム」とは、アボリジニの生き方の大きな指針の一つで、この世の万物が創られるもとになった、夢みる時間(創世記?)のことで、それは現代でも変わらず、いつの時間とも並行して存在しているらしい。つまり、いつも行き来しているということだろうか。
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以前外国のサイキックの人にみてもらう機会があった時に、
「最近夢をみれていませんね。夢をみることは大切なことです。世界のバランスにも関わるのです。」と言われたことがあった。
数年前のその時には、「そう、夢をみてないんだよね、実は少し気にはなっていたんだよ」、とは思ったけれど、ドリームタイムに行き着いた時に、そういうことだったのか、とハッとした。
* *
去年の夏に親友から小さなオパールのイヤリングを貰ってから、なんとなくお守りのようによくつけていたのだが、ある日お店でふと可愛かったからと買ってくれたそれは、おそらくオーストラリア産のものではないかということになった。
オパールは、アボリジニの言い伝えでは、虹に乗って大地に降り立った創造主が歩いた場所の石に宿った、生命の虹色の輝きといわれているらしかった。
* * *
そういえば十代の終わりに、初めて渡った外国はオーストラリアだった。旅立ちの飛行機の中で、不安と期待でいっぱいの中、雲の水平線から徐々に明るんでいく美しい朝焼けを小さな窓からみつめていた。
