Horizon ホライズン[五]
*虹と闇[一]
*秋から春へ[二]
*境界線[三]
*月が出る[四]
*Horizon[五]
これは、いつかみた夢といつかの現実とが入り混じった、幾つかの小さな断片である。
Horizon
*
夜明けの空を眺めるのが好きだ。
鳥が少しずつ鳴き始めて、空の色が段々と明るいグラデーションになっていき、それからはあっという間に白んでいく。
* *
この冬、モネ展を上野に見に行った。
目の手術をしてまだ片目の状態だったのだが行くことにした。
モネの作品のみで構成された展覧会で、キャプションに書かれていた、人生でどういったことが起こっていたかとともに、ゆっくり進んでいった。
本格的に絵の世界に進んだタイミングや、その時々の家族構成ごとの生活の流れ、技術の時期的な試みや熟成、ずっと変わらない磨かれていくセンスのようなもの、ひとりの人生が絵とともに変化していくのを、流れとともにみることができた不思議な時間だった。
そして最後の絵を見たとき、それまでとは違う世界の層のようなものを感じ、しばらくじっと見入っていた。
それは、庭のような、草っぱらのような緑の中に佇む、小屋の絵だった。
おなじみの淡くてやわらかい色彩で描かれているが、とりまく世界が違っている感じがした。
その最後の絵までは、モネと外にある世界へのまなざしだった。
最後の小屋の絵は、モネがたどり着いた、出来あがっていた、心の風景という感じがした。それは彼にとっての神殿、聖地のようなものに見えた。
* * *
人生で引っ越しは数十回、保育園、小学校合わせて8回、苗字は3回、変わった。
小学4年生の時に、海辺の街に引っ越した。
歩いて行ける砂浜も、心地よい海風も好きだったが、引っ越したのは、噂があるような幽霊屋敷的、不気味な家だった。
その古い平家の、長い廊下の奥の部屋で寝ることになったわたしは、何か見えたりはしないが時々金縛りにあったりと繊細なところがあったので、母に半泣きで頼み込み、母と義父との間に産まれたばかりの10歳下の妹と一緒に寝させてもらい、何かあれば赤ん坊の妹を起こして泣き声で知らせるというということにしていた。
でも結局、夜中に、「おまえは毎晩2時に目が覚めるのだな」、とかいうどこから聞こえているのかわからない、恐ろしい声と気配がしたと同時に金縛りにあった。頼みの赤ん坊は、わたしが寝た後に夜中の授乳に備えて連れて行かれ、不在だ。
仕方がないので半泣きでしばらく耐え、金縛りが緩んできたら力づくで灯りをつけて、明け方窓が明るくなってくると、やっと安心して眠った。
持病の喘息の発作の時も、同じような深夜、苦しくて寝れずに布団の上に座って家族の寝息を聞きながら耐え、明け方に力尽きて苦しみより眠気が優り、倒れるように眠った。
そのくらいの時間に、なにかオルゴールのような音色のメロディーのようなものが、どこかわからないようなところから聞こえてきたこともあった。
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太陽そのものが神なのではなく、太陽が昇る瞬間が神なのだ、というある民族の信仰の話が、ユングの本にあった。
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「今ある植物は、種がみた夢である」。
アボリジニの世界観では、他の生き物と同様に、人間も生まれた大地と結びついていて、森羅万象に共通の生命エネルギーが流れている。
それらが繋がっているから、彼らは、植物にも動物にも姿を変えられるのだという。
もともと定住する家を持たない移動する民族であり、自分たちと深く結ばれた大地をカントリーとよび、そのカントリーすべてが家であり、必要なものはなんでもある。境界線や縄張り争いがなくても、民族ごとにここまでが自分たちの場所だとわかるのだという。
そして、スピリットのエネルギーの移動こそがドリーミング、世界創造の源だともいう。
諸説あるが、アボリジニは、陸続きだった時代にインドネシアから渡ったという説が有力らしい。
一緒にバリ島に旅行に行った親友が、初めての場所なのに、地元の近所みたいで特に変わり映えしないと言って全然感動も興奮もなく冷めていて、たしかにその土地によく馴染んでいた。
実際に行ったことはないけれど、アメリカ大陸のネイティブアメリカンも、アフリカの幾多の民族も、僻地の少数民族も、日本のアイヌや琉球も、
特にその音楽の音程に、似通ったものを感じることが多い。
ある本に、理想郷を挙げるとしたら、美しい子どもと美しい老人のいる国だろう、そして古代人が本能的な霊視によって憧れたという「ミルクと蜂蜜の流れる国」、という聖句があって、もちろん比喩だけれども、深い真実があるとあった。
* * *
わたしにとって、海に近い街に住むことは、いつからかも思い出せないくらいずっと、自然と願っていたことだった。
子どもとの暮らしの流れで自然と海辺に引っ越しを決めたとき、心底うれしくて、気が向くと、夏でも冬でも、朝、昼、晩、海に出かけた。
感じのいい好きな感じのビーチが、自転車で5分くらいの距離にあったので、
ときには子どもと一緒に、砂浜を貝殻やシーグラスなどをのんびり拾いながら裸足で歩いたり、ひとりでお気に入りの場所でただただ気が済むまで海を眺めた。
昔から空もよく眺めていたが、季節ごとに色が変わっていくなだらかな山や、海や川の水の流れを、その音を聴きながら眺めていると、自然と放たれ、力が抜けちょうどよく緩み、抱えていたはずのものが流れ出していってどうでもよくなり、なんとなく満たされて安堵して家路を戻る。
思い返すと、不安定な環境で体も心の調子も優れなかった学生時代のほとんどを、周りの美しいものに感動したり、見入って入り浸ったりして、自然と慰められ、癒され、なんとかやり過ごしてきた。河原や海辺、山や森、人里の季節の風景に。
その自然な流れとともに流して、癒えが進んでいくような感じだったというか、負傷した動物が癒えるまでじっとしているように、そうせずにはいられない感じだった。心地よさの下に宿ることで、自らの治癒力が働きだすような。
コロナがあった数年間も、人の世界は騒然としていたのに、季節の移ろいは通常通り、健やかに流れていた。そのコントラストがとても印象的だった。
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一年近く前、落ちる夢をみた。
これもごくたまにみるパターンの夢の一つだった。
建物の中にいて、他にも人がいる気配がある。
そして突然、地面が抜ける。
思っていたより高いビルのような建物だったようで、周りの悲鳴が聞こえ、「死ぬ」という文字が大きくよぎる。
落ちる途中、最初は恐れの興奮の中にあったのが、知り合いの人と手を繋いでいたのだが、途中から落ちるが降りていく感じにかわって、周りをみれる余裕もでて、下をみると、地底が隆起したような線が、中が燃えているようなオレンジ色に光ってみえた。
落ちる夢では、はじまりから目覚めてからも、こわかったという思いだけのことがほとんどだった。
けれどその日は、不安定さや怖さではじまったが、途中、ふーむという落ち着きに変わって目覚めた夢だった。
ただ、落ちる感じに気づいたら、そこからは、降りればいいんだ、と思った。
* *
仕事で、ちょっとやっかいなお客さんがいて、対応するスタッフは警戒しながら少し重たい気持ちで接客していた。
毎週のように電話でやりとりをしていたのだが、先日突然亡くなったことを聞いた。それなりのお歳だったが、心臓発作だったそうだ。
その後数日間、とても深い静けさを感じた。
次元の違う沈黙というか、人が生きているということ、命のかげがえなさが響いてくる時間だった。
* * *
仕事帰りで少し混んでいる電車から、夕暮れの空に見入る。
速く過ぎ去る、建物や道の灯りも朧で街にも安堵の空気が流れる。
凍えるような寒いところで、夕暮れに2人の女がいて、科学的に空を見ている人は凍えて息絶えてしまうが、その美しさに見入っている女は感動の熱で生き延びる、という、本にあった例え話を時々思い出す。
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たぶん十数年ぶりに、祖父が夢に出てきた。
詳細は思い出せないのだが、忘れかけていたその姿や気配、何かを口にした雰囲気が、懐かしく芳しい香りのようによみがえった。
祖父は、自分が立ち上げた建設会社で最終的には会長になっていたけど、朝礼では堂々と社会の窓が開いていたり、庭にいるカラスに大声で普通に話しかけるような人で、パッと見はどこかにいそうだが、ゴーイングマイウェイというか、ちょっと変わっていた。
そんな祖父がわたしも従兄弟たちも大好きで、よく一緒にお風呂に入り、いつも「でんでんぼっこーでんっ、でれすけでんのーでんっ」という独特の節回しで上機嫌にお風呂上がりカウントをした。
その日の夢の中で、「あっ、じいちゃんだ、そっか、あれ?でももうたしか死んじゃってて、時間も経ってるよな」、と、感じていた思いがけない安堵やよろこびが、徐々に夢だと気づいていく現実に変わっていった。
だけど、いやな感じの目覚めではなかった。ちょっとした温もりのような、手応えみたいなものがあった。
そういえば祖父は、ことあるごとに何気なく、わたしに文章をかくように勧めた。10代の時にオーストラリアから戻ったときも、体験したことを読みたいから書くように言われて、出発から数行は書き出した覚えがあるけれど、結局そのままで、祖父に読まれることはなかったのだった。
* *
何日か前に、虹が出た。
この街に引っ越してきてから、数年のあいだ見ていなく、虹が出ないかな、見たいな、と思っていたのだけれど、久しぶりに見れた。
両方の足元?の色がはっきり七色に輝いて、目の前に大きく弧がかかっていた。
「わー、嬉しい!ずっと見たかったんだ〜!」とうれしくて何度も声に出して、ちょっと引いている思春期の子どもを尻目にいつまでも眺めていた。
* * *
日々それぞれのかかずらいごとと共に、様々な目に見えたり見えにくかったりする線を行ったり来たりしながら、生きながらえる塩梅で大きな流れの中に生きている。
地平線や水平線は、追い求めても永遠に辿り着かない、幻のような線だ。
そしてその線は、すべてのものを、「生まれてきておめでとう。いてくれてありがとう。」と祝福しているかのようで、そこからすべてのものが闇に包まれては、あらゆる生命力が芽吹く。
砂浜に打ち寄せる波のように、世界は幾たびもそこから沈んでは、そのたびにまたそこからあらたな美しいものが生まれる。永遠に。
