【妄想】バルト海の小さな首都を走ってきました。……そして今回は、少しだけ本当に走ります
はじめに:これは、妄想です。ただし今回は、半分だけ本当です
大事なことなので、最初に書いておきます。
この記事は妄想です。私は行っていません。
エストニアにも、タリンにも、今年は行っていません。この週末もたぶん、いつもの川沿いを7kmくらい走って、帰りにコンビニでサラダチキンを買って終わりです。
ただし、旅程だけは本気で組みました。フライトもホテルもレースも実在します。乗り継ぎ時間は分単位で調べましたし、エントリー費も宿泊費も調べました。その結果、「理論上は行ける」と分かった瞬間に、「行かない」ことが確定しました。仕事があるからです。
……のですが、今回はここから先に、続きがあります。
この大会には、バーチャルラン部門というものがあるのです。そしてそちらには、私は本当に申し込みました。
その話は最後に書きます。まずは、行けなかったほうの記録から。
⚠️ 注記:本記事に出てくる運賃・宿泊費・エントリー費・時刻はすべて、私が調べた当時のものです。航空券は日々変動しますし、ダイヤも改正されます。為替も動きます(本記事は1ユーロ=184円で換算しています)。もし本気で行こうという方は、必ずご自身で最新の情報をご確認ください。
なぜ「タリン」だったのか
Swedbank Tallinn Marathon(タリンマラソン)というレースがあります。
バルト三国のいちばん北、エストニアの首都タリン。人口45万人ほどの、とても小さな首都です。
そして私は、この街に一度だけ行ったことがあります。
若い頃、一人旅で。
まだ通貨がユーロではなく「クローン」だった頃です。バックパックひとつで、安い宿に泊まって、石畳の坂を意味もなくうろうろ歩いていました。城壁があって、赤い屋根が並んでいて、丘の上から街全体が見下ろせて、そして——とにかく静かだったのを覚えています。
あれから、エストニアはEUに入り、通貨はユーロになり、SkypeやBoltを生んだ「電子国家」として知られるようになりました。街は当然、発展したはずです。
でも、写真を見るかぎり、あの旧市街はそのまま残っています。
タリンの旧市街は、「タリン歴史地区」としてユネスコの世界遺産に登録されています。中世ハンザ同盟時代の街並みが、ほぼ丸ごと残っている。世界遺産に登録されたのは1997年——つまり、私が歩いた頃には、もう世界遺産だったわけです。当時はまったく意識していませんでした。
そこを、走る。
コースを調べて、ひとつ意外だったことがあります。
旧市街の中をぐるぐる回るレースではないのです。
スタートとゴールは、旧市街を見下ろすトームペアの丘の麓、のっぽのヘルマン塔の足元。号砲はそこで鳴りますが、そこから先は街の外へ出ていきます。木造家屋が並ぶカラマヤ地区、北タリンの工業地区、ストローミ公園の海辺の道、アスタング周辺の緑地、そしてロッカ・アル・マーレのサイクリングロード。最後にまた、トームペアの麓に帰ってくる。
つまり、観光名所を走るのではなく、「いま人が暮らしているタリン」を一周するコースです。
これは、いい。若い頃に歩いたのは、たぶん旧市街だけでした。今度は、その外側を42km分見せてもらえる。
そこまで調べて、私は航空券の検索画面を開いてしまいました。ここからが妄想の本番です。
妄想旅程:3泊4日、うち2泊が機中泊
社会人の海外マラソンは、まず休みとの戦いです。
ところが今回、調べていて少し嬉しくなりました。レースは日曜日。金曜の夜に発てば、必要な有給は帰国日の月曜1日だけです。
そこから逆算して組み上がったのが、この日程です。
| 内容 |
| DAY 1(9/11 金) | 仕事を終えてそのまま成田へ → 22:50発、機中泊 |
| DAY 2(9/12 土) | ワルシャワ乗継(5時間待ち)→ タリン 13:40着 → ゼッケン受取 |
| DAY 3(9/13 日) | 9:00スタート → 13:30ゴール → そのまま空港へ |
| DAY 4(9/14 月) | 18:25成田着 → 帰宅 |
改めて表にすると、正気の沙汰ではありません。ゴールしてから2時間15分後には空港にいる前提で組まれています。妄想だから許される計画です。
DAY 1|いってきます 🛫
金曜の夕方、都内某所。
仕事を片付けて駅へ向かいます。手には機内持ち込みサイズのバックパックひとつ。ランニングシューズとレースウェアは絶対に預けません。ロストバゲージ=レース不参加ですから、ここは妄想でも譲れないところです。
電車を乗り継いで成田空港へ。
22:50発、LOTポーランド航空 LO80便でワルシャワへ。フライト約12時間。往復で278,060円(調査当時)。
離陸してすぐ、機内の窓から日本の夜景が遠ざかります。「明日の今ごろはバルト海のそばにいるのか」と思いながら、機内食のあとすぐ寝る。時差ボケ対策です。妄想なので隣の席は空いています。
DAY 2|ワルシャワで5時間、そしてバルト海へ 🚋
6:05、ワルシャワ着。
ここでEU入国審査。そして乗り継ぎが——4時間55分あります。
朝6時の空港で、5時間。正直かなり長い。でも逆に言えば、この行程は遅延にめっぽう強いということでもあります。妄想の私は、ベンチで2時間ほど寝て、コーヒーを飲んで、ぼんやりと搭乗案内を眺めていました。
11:00発 LO785便でタリンへ。飛行時間は1時間40分ほど。
そして着陸の直前、窓の外にバルト海が広がります。
灰色がかった、静かな海です。地中海の青とは全然ちがう。「北の海だな」と、ひとことで納得させられる色をしています。
13:40、タリン空港着。
そして、ここでこの旅いちばんの「へえ」がありました。
空港から市街地まで、トラムで15分。運賃€2(約368円)。
ヨーロッパでも屈指の、街に近い空港だそうです。飛行機を降りて、荷物を持って、トラムに乗って、気づいたら旧市街の入口に立っている。大都市の空港で1時間かけて移動するのに慣れた身には、拍子抜けするほど楽でした。
そこから歩いて5分、Novotel Tallinn にチェックイン。1泊22,961円。自由広場(Vabaduse väljak)のすぐそばです。
午後は、ゼッケンの受け取りへ。レースオフィスとEXPOは、その自由広場。ホテルから徒歩1分という、これ以上ない立地でした。
会場に行くと、ちょうど10Kのレースが走っている最中でした。この大会は金曜のウェルカムランに始まって、土曜にハーフと10Kと5Kとキッズレース、日曜にフルマラソンという、週末まるごとお祭りの構成になっています。ゴールに帰ってくる人たちを眺めながら、明日は自分の番だな、と思う。
そして久しぶりの旧市街です。
驚くほど、変わっていませんでした。
石畳も、城壁も、教会の塔も、あの頃のままです。違うのは、カフェのメニューが英語になっていることと、みんなスマホで支払いをしていること。街並みだけが時間を止めていて、中で暮らしている人たちだけが2020年代を生きている。 そういう不思議な感じでした。
夜はパスタでカーボローディング。時差6時間、翌朝は7時台に出発。ビールを一杯だけにして寝ます(妄想なのに我慢しました。えらい)。
DAY 3|レース本番、そして走ってそのまま空港へ 🔥
早朝、チェックアウト。 荷物はホテルに預けて、午後に取りに戻る算段です。
7:45にホテルを出て、歩いて15分。スタート地点、Falgi tee。
見上げると、のっぽのヘルマン塔が立っています。トームペアの丘の上、エストニア国旗が掲げられている塔です。その足元に、数千人のランナーが並んでいる。
朝の気温は10℃くらい。走るには最高です。待機中だけは寒いので、みんなポンチョやゴミ袋をかぶっています。
9:00、号砲。
走り出してすぐ、コースは丘を離れて西へ向かいます。パルディスキ通り、コプリ通りを抜けて、カラマヤ地区へ。
ここが良かった。木造の家がずらっと並ぶ、古い港町の住宅地です。パステル色に塗られた板張りの家と、その前に停まっている自転車。日曜の朝なので人はまばらで、犬を散歩させている人がこちらに手を振ってくれる。
そこから北タリンの工業地区へ。かつての造船と工場の街です。レンガの倉庫と煙突の間を走ります。観光ガイドには絶対に載っていない景色ですが、こういうところを走れるのがマラソンのいいところだと思っています。
そしてストローミ公園。ここでバルト海に出ます。
海沿いの道を、松林の匂いのなかで走る。 昨日、飛行機の窓から見た灰色の海が、いま横にあります。北の海はやっぱり静かで、波の音がほとんどしません。
中盤からは内陸へ。ハルク=ヤルヴェの高架橋を渡って、アスタング周辺の8kmループへ入ります。
ここが我慢の区間でした。 緑地の中の一本道で、景色があまり変わらない。30kmを過ぎて脚は当然重い。周りのランナーも黙り込んでいます。
でも、沿道にはちゃんと人がいます。エストニア語の応援はまったく分かりませんが、たぶん「がんばれ」と言っている。ときどき英語で「Good job!」が飛んでくる。言葉が分からなくても声援が効くというのは、何度経験しても不思議です。
ロッカ・アル・マーレのサイクリングロードを抜けて、街に戻ります。そして最後、また丘が見えてきました。
13:30、トームペアの丘の麓、ゴール。
タイム4時間30分。速くありません。でも、若い頃に歩いた街を、今度は自分の脚で一周してきたわけです。メダルを首にかけてもらった瞬間、妄想なのに少し目頭が熱くなりました。
そして、ここからが本当の勝負です。
14:30、ゴール地点発。 歩いてホテルへ。15分の道のりですが、メダルを首にかけて旧市街を歩くこの15分が、この旅でいちばん幸せな時間でした。石畳を、ヨタヨタと、ものすごくいい気分で歩く。
14:45、ホテルで荷物をピックアップ。シャワーは……交渉次第です(妄想の私は借りられました。ありがとうノボテル)。
15:45にホテルを出て、配車アプリで空港へ。16:00着。ちなみにこの配車アプリ「Bolt」、タリン発祥の会社です。 生まれた街で使うと、なんとなく得した気分になります。
18:25発 LO788でワルシャワへ。乗り継ぎ3時間45分。空港で飲んだビールが、この旅で一番うまかった。
22:50発 LO79。機中泊、成田へ。
DAY 4|ただいま 🏅
18:25、成田着。 フライト約11時間。着圧ソックスのおかげで脚は無事です。
入国審査と荷物受け取りを終えて、リムジンバスで最寄り駅へ。
メダルを首にかけて帰宅。そして翌日から、何食わぬ顔で出社。階段の下りだけが地獄でした。妄想なのに。
費用:総額およそ34万円
| 項目 | 金額 |
| LOTポーランド航空 往復(成田⇄ワルシャワ⇄タリン) | 278,060円 |
| ホテル Novotel Tallinn(1泊) | 22,961円 |
| エントリー費(€85) | 15,640円 |
| 自宅⇄成田空港(鉄道・リムジンバス) | 2,190円 |
| トラム4番 タリン空港→旧市街 | 368円 |
| 手配済み小計 | 319,219円 |
| 食費・お土産・空港までの配車・補給食(概算) | 約19,200円 |
| 総額(着地イメージ) | 約338,419円 |
航空券が手配済み分の約87%。ほぼ航空券代です。ここが下がれば一気に現実味が出ます。
エントリー費は15,640円、トラム代は368円、ホテルも1泊で済む。必要な有給は1日だけ。 条件としては、かなり良いほうです。
それでも、届かないのは航空券でした。
繰り返しますが、これは調べた当時の金額です。 航空券は時期と予約タイミングで平気で10万円変わりますし、為替も動きます(この記事は1ユーロ=184円換算です)。
ここから先は、妄想ではありません 💻
さて、最初に書いた続きです。
この大会には、バーチャルラン部門があります。
ルールはとてもシンプルです。
9月中に、42.195kmを走る。それだけ。
一度で走りきる必要はありません。何回かに分けてよく、走っても歩いてもかまわない。記録の提出は9月1日から10月2日まで。完走すればメダルが世界中どこへでも送られてきて、e-diploma(電子完走証)も発行されます。
参加費は、3,715円(支払い時)。
申し込みました。
タリンまでの航空券は買えませんでしたが、これは買えました。というか、この記事を書いている時点で、すでに支払い済みです。
つまり私は、9月に入ったら、残暑の厳しい日本の、いつもの川沿いを、たらたらと走ることになります。
石畳はありません。城壁もありません。バルト海のかわりに、あるのは護岸された川と、コンビニと、自動販売機と、蒸し暑い風です。10℃どころか、たぶん30℃を超えています。
でも、走った分だけ距離は貯まります。42.195km。何日かければいいというルールなので、私のペースなら5〜6回といったところでしょうか。
そして走り終えたら、エストニアからメダルが届きます。
正直に言うと、これはかなり嬉しい。
「本当に行った人」と同じレースの、同じ年の、同じ大会のメダルが、川沿いをたらたら走っただけのおじさんの家にも届く。 私は、そういう人たちのための入口として、この部門が用意されているように感じました。世界中の「行けなかった人」のための入口として。
というわけで私は、9月の日本を走りながら、頭の中ではのっぽのヘルマン塔の下に立っています。カラマヤの木造家屋も、ストローミの海辺も、全部その辺の川沿いに重ねて走ります。
妄想が、はじめて「記録」として残ります。
妄想して、分かったこと
34万円と、有給1日。
それだけあれば、私は世界遺産の丘の麓から走り出して、木造の街を抜けて、バルト海のそばを通って、また丘に帰ってこられる。数字にしてみると、意外と手が届きそうな距離にありました。
行けない理由は「時間と金がない」ではなく、正確には「その時間と金を、いま他のことに使っている」だけなのだと。
……という真面目な気づきを得たところで、私は今日も近所の川沿いを走ります。
ただ、今回はひとつだけ違います。
その川沿いの7kmが、今年の9月だけは「タリンマラソン」の一部になります。
3,715円で買えた、いちばん安い参加権です。
そして、妄想で組んだこの旅程表は、今回も消さずに取ってあります。持ち物リストまで作ってあるので、あとは航空券を買うだけです。
買うだけなんですよね。それが一番難しいんですけど。
でも今年は、少なくとも走ります。日本で。
参考
Swedbank Tallinn Marathon 公式サイト:jooks.ee/en/tallinn-marathon/
開催:2026年9月10日(木)〜13日(日)/マラソン42.2Kは 9月13日(日) 9:00 スタート
スタート/フィニッシュ:Falgi tee(トームペアの丘の麓・のっぽのヘルマン塔の足元)
レースオフィス・EXPO・表彰式:自由広場(Vabaduse väljak)
コース:パルディスキ通り → コプリ通り → カラマヤ地区 → 北タリン → ストローミ公園(海辺)→ アスタング8kmループ → ロッカ・アル・マーレ → トームペアの麓
公認:World Athletics/AIMS
併催:ハーフ21.1K/10K/ユースラン5K/キッズレース/ウェルカムラン/リレーマラソン
バーチャルラン:9月中に42.195kmを走れば完走扱い(分割可・歩いても可)。結果提出は9/1〜10/2 23:59。メダルは世界中へ発送
タリン旧市街は「タリン歴史地区(旧市街)」としてユネスコ世界遺産に登録(1997年)
※本記事の日程・時刻・料金はすべて筆者が調べた当時のものであり、実際の運航ダイヤ・料金・レース要項とは異なる場合があります。走行体験はすべて妄想です。バーチャルランだけは本当です。
