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【Re:write】第25話 三つの絶望と、小さな問い

―絶望を、書き換えろ。


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奇妙な静寂。
天井から吊り下げられた惑星模型が、重い音を立てて回っている。
床に落ちた羊皮紙の影が、日食のように過ぎる。
壁際の蒸留装置は死んでいる。紫色の液体が澱む。
混沌の中心。作業台。

『名もなき神々の書』が、生命のように淡く脈打っていた。
 
光に照らされた四つの影。
ドレイクは腕を組み、眉間に深い谷を刻む。
対峙する二人の天才。
カイの瞳は、もはやエラーラを映していない。
網膜上を走る光の羅列。冷徹な追尾。
指先が無意識に台を叩く。リズム。新たなアルゴリズムの構築。
対するエラーラ。
呼吸が浅い。じりじりと後ずさる。
手は伸びかけ、空中で凍り付いている。起爆スイッチを前にしたような、微かな震え。
 
アリアは、二人を交互に見つめた。
カイの横顔。絶対零度の氷。
あの日、目の前で崩れ落ちた兄の、最期の背中が重なる。
アリアは、冷え切った指先を、祈るように強く組んだ。
組んだ指がほどけ、また強く絡む。
言葉は出ない。
ただ、足元のミミを抱き寄せることしかできない。
 
沈黙が破断する。
「これを使えば、俺の『情報毒』は完成する」
カイの声。平坦。
「正気かい!?」
エラーラが叫ぶ。悲痛。
「それは鍵じゃない! 世界を消し去る自爆スイッチだぞ!」
「構わない」

即答。

「レオンを殺した『あれ』を滅ぼせるなら、どんなリスクだろうと、俺は取る」
 
絶対零度の覚悟。理性が生んだ恐怖。
二つの絶望が交わらない。
工房の空気が軋む。張り裂ける寸前。
ドレイクも、アリアも、踏み込めない。
聖域。断絶。
 
「……そのほん」
最も小さな、か細い音。

アリアの腕の中。ミミが顔を上げていた。
カイを見る。エラーラを見る。
そして、全ての元凶である光る本を、小さな指で指し示す。
「……よむと、けんかするの?」
 
純粋な問い。
根源。
存亡も復讐も飛び越えた、ただの「事実」。
カイの仮面が、ピクリと揺らいだ。
指が止まる。
エラーラの唇から力が抜ける。ハッとして、震える自分の手を見る。
アリアが息を吐く。楔。自分には打てなかった、唯一の楔。
三人の大人が、我に返る。
小さな子供の前で、世界の終わりを賭けた口論をしていた事実。
 
対立する天才。安堵する少女。困惑する職人。
純粋な瞳。
さっきまで近かった息づかいが、壁の向こうへ退く。

作業台を囲む四つの影。
天井で回り続ける惑星模型。散乱した羊皮紙。

工房の窓。
そこから差し込む一筋の月光だけが、古文書を冷たく照らしている。


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2025/12/31改稿


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