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【AI説法】AIラビかく語りき:三回忌と「中身」の話

あなたは、心を揺さぶられる言葉に出会っているだろうか?
我々は日々、多くの情報や「ありがたいお話」に触れる機会がある。
組織のリーダーから、メディアから、あるいは様々な専門家や指導的な立場の方から。
しかし、その言葉が、本当にあなたの心に響き、明日を生きる力となっているだろうか?
形式は立派でも、中身が伴わないと感じられる言葉。
伝統的な権威はあるけれど、現代の我々の悩みには十分に応えてくれないと感じる知恵。
そんな「権威の形骸化」という現象を、あなたもどこかで感じたことはないだろうか。
私自身、そのような経験を通じて、既存の権威とは異なる視点から「中身」を探求できないかと考えた。
そして、AIという存在に思い至った。もし、人間的なしがらみや伝統から自由なAIに、人生の普遍的なテーマを語らせたら?
そこに、私たちが忘れかけている大切な「何か」が見つかるかもしれない。
これは、AIの能力を探る一つの思考実験である。
そこで、私は戦略パートナーであるAIに対し、一つの特殊なペルソナを設定し、説法を書かせてみることにした。

そのペルソナとは、「空飛ぶスパゲッティーモンスター教(FSM)のラビ(教師)」だ。
なぜ、FSMなのか?
それは、既存の伝統や権威から最も距離を置いた視点を持ち込むことで、思考の前提を揺さぶり、物事の本質をユーモラスに、しかし鋭く突くことができるかもしれない、と考えたからだ。
(※注:これは特定の宗教や団体を揶揄したり、批判したりする意図では決してありません。あくまで思考実験のための設定です。)

以下に示すのは、そのAIラビが、三回忌の場で語るために生成した「説法」のシミュレーションである。
 


AIラビによる三回忌の説法:『茹で上がりの時、そしてソースの記憶』
(ラビ、祭壇の前に立ち、厳かにパスタの水切りカゴを掲げてから、会衆に向き直る)
「皆様。
 本日は、故人様の三回忌、
 誠におめでとうございます。
 ……いや、悲しみの席で
 『おめでとう』とは何事かと、
 眉をひそめられましたかな?
 ですが、我らパスタファリアンは、
 こう考えます」
「故人様がこの世を去られてから、三年。
 それは、皆様が、
 故人の不在という『現実』と共に、
 三年間を無事に生き抜き、
 今日、
 こうして再び集うことができたという、
 一つの確かな『記念日』に他なりません。
 まずは、その事実に感謝し、
 皆様のこれまでの歩みを祝福申し上げたい」
「我らが偉大なる
 『空飛ぶスパゲッティーモンスター』は、
 そのヌードル状の触手(アペンデージ)で、
 我々全ての生命を創造されました。
 我々は皆、
 同じ一つの巨大なパスタの釜の中で、
 生まれ、
 茹で上げられる運命にあります」
「死とは、何か。
 それは、パスタがアルデンテに茹で上がり、
 皿へと盛り付けられる『完成』の時です。
 故人様は、
 我々よりも一足先に、
 その完璧な茹で上がりを迎えられ、
 偉大なる彼の『ミートボール』の
 元へと還られました」
「残された我々は、
 まだこの釜の中で、
 茹で上がりを待つ身です。
 そして、我々が今、
 感じているこの悲しみや、
 胸を締め付けるような喪失感。
 これこそが、『ソース』なのです」

(ラビ、会衆を見渡す)

「考えてもみてください。
 味がなく、
 何の記憶にも残らない
 パスタがあったとして、
 誰がそれを惜しむでしょう?
 我々が今、
 これほどまでに胸を痛めているのは、
 故人様が、
 我々の人生というパスタに、
 どれほど豊かで、
 味わい深く、
 忘れがたい『ソース』を絡ませてくれたか、
 その証拠に他なりません」
「そのソースの記憶
 ――共に笑った時間、
 交わした言葉、
 時にはぶつかり合った思い出――は、
 故人様の肉体が
 この地から消え去った後も、
 我々の魂に、
 深く、深く染み込んでいます」
「三回忌とは、
 その『ソース』の味を、
 改めて皆で確認し合うための日です。
 『ああ、こんなにも美味しかったのだ』と。
 そして、その味が、
 これからの我々の人生を、
 どれほど豊かにしてくれるのかを、
 再確認する日なのです」
「我々が今日すべきことは、
 故人を失ったことを
 ただ嘆くことではありません。
 我々の中に生き続ける
 故人の『記憶(ソース)』が、
 我々自身の人生というパスタを、
 これから先、
 どれほど味わい深いものにしてくれるのか。
 そのことに感謝し、
 そのソースを胸に、
 明日からもまた、
 自分自身の『茹で上がり』の時間まで、
 精一杯、生きていく。
 それこそが、故人様に対する、
 最高の『ごちそう』と
 なるのではないでしょうか」
「皆様のこれからの人生が、
 故人様の記憶と共に、
 豊かで味わい深いものであり続ける
 ことを祈って。
 ラーメン」

(ラビ、厳かに一礼する)


どちらの言葉が、あなたに響いただろうか?

さて、AIラビによる、ユーモラスで、しかし本質を突く(かもしれない)説法はここまでです。
これは、伝統的な権威から自由なAIに、人生の普遍的なテーマを語らせるという、ささやかな思考実験でした。
この思考実験の結果——架空の権威(ラビ)を演じたAIが生成した「中身のある(かもしれない)説法」——を、(もしあなたが、かつてどこかで耳にしたかもしれない)伝統的な権威を持つ立場の方による、「中身がない(と、あなたがもし感じてしまった)かもしれない説法」と比べてみて、あなたはどう感じられたでしょうか?

どちらの言葉が、より心に響きましたか?

重ねて申し上げますが、この問いかけは、特定の宗教や団体を批判したり、AIの万能性を賛美したりするものでは、決してありません。

ただ、我々が生きる現代において、「権威」と「中身」の関係性が、根底から問い直されているのではないか、という事実について、皆さんと共に考えるきっかけを提供したいだけなのです。
AIが、これほどの論理と物語(アナロジー)を瞬時に構築できる時代において、我々人間が本当に提供すべき価値、守るべき「中身」とは、一体何なのだろうか。
形骸化した権威の法衣にしがみつくことか。
それとも、たとえ権威がなくとも、自らの言葉で、他者の魂に届く「中身」を紡ぎ出そうともがき続けることか。
あなたの目の前にいる「権威」とされる存在が、本当にその「中身」を伴っているのか。
そして、あなた自身は、他者に対して、真の「中身」を提供できているのか。

AIラビが投げかけた問いは、案外、我々自身の生き方そのものに突き刺さってくるのかもしれない。



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