通信制高校を選んだ過程〜長男の場合〜
1.異変
長男は中学校から皆と同じように受験を経て、全日制の高校へ行っていました。何人か仲の良い友人と一緒だった事もあり、極々普通に楽しそうに高校生活をスタートさせていました。
ところが、1学期もそろそろ終わりそうな頃から体調に変化が出始めました。新しいことづくめな毎日だったので、疲れが出たのだと思います。元々そんなに身体もメンタルも丈夫なほうではなく、中学3年の時も受験が近づくあたりから体調を崩して病院へ何回か通いました。症状が「起立性調節障害」と合致していたので、検査をしてもらいましたが、血圧の変化がさほど見られず確定診断には至りませんでした。受験に対する不安感からも来ているかも知れないと言う事で、詰め込みすぎず、なるべくリラックスを心がけるようアドバイスを受けました。受験も終わり、無事に高校に入学して不調も訴えなくなったので安心していたところでした。頑張って学校に行っても、コロナの影響で少しでも体調不良だと帰宅させられ早退の回数が増えていきました。そして部活も陸上部だったのですが、夏休みに入る前に先生と相談してパソコン部へ転部しました。
2.診断
夏休みを挟んだおかげか、2学期が始まってしばらくは良かったのですが、10月終わり辺りから体調不良が目立つようになり、朝は頭痛とめまいで起き上がることが出来ず、欠席する日が増えていきました。再び病院で検査を受けたところ、ようやく「起立性調節障害」の診断がつきました。「起立性調節障害」は朝、このような頭痛やめまい、だるさで起きれず、時間の経過とともに軽快していくらしいのですが、長男はほぼ1日症状を引きずっているようで辛そうでした。確定診断がついてから、血圧を上げる薬「ミドドリン塩酸塩錠」と漢方薬「半夏白朮天麻湯」を処方されました。飲んですぐ劇的に回復…とはいかず、緩やかに効いてくるのを待つしかありませんでした。そして、そんな体調の回復を学校は待ってくれるはずもなく、このまま在籍しても卒業は出来ないと宣告されるのでした。
3.通信制高校という選択
ちょうどこの頃調べて知ったのが、後に通うことになった公立の通信制高校でした。「卒業出来ない」宣告を受けた時、今後の選択肢として学校側も同じこの公立の通信制高校を提案して下さいました。偶然というか運が良かったのか、学年主任の先生が前年度までこの通信制高校に勤めていたということで、詳しい話を聞くことができました。そして直接何回か学校見学に行き、面談を経て翌4月に「転入学」しました。入学は春と秋に2回設けられていて、うちの場合は秋入学は間に合わなかったため、春入学に向け準備しました。入学の区分が
①「一般入学」…中学校卒業後、進路として直にこの高校を選択して入学した人
②「転入学」…前籍校と間が空く事なく入学した人
③「編入学」…中学校卒業後や前籍校を中退した後、就職など経て再び学ぶために入学した人
に分類されていて、今回は②か③のどちらかだったのですが、③だとすぐ学校を辞めることになるのと、それにより後々の履歴書とかに「中退」と記入することになる、②は年度末まで在籍して、その間は取れるところまで単位を取って通信制高校へ引き継ぐ、というものでした。長男と学校とよく話し合った結果、年度末まで在籍して、単位が取れそうな教科の授業だけでも受けられるようにしてもらいました。様々な助けを経て、3教科9単位を持って転学することができました。ただ、通信制高校での卒業条件が74単位で、一年間に30単位までしか修得出来ない決まりがあったため、残りの65単位を取るためには最低3年は通信制高校に通うことが確定でした。同級生よりも一年多く「高校生」でいることを、本人はどう思っていたかは分かりませんが、大学、社会人ともなれば年齢が様々な人が同期となるので、引け目を感じる必要はないよ、というのは伝え
た気がします。→(どうやら本人もあまり気にしてなかったようでした☺️)
4.後悔と現在
今、こうして思い返しているだけでも涙が出てきます。本人が一番悔しくて辛かっただろうけれど、私ももう少し早く通信制高校というところをよく知って理解していたら、高校を選ぶ選択肢としてアドバイス出来たかも知れない…泣きながらベッドで力なく謝る姿を見ずに済んだかも…色々な思いがよぎります。
3年経った今年の3月1日、無事に高校を卒業しました。体調を見ながら自分のペースで良く頑張りました。レポートの提出期限に間に合うかどうかでアタフタしたのも良い思い出です。4月からは通信制の大学で勉強を始めました。司書の資格を取りたいようです。母はご飯を作って応援することしか出来ないですが、コツコツ型の長男くんなら大丈夫でしょう!

オトナなアイスケーキでお祝い🥂
