銀色の橋のうわさ
銀色の橋を渡ると幸せになれるって、彼女が言った。
その橋は町外れの川にかかる古い歩道橋だった。
夕日に照らされた手すりが、名前の通り銀色に光っている。
「幸せって、なに?」
僕は自然と尋ねた。
「なんだろうね」
彼女は手すりに肘をついて川を覗き込んだ。
夏の風が、二人の間を通り過ぎる。
「いま幸せ?」
僕は聞いた。
「うーん、わかんない」
彼女は少し考えてから答えた。
「でも、幸せかもね」
「なんで?」
「内緒」
彼女は笑った。
「なんだよ、それ」
「秘密」
「ずるいな」
「ずるくないよ」
彼女はそう言って、手すりから体を起こした。
「ねえ」
「ん?」
「もしさ」
彼女は銀色の手すりを軽く叩いた。
「この橋を渡ったら、本当に幸せになれるとしたら?」
「渡るんじゃない?」
彼女は俯いて、小さく笑った。
「そっか」
川の流れる音だけが続いていた。
「私はね」
夕日に照らされた頬が、少しだけ赤く見えた。
「もう幸せだよ」
「え?」
「……まだ分からない?」
「なんだよ、もったいぶって」
「私ね」
一度言葉を切る。
「ずっと好きだった」
「え?」
「だから、幸せなの」
僕は思わず目を逸らした。
「ちょっと考える」
「は?」
「いや、だって急に言われても」
「嘘でしょ」
「ごめん」
「なんで謝るの」
「分からない」
「……もういいよ」
風に吹かれて、彼女の髪が揺れた。
「待って、答えが出そうなんだ」
「テストじゃないんだから」
「でも大事だろ」
「変なところ真面目だよね」
「よく言われる」
彼女は呆れたように笑った。
「一回、橋渡ってみようか」
「なんで?」
「確認」
「もう幸せなんじゃなかったの?」
「いいから」
夕日に照らされた橋の上を、二人並んで歩く。
「それで?」
「ん?」
「答え」
「まだ考えてる」
「遅い」
彼女が振り返った、その時だった。
「あっ」
彼女の体がふらりと傾く。
反射的に腕を伸ばした。
近い。
思っていたより、ずっと。
夕日に染まった瞳が、まっすぐ僕を見ていた。
「答え、出た?」
僕は何も言わなかった。
ただ、そっと顔を近づけた。
「……それが答え?」
「たぶん」
「なにそれ」
「でも、間違ってないと思う」
「いま、幸せ?」
「考える」
彼女は吹き出した。
僕はもう一度、顔を近づけた。
銀色の橋を渡ると幸せになれる。
あの噂は、本当だったのかもしれない。
こちらの企画に参加させていただきました。
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