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少年と猫と桜の花びら

森のはずれに、一本の桜の木があった。

喋れる木だと噂されていたが、その声を聞いた者はいない。

もっとも、春になるとその木だけは毎年ちゃんと花を咲かせたので、完全な作り話とも言い切れなかった。

少年が白い猫と出会ったのは、雪の降る夕方だった。

猫は逃げるでもなく、まるで「ついてこい」と言うみたいに歩き出した。

後ろを追いかけていくと、森の奥に一本の大きな木があった。

枝には花どころか、葉っぱ一枚ついていない。

猫は木の根元に座った。

「どうしたの?」

少年が聞くと、猫はつまらなそうに欠伸をした。

『魔法が切れかけてるからね』

「……今、喋った?」

『猫が喋るくらいで驚くなよ。こいつなんて、昔はもっと喋ってた』

少年は周囲を見回したが、誰もいない。

雪だけが静かに降っていた。

「え、じゃあ本当に喋る木なの?」

『昔はね』

『昔は、春を呼べたんだ』

『長い冬のせいで、春を少しずつ忘れていった』

「魔法って、なくなるの?」

『忘れるんだよ。人間だって、そうだろ』

それから少年は、毎日のように森へ通った。

学校の帰りに、いつもの場所へいく。

猫はだいたい昼寝していて、ときどき喋った。

『春っていうのはさ、不思議なんだ』

『みんな来るって知ってるのに、冬の間は不安になる』

二月の終わりになっても、枝はまだ黒いままだった。

ある日、猫がぽつりと言った。

『今年で最後かもしれない』

「なにが?」

『春』

少年は笑おうとしたが、猫は真面目な顔だった。

『魔法が、もうほとんど残ってない』

風が吹いて、枝が小さく揺れる。

「……少しだけ、残っているよ」

声がした。

木だった。

声は古い木箱みたいに掠れていた。

『お、まだ喋れたんだ』

猫が感心したように言う。

「どうしたら春が来るの」

少年が聞くと、木はしばらく黙っていた。

それから静かに言った。

「魔法はね、信じる者にしか使えない」

「僕、魔法なんて使えないよ」

『使えるさ』

猫が目を細める。

『毎日ここに来たろ。見えない春を信じて』

雪が降っていた。

冷たい冬の匂いがした。

少年は木に手を当てる。

「──春になれ」

その瞬間だった。

枝の先に、小さな花がひとつ咲く。

次の瞬間、森いっぱいに桜が広がった。

風が吹いて、花びらが雪みたいに舞う。

少年は思わず笑った。

花びらが頬に触れる。

「……あれ」

振り返ると、猫がいなくなっていた。

桜の木が小さく揺れた。

「ありがとう」

その春から、森の桜は毎年咲くようになった。

春の風が吹くたび、桜の木が小さく揺れた。

『ほら、春はちゃんと来るって』





こちらの企画に参加させていただきました。

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