月を拾ったねこ
その夜、長崎は暗いのに明るかった。
空はもう黒く沈みかけているのに、町じゅうで爆竹の音が鳴っていた。
ぱん、ぱぱぱぱん。
音は坂道に反響し、港のほうから白い煙が流れてくる。
夕方になると、親戚たちが家に集まり始めた。
提灯。爆竹。紙花。
玄関の前には、祖母の精霊船が置かれている。
昼は左官の仕事をしている父が、仕事終わりに一人で作った船だった。木を組み、白い紙花をつけ、船の正面に祖母の遺影を飾っていく。
「なんで俺ひとりで作らんばとや……」
父は何日も愚痴をこぼしていた。
親戚たちは「ありがとうねえ」と笑うばかりで、結局ほとんど手伝わなかった。
それでも父は、最後まできっちり船を仕上げた。
いとこの兄ちゃんは、大きな段ボールからビニール袋に爆竹を詰め込んで得意げだった。
「多かぞー!」
袋の中で、赤い紙がしゃらしゃら鳴る。
祖母を送る日なのに、僕は少しだけわくわくしていた。
「そろそろ行くでー!」
精霊船を囲みながら、みんなで坂を下っていった。
港までは、少しにぎやかな道を通っていく。
祖母に、最後まで町を見せるみたいに。
坂を下るたび、爆竹の音はだんだん大きくなっていった。
ぱん、ぱぱぱぱん。
ばりばりばりっ!!
煙の匂いが、潮風に混ざって流れてくる。
赤い提灯。
白い紙花。
船の先には、笑ったままの遺影が揺れている。
港の近くまで行くと、たくさんの精霊船が集まっていた。
精霊船はまるで隊列を組んだみたいに、夜の港へずっと続いていた。
子どもだった僕には、それが少しだけ格好よく見えた。
いとこの兄ちゃんは、相変わらず爆竹を鳴らし続けている。
火をつけて、坂へ投げる。
ぱぱぱぱぱんっ!!
耳の奥まで震える音に、子どもたちは笑いながら逃げ回った。
中には、火のついた爆竹を手に持ったまま笑っているおっちゃんまでいた。
煙で顔が見えなくなるたび、誰かが大笑いした。
祖母を送る夜なのに、町は祭りみたいだった。
けれど、精霊船の上の祖母の写真だけは、静かにこちらを見ていた。
そのとき、彼岸花の咲く防波堤の上に、白いねこが座っているのが見えた。
ねこは、丸い月みたいに光るものを抱えていた。
僕と目が合うと、ねこは「にゃあ」と小さく鳴き、港のほうを見た。
「……さあ、流すで。」
誰かの声のあと、親戚たちは静かに手を合わせた。
さっきまで騒いでいた港が、そのときだけ少し静かになった気がした。
祖母の精霊船は、波に揺れながら、なかなか前へ進まない。
提灯の火も、潮風に負けそうなくらい小さかった。
そのときだった。
白いねこが、防波堤から音もなく降りてきた。
誰も気づかない。
笑い声も、爆竹の音も、そのまま続いている。
ねこは、抱えていた月をそっと精霊船へ近づけた。
すると、消えかけていた提灯がふわりと明るくなった。
金色の光が、祖母の遺影をやさしく照らした。
僕は思わず息を呑んだ。
けれど、父も母も親戚たちも、静かに手を合わせているだけだった。
見えているのは、たぶん僕だけだった。
それから「にゃあ」と小さく鳴いて、ゆっくり海の闇へ消えていった。
祖母の精霊船は、たくさんの灯りの列へ混ざるように静かに流れていった。
「……さあ、帰ろうか。」
誰かがそう言うと、親戚たちはぞろぞろと坂の町へ歩き出した。
さっきまで空だった爆竹の袋が、夜風にかさりと揺れる。
海の上には、まだたくさんの精霊船が浮かんでいた。
そのいちばん奥で、白いねこが月を抱えて座っている気がした。
空は暗かった。
でも、長崎の町はまだ少し明るかった。
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