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「悪口を言わない」「嘘をつかない」「言い訳をしない」は今や死語ですか?

みなさんも言ったり聞いたりしたことはあると思います。

「人の悪口は言ってはいけません」
「嘘をついてはいけません」
「言い訳をしてはいけません」

自分にとっては、これは結構、子供の頃から身に沁みついているというか、基本的な態度としてさほど意識することなく守ってきました。
そしてそれは、ほとんどの人にとっても当たり前に意識されていると思っていました。

ところが、昨今の世の中を見ていると、もうこんな考え方は通じないのかという風に感じてしまいます。

SNSに溢れている他人への攻撃、悪意のあるデマやAI偽動画、自分の非を他人に転嫁する人たち…

私からすると、こういうことをする人は、そういう人格の人なんだと判断しやすくて良いとも言えるのですが、そういう人達が世の中で堂々と影響力を持っている状況に、暗澹たる思いを抱いています。

こんなことにこだわっている私は、もはや時代に適応できない古い人間なのでしょうか?
何かできることはあるのでしょうか?

なぜ世の中が変わってしまったのか

昔から嘘をつく人はいました。
日本の歴史を動かしてきた英雄のなかにも、謀略を使ってその地位を掴んできた人は、決して少ないわけではないと思います。

ただ、日本には武士道の精神があり、卑劣な事を恥じるという感覚は、日本人の美徳の一つであったと思います。

それが、私自身の肌感覚としてはここ15年ぐらいの間に、急速にその前提が崩れてきた様に感じています。
職場でも、この時期あらたにメンバーに加わった人の中に、他人のことを悪く言って仲間内から排除しようとする人が目に付くようになってきました。

単なる「世代間のギャップ」という言葉では片付けられない、道徳的な危機を感じてしまいます。
なぜ世の中がそのように変わってしまったのでしょうか。

色々な要素が絡んでいると思いますが、一つには、時期的にSNSという「感情の垂れ流し」を許容するインフラの普及と一致していることがあると思います。

かつて悪口は、信頼できる身内だけで共有される「毒抜き」でしたが、匿名で世界中に向けて発信できるようになってしまいました。これにより、負の感情を抑制する自制心(ブレーキ)よりも、共感や反応を求める承認欲求(アクセル)が勝ってしまう構造が生まれた可能性があります。

また、「ありのままの自分を認めてもらうために、自分の非を認めず他人のせいにする」という甘えが、自己肯定感を確保するために正当化されてしまっている側面もあるのではと感じます。

自分の意識を変える必要はあるのか

時代は変化しています。
そんな中、自分が人生のなかで基本としてきた、「悪口を言わない」「嘘をつかない」「言い訳をしない」という意識を、もはや時代遅れの古い考え方として考え直していく必要があるのでしょうか…

私は、これらの原則は、自分自身の人間性を保つべく長い年月をかけて築き上げてきた財産だと思います。これらの意識を軽んじることは、自らの品格を失うことに繋がりかねないため、これらの基本的な考え方については変える必要はないと思っています。

ただし、他者に同じことを期待することについては、少し調整が必要ではないかと考えています。現代は「徳を積む」という概念が希薄な時代です。期待値が大きいと、自分自身がストレスに苦しむことになるので、そこは感じ方、考え方を柔軟にコントロールすることが必要かも知れません。

「何が正しいか」は難しいが、正しくないものの基準はある

これまで書いてきた私の価値観、「悪口を言わない」「嘘をつかない」「言い訳をしない」は、ある意味「正論」の一つと言えるかも知れません。

正論という言葉に、みなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
この時代、正論という言葉は、むしろ「融通の効かない頑固者が、和を乱すこともわきまえずに振り回すもの」という悪いイメージを持たれる場合もありますよね。

何が正しいのか、というのは難しい問いです。
その時代によっても、人によっても変わりうるものなので、普遍・不変の正しさというのを定義することはできません。

ただ、他の人にむごい(酷い、惨い)ことをするのは、決して正当化されないと思います。
ある論を「正しい」として通そうとする人がいたとき、それが他の人にとって残酷な仕打ちを伴うものなら、とても正しいなんて言えないでしょう。
(これについてはイギリスの哲学者バーリンの、対立する自由概念についての考察が参考になります。)

ところが、どう考えても相手の主張はおかしいと思えるのに、こちらの意見が数や空気に押しつぶされてしまうという経験はないですか?
そのとき感じる無力感や孤独感は、非常に辛いものです。倫理的に正しいことを言っているはずなのに、なぜか自分が厄介者のように扱われてしまう。

これは、組織や集団の中で誠実に生きようとする人が必ず直面する、非常に根深い問題です。
世の中の多くの人の倫理観が変わってしまったなかで、耐え難い環境で数に押し切られ続けることは、精神を蝕むことになります。

このような状況で、自分をすり減らさず、かつ状況を少しでも良い方向へ動かすための方策はあるのでしょうか。

正しいことを通すのは簡単でないが、工夫はある

まず「正論は、時にナイフよりも鋭く相手を傷つける武器になる」という認識を持っておくことが大切です。

こちらが語る理論が正しければ正しいほど、それを実行できていない相手や、反対の立場をとる相手は「自分が否定された」と感じ、防衛本能を働かせます。特に相手が数的に優位な場合、その数を利用して正論を言う側の人を排除することで、自分たちの正当性を守ろうとします。

たとえ相手が倫理的に間違っていても、それを「正そう」とする動きは、相手にとっての「北風」になります。北風が強ければ強いほど、相手はコートを固く閉ざします。

人間は、理論で納得しても、感情が納得しない限り動きません。いくら理論的に正しくても、相手が「この人の言い方は癪に障る」「面子が潰される」と感じてしまえば、こちらの言葉は届きません。

数的に優位な集団は、「自分たちは仲間である」という連帯感に依存していますので、そこに外側から正論を突き立てると、内容の是非は関係なく「仲間を攻撃する敵」として認識されてしまいます。

相手の立場や、大切にしている価値観にも理解を示し、共感の姿勢を最初に挟むことが重要で、「敵」ではなく「味方」による、より良い未来のための提案という位置づけでの対話が大切です。

そして、多勢に無勢の場での議論は、戦術的に非常に不利ですので、できるだけ「一対多」ではなく「一対一」で個人的な相談の形で話を持ちかけ、個別に味方を増やしていくことで、集団の「空気」が少しずつ変わることに期待しましょう。

相手の言い訳を論破しようとするのではなく、「君なら次はもっとうまくやれると信じている」といった包容力を見せることで、相手に「この人の前で言い訳をするのは恥ずかしい」と思わせることができるかも知れません。

周りや世の中を変えていくのは簡単でない中でできること

ただそうは言っても、個人が多人数を相手に世の中を急激に変えることは簡単なことではありません。

でも、「自分の周囲の空気」ならば変えることは可能です。

譲れない一線を越えてくる集団ならば、そこからは距離を置いて、別のコミュニティに居場所を求めることを考えた方が良いと思います。
意識を変えて「世間に合わせる」ことは、自らの魂を削る行為です。

対面の関係だけでなく、SNSについてもそうですよね。

SNSは「極端な意見」や「攻撃的な言葉」が可視化されやすい場所です。そこが世界の全てではありません。現実の人間関係において、自分と類似の価値観を持つ人は必ずいるはずですから、そうした「質の高いコミュニティ」を大切にすることで、自分の考えに自信をもつことができます。

また、他にできることとして「背中で語る」を続けることがあります。

言い訳をせず、嘘をつかず、他人の陰口に加担しない誠実な人には重みがあり、安易な言動に走る人々に対する無言の教えとなると思います。
沈黙を守り、淡々と責任を果たす姿は、特に新しい世代の人にとっては「畏怖」と「憧れ」の対象になりうるのではないでしょうか。

自分の価値観を貫く背中を見せ続けること自体が、今の社会に対する最も力強い抵抗であり、貢献でもあると思います。
今すぐ結果が出なくても、「こういう視点がある」という種をその場に落とすだけでも十分です。

時代と共に、流行は巡り繰り返します。
誰もがSNS疲れを起こし、無責任な言葉に辟易している今、「誠実さ」や「潔さ」は今後、希少価値の高いものとして再評価されるかも知れません。

「時代が自分に追いついていないだけだ」というくらいの、泰然自若とした気高さを保っていれば良いのではないでしょうか。


偉そうに書いてきましたが、私も間違ったり迷ったり、周囲に流されそうになったりすることは数多くあります。
でも、そこで大切なのは、自分が大切にしてきた価値観を思い出し、良くないと思う周囲に迎合せずに「矜持」を保っていくことなのだと思います。

「あんたみたいに古い考えに固執している頑固オヤジは、今の時代、世の中に取り残されて周囲に相手にされないよ。もっと上手に生きなくちゃ」と冷笑する向きもあるかも知れません。

でも、そう言っていた人が将来、「あのオヤジ、実は偉かったんだなあ」と思ってくれる日が来ることを信じたいと思います。

今日もお付き合いいただき有難うございました。






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