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やりたいことがわからない人は、生活の違和感を先に見ろ

「やりたいことは◯◯です」って言ってる割に、その◯◯をやってる様子がちっとも見えない発信者、けっこういる。
いや、別にディスりたいわけじゃないんだけど、そういうのを見ると「無理してんな〜」って思っちゃうんですよね。

最近、Xでもよく見るじゃないですか。
「会社辞めて、アート活動に専念します!」とか
「これからは自分の言葉で食っていきたい」みたいな投稿。

でもその後のタイムラインが、なんか副業ノウハウのRTばっかだったり、
「ありがたいことに月収50万超えました!」みたいなポストだったりする。

え?アート活動は?自分の言葉はどこいった?
…みたいな気持ちになるのは、ぼくだけですか?


「本当にやりたいこと」って、止められてもやっちゃうやつだよ

本当にやりたいことって、「やりたいです!」なんて宣言する必要すらない気がする。
だってもう、勝手にやってるから。

たとえば、ぼくにとって散歩とかサウナって、わざわざ「やります!」って言わなくてもやってる。
気がついたら、毎日ふらふらしてて、気がついたら近所の湯に入ってる。
note書くのだってそう。
「書こう」じゃなくて、気がついたらメモアプリ開いてて、ぽちぽち打ってる。

逆に「やりたい!」って口では言ってるのに、いつまでたっても動かないものは、ぶっちゃけそんなにやりたくないんだと思う。

「好き」を言葉にするのって簡単だけど、「好き」を行動にするのって、めっちゃ正直なんよね。バレるのよ。全部。


「狂気的にハマってる姿」に、なぜか人は惹かれる

あと、ちょっと冷静に考えてみてほしいんだけど。
「やりたいことをお金に変えたい」と思ってる人より、
「お金にならなくてもいいから、とにかくやりたい!」って人のほうが、結局、注目されてない?

たとえばSNSでも、狂ったように自作の曲アップしてる人とか、
誰にも頼まれてないのに、毎日路上で踊ってる人とか、
そういう人に「この人、ガチだ…」って思って、気づいたらフォローしてたりしません?

狂気的な没頭には、説明がいらない。
「やりたいことやってます」って言われなくても、見ればわかるから。

マネタイズのノウハウを覚えるより先に、
「それをやってる自分が好きか?」
「誰にも見られなくても、それを続けられるか?」
って問いかけたほうが、たぶん近道なんじゃないかな。


「やってない」のに「やりたい」って言い続けるのは、しんどい

もちろん、人生にはいろんな事情があるし、時間的・経済的な制限の中で「やりたいけどできない」こともあると思う。

でも、それでも少しずつ「やってる人」っている。
本業の合間にちょこっとだけ時間つくって、作品作ってる人。
通勤中にスマホで短編小説書いてる人。

一方で、「やりたいって言ってるだけの人」は、どんどん苦しくなってく。
自分で掲げた「理想の自分像」に、どんどん置いてかれて、「ほんとはやれてない」ことにうっすら気づきながら、それを隠して発信する。

そのストレス、めっちゃ重くない?

だったら、もう言わなくてよくない?
まず、ちょっとだけでも「やる」ことにエネルギーを割いた方が、健全だと思うんだよね。

ぼくが無職でいる理由も、これに近い

ぼくは、note書いたり、Xでつぶやいたり、悩み相談やったりしてるけど、
「これを仕事にしよう!」って感じより、「これが好きでたまらない」って感じでやってる。

書かずにいられないし、しゃべらずにいられない。
だから気がついたら、時間が溶けてる。

で、それを発信してたら、いつの間にかお金になってる。
それでなんとか、最低限生きていけてる。

無職っぽく生きてるのは、たぶんそうやって“狂気的にハマれるもの”に身を預けていたいからなのかもしれない。

まとめ:やってないならそれは「やりたいこと」じゃない

最後に、ちょっと厳しめなこと言うけど。

「やりたい」と「やってる」は、まったく別のフェーズです。
やってないなら、それは「やりたいこと」じゃない。
もしくは「やりたいと思い込んでたこと」か、「そう思いたかったこと」。

本当にやりたいことは、止めてもやってしまう。
そして、それを発信することに、なぜか人は惹かれる。

だから、まずは“やる”。
マネタイズはその後でいい。むしろ、やり続けてたら勝手についてくる。

そんな気がしてます。



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