人生が始まらない人は、正解より話す場所を先に持て
平日の午後、駅前のマクドナルドには、スーツの大学生が何人かいた。
カバンに企業名が入った紙袋。革靴。ネクタイのヨレ。
依頼主も、そんな中の一人だった。
「こんにちは」
「こんにちは。ほんとに、来てくれるんですね」
「きます、暇なので」
ぼくは無職である。スケジュールはだいたい空いている。
そんなぼくを呼んだのは、就活に悩む大学生だった。
就活したことないのであんま分かんねえなあと思いながらも、彼はどんよりとしたものを言葉にし始める。
「周りがどんどん進んでて、自分だけ止まってる気がするんです」
「へえ」
「早く先に行かなきゃって思うんですけど、停滞中っていうか」
「止まってるんじゃなくて赤信号で待ってるみたいなもんでは?」
「赤信号?」
「信号が青になればちゃんと動ける。でも今はただ止まってるだけ」
「……なるほど」
「隣の車線だけ青になってると焦るんですよね」
「めっちゃわかります」
彼は笑った。緊張の解けた笑いというより、“とりあえず笑っておこう”的な笑いだったけど、それでも悪くなかった。
「就活してるんですけど、なんか自分がどんどん薄くなってく感じがして」
「自己分析してるうちに自己が消えてくアレですね」
「そうですそうです」
就活は、ある意味自分という人間をプレゼンする儀式だけど、
その過程で自分を見失うのは、皮肉にもよくある話だ。
まあやったことないから全部聞いた話だけど。
「やりたいことがわからなくて」
「やりたくないことは?」
「それならいっぱいある気がします」
「それはいいことですね」
彼は驚いたようにこっちを見た。
やりたいこと探しに疲れた人には、そう言ってやるのがいちばんだ。
「このまま進んでも、ちゃんと掴める気がしないんです」
「まだ始まってないんじゃないですかね」
「と言うと?」
「自分の中では始まってない。でも周りはもうよーいドンしてるから慌てて走り出した、みたいな」
まだ始まってない自分を、誰かに否定されることが怖いのかもしれない。
だからこそ、早く始めないと置いていかれると感じてしまう。でもまだ始まりの準備はできていないから、しっくりこない。
彼はコーラのカップを両手で持ったまま、ゆっくり頷いた。
その仕草は、なんか“学生”って感じがした。
少しだけ駅の方へ歩く。
風があって街の音がいつもより遠く感じた。
「周りを見てると、みんな答えを持ってるように見えるんです」
「たぶん持ってるフリしてるだけです」
「そうなんですかね」
「持ってない無職が言うんだから間違いない」
それは軽い冗談だったけど、彼は真面目にうなずいた。
「なんか焦ってたのかもしれないです」
「慌てて走り出したんですよきっと。でも、実はまだ靴を履いてないのかもしれない。だから走りにくくて上手くいってないのかも」
「あー、確かに。でもそろそろ靴履かなきゃなあ」
「あんまり慌てず靴紐しっかり結んだほうがいいっすよ」
言ってから、自分で何の話かわからなくなったけど、彼は笑っていた。
そんで別れ際、彼は少し間を置いてから言った。
「なんか、まだ始まってないって言ってもらえたの、よかったです」
「始まってないのに焦る必要ないですしね」
「はい。たまにちゃんと立ち止まってみようと思います」
ぼくはうなずいた。
立ち止まることは、さぼりじゃなくて準備かもしれない。
無職のくせに、そう思った。
今回もなんも解決はしてないけど、なんか感謝された。
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