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ごきげんに生きる人は、嬉しかったことを生活に残している

いつもの通り、思いついて30秒くらいでnoteコンテストを開催しました。

よかったら皆さんの「人生でいちばん嬉しかったこと」も教えてください。募集は該当ポストへのリプでお願いいたします!

人生でいちばん嬉しかったこと、難しいですよね。

自分で言っておきながら「なんだろうな」と考えたんですけど、こうやって頭を悩ませるような話題の方が人によって色が出て面白そうだなと。


で、結論が出ました。

「じいちゃんに褒められていたこと」です。

生きている間に直接言われたわけじゃないんだけど、亡くなったあとに「ちゃんと見てもらってたんだな」と思えた話。


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うちのじいちゃんは、あまりしゃべらない人でした。

優しいけど、口数は少ない。
家族の中ではずっと寡黙なキャラ。
ばあちゃんが明るくてよくしゃべる分、余計に静かに見えた。

戦争を経験した世代で、アメリカ兵にもらったチョコレートの話なんかをたまにぽつりと話してくれた。とにかく苦労の時代を生きた人でした。

定年退職後は家にいることが多く、小学生のぼくが帰るとそばを茹でていたり、包丁を研いでいたりしましたね。今思えばけっこう几帳面というかしっかり者の一面もあったのかもしれません。

犬のポチの散歩もじいちゃんの仕事でした。
ぼくが買うって言ったのに結局、散歩は家族がする羽目になりましたね。まあ子供の頃ってそんなもんでしょ。ちなみにじいちゃんが死んだ後はぼくがよく行ってたのでセーフです(何が?)

じいちゃんとポチ、よく一緒にチャリンコに乗って歩いてたなあ。

毎年季節になると親戚からもらってきた栗を食べやすいように剥いてくれたり、刺身のいい部分をくれたりしました。


ぼくが中学生の頃から、じいちゃんの体調は少しずつ悪くなりました。

胃がんで胃を全摘したり、足の壊死の可能性が出たりして、本当に晩年はつらそうだった。痛みで夜に寝られず、ずっと起きていた時期もあったなあ。一人で起きてるじいちゃんがかわいそうで、でも「じいちゃんがかわいそうだから起きてるよ」とは恥ずかしくて言えず、「深夜アニメを見るまで暇だから」とかなんとか言ってよく夜中まで一緒の部屋にいました。

ある朝、ぼくが急いでいてうっかりじいちゃんの足を蹴ってしまったこともあったっけ。ひどく痛がっていたのを覚えている。あのときは本当にごめんね。もう死んじゃったからセーフってことで。


結局じいちゃんとはm中3の卒業式前に病室で「学校決まったか」「決まったよ」なんて会話をしたのが最後になりました。

最後に届いたメールには「勉強がんばれ。おじちゃんも痛みに耐えて頑張ります」と書いてあった。ガラケーを替えるまではずっと受信ボックスに保護して取っておいたなあ。

そんなじいちゃんの葬式には、信じられないくらい多くの人が来ました。

式場に入りきらず、パイプ椅子が大量に運び込まれた。
家族は焼香の時間が長くてずっと立ちっぱなしだった。
あれはしんどかった。

それくらい、じいちゃんは人に慕われていたんだと思います。

ここからが本題です。

遺品を整理していたときに、昔ぼくが描いた絵や送った手紙がきれいに取ってあったんですよね。じいちゃん、そういうのまめだったのかと驚きました。自分でも書いたことなんか覚えちゃいないガラクタがたくさん!

これは後で親戚の人たちに聞いた話なんだけど、ぼくが知らないところでは、じいちゃん、いっつも孫の自慢をしていたらしい。

テストでいい成績を取った時、絵を描いた時、生徒会長になったとき。本人からは「がんばれ」としか言われなかった。いや、それも言われたかどうかあんまり覚えてない。それでも、裏では誇らしく思ってくれていたみたいです。生きてるうちに言えよ。


やさしいけど、やさしさをわかりやすく見せびらかさない。
知らないところで、なんかやってくれている。
思えばじいちゃんは終始そういう人だったなと思います。

多くを語らず、でもちゃんと見てくれていた。

自分のやったことが誰かにとって誇らしいものだったと知れたこと。


それが、自分にとっていちばん嬉しかったことかもしれません。



いやもっと他にありそうな気もするな(笑)

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